2018年02月15日
「昼と夜ほどの違い」
伝説の投資家、ウォーレン・バフェットは、効率的市場仮説についてかつてこう言った。
「市場はしばしば効率的であることを正しく見抜いた彼らは、だから市場は常に効率的であるという誤った結論に達した。二つの命題の間には、昼と夜ほどの違いがある」
バフェットは、その極端にシンプルな投資手法や、金融業界の常識に対する軽蔑、そして自身が理解しにくいものには一切投資しないという態度によって異彩を放っている。(中略)ファンダメンタルな価値を重視するこれら投資家の中でも最も成功を収めた人々は、バフェットがそうであるように、投資した企業について深い知識を持ち、関与もしている。(p127)
簡単に言えば、バフェットは実業について深く理解し、その上で投資を行なっている。かつては、金融は実業に資するための資金を提供し、取引の決済をするためだったが、市場の膨張でギャンブルの場に変わってしまった。
それを助長したのは、「大きすぎてつぶせない」論で、これが信用リスクの監督責任を市場参加者から、監督当局に移してしまった。市場参加者は「いざという時は政府が保証してくれる」と(正しく)信じていたから、リスクを考えずに、際限なくお金を突っ込んだのだ。
世界金融危機を再び起こさないためには、「自己責任」原則を全うできる仕組みを創ることなのだ。
52:Lloyds ”The Room"20世紀にはロイズも、スイスおよびドイツの業界も、主に再保険市場だった。(中略)20世紀終盤においても、組織形態には歴史的な期限が反映されていた。ロイズを支えていたのは「ネーム」、つまりカネと社会的地位を兼ね備えた(大半が)英国の個人だ。彼らが期待していたのは、実入りの良い保険の引き受けで定期収入を得ることだが、いざ損失が出れば私的財産をなげうつ覚悟が求められた。これに対してミュンヘン再保険とスイス再保険は金融界の巨人で、世界中のリスクをプールし、将来の損失に耐えられるよう巨額の資本準備金を維持していた。55:CDS市場CDS市場の拡大は、LMXスパイラルによって敷かれたパターンを忠実に踏襲していた。リスクの高いローンをパッケージとして束ねたうえで細分化し、また別のパッケージに組み直すことを続けていった挙げ句、売られている証券の根本的な性質やら、リターンの元になる収入源が何なのかなど、誰ひとりわからなくなっていたのである。58:アクティブ運用型ファンドは、全体として見たとき、手数料の分だけ市場平均よりも低いリターンしか上げていない。個人投資家に至っては、買いと売りのタイミングを見誤るものだから、投資ファンドの平均に比べても成績は劣る。73:「大きすぎてつぶせない」論=信用リスクの監督責任:市場参加者→監督当局破綻した米国の住宅金融機関、ファニーメイとフレディマックの場合、その債権者が債務には米政府の保証が付いていると信じていなかったとしたら、両社があれほど巨額で、資本が著しく不足したバランスシートを築き上げたとは、とても考えがたい。
