2017年08月27日

複製技術の時代における芸術作品

複製技術時代の芸術 (晶文社クラシックス)
ヴァルター ベンヤミン
晶文社
1999-11-05


20世紀ドイツを代表する思想家によって1936年に書かれた論考。当然、その時代には、インターネットもデジカメもなかったが、当時登場して瞬く間に人気となった映画を主に題材として、「複製技術の時代における芸術作品」とは何かを論じている。

私が面白いと思ったのは、「あとがき」。ドイツでヒットラー内閣が成立したのが1933年。ドイツでもイタリアでもファシズムの嵐が吹き荒れていた。19世紀の産業革命の結果、プロレタリア大衆が生まれた。

「あたらしく生まれたプロレタリア大衆は、現在の所有関係の変革をせまっているが、ファシズムは、所有関係はそのままにして、プロレタリア大衆を組織しようとする。(中略)ファシズムは、現在の所有関係を温存させたまま発言させようとする。当然、行きつくところは、政治生活の耽美主義である。大衆を征服して、かれらを指導者崇拝のなかでふみにじることと、マスコミ機構を征服して、礼拝的価値を作り出すためにそれを利用することは、表裏一体をなしている。」

「政治の耽美主義のためのあらゆる努力は、必然的にひとつの頂点を目指している。この頂点とは戦争にほかならない。戦争、ただ戦争のみが、現在の所有関係に触れることなく、大規模な大衆運動に目標を与えうるのである」

「現在の所有関係に基づく秩序によって、生産力の自然な利用が抑制されると、生産力は不自然な利用を求めるようになる。これは、技術の発達・テンポ・動力源の増大からくる当然のなりゆきである。不自然な利用とは戦争に他ならない」

「人間の自己疎外はその頂点に達し、人間自身の破滅を最高級の美的享楽として味わうまでになったのである。これが、ファシズムのひろめる政治の耽美主義の実態である。共産主義は、これにたいして、芸術の政治主義をもってこたえるであろう」

簡単に言えば、技術の発展に利用法が付いてこないので、生産力の増大は「不自然な利用」=戦争を求める、ということになる。最後の、共産主義の「芸術の政治主義」が具体的に何を言っているのか分からないが、共産主義は20世紀においてさらなる破壊と殺戮をもたらした。

では、資本主義がどうやって所有関係の問題を克服したかといえば、「所有の大衆化」ということにでもなるのだろうか。資本主義社会における最重要な生産単位は企業であり、その株式は上場によって大衆に保有されることになった。「自分は持ってない」という人も、保有する生命保険や年金基金を通して、間接的に大量に保有している。

これが共産主義に対する資本主義の勝利をもたらし、社会の安定をもたらした。ただ、これが今後も続くかどうかは分からない。

10:芸術作品は、原理的には、つねに複製可能
⇔複製技術による芸術作品の再生産は、ぜんぜん異質

15:アウラが失われる
どんなに近距離にあっても近づくことのできないユニークな現象

18:芸術作品の一回性とは、芸術作品が伝統とのふかいかかわりのなかから抜けきれないということ
礼拝的側面(最古の芸術作品:最初は魔法の儀式、つぎには宗教的儀式)

27:映画にとって重要なことは、俳優が観客のまえで他者を演じて見せることではない。むしろ俳優は、器械装置のまえで自己自身をさらけだすべき。

32:新聞がたえず新しい政治的・宗教的・学術的・地域的読者組織を掌握するにつれて、ますます多くの読者が執筆者のがわへ移っていった。

33:映画では、文学が幾世紀をも要した数々の推移と変化を、十年間で実現してしまった。

41:むかしから芸術のもっとも重要な課題のひとつは、その時代においてはまだ十分な満足を与えることができないようなあたらしい需要をつくりだすこと。

44:人間の住居への欲求は、恒常的なものである。建築芸術は、したがって、けっして中絶することがない。

47:政治の耽美主義のためのあらゆる努力は、必然的にひとつの頂点をめざしている。この頂点とは戦争にほかならない。


shikoku88 at 17:26│Comments(0) | 美術館・博物館

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