2017年08月16日

兵役忌避

笹まくら (新潮文庫)
丸谷 才一
新潮社
1974-08-01


「兵役忌避」と言っても、敗戦とともに兵役が無くなって72年経つ日本では言葉の意味も分からないかもしれない。しかし、小説が出た1966年にはまだ記憶に新しかったのだろう。この「兵役忌避」をテーマにした本書が出てからもう50年以上経つわけだ。

良心的兵役忌避というのでもなく、「死にたくないから」「軍隊組織が嫌だから」という理由で入隊の前日に家を出て、逃避の旅を続ける浜田庄吉。最初は高等工業学校(官立とあるから、おそらく今の東工大)出身の経歴を生かしてラジオや時計の修理をやっていたが、「流れ」の技術者に貴重品のラジオや時計を預ける人は少なく、たちまち貯金が底をつく。宿で一緒になった香具師から「砂絵」を教えてもらい、砂絵セットを子供たちに売って旅を続ける。

宇和島から家出してきた質屋の娘、阿貴子と鳥取でめぐり合い、二人で船で隠岐に渡る場面が印象的。それから二人は「夫婦ものの砂絵師」として旅を続けることになるのだが、戦況が悪化してそれも続かなくなり、ついには阿貴子の宇和島の実家に転がり込むことになる。

そこで終戦まで家事手伝いをしながら隠れているのだが、終戦とともに東京に戻り、帰ってこない。阿貴子は地元で年配者の後妻に入る。その後10年以上経ち、離婚して上京してきた阿貴子を見て、垢ぬけない中年女になったことに幻滅してしまう。そのせいか、その後「病気なので会いに来て」と頼まれても、お見舞いにも行かない。1年後、阿貴子は地元で亡くなる。

環境が変わり別れたのは仕方ないとして、人生で最も困難な時にリスクを冒して匿ってくれた恩人にそれはないだろうと、どうも好きになれない主人公であった。そして、なぜか、モテるのである。💦
62:大学の書類は新仮名で書くのがきまりで、もちろんそれに従っているが、家で葉書や手紙を書く時はいつも自然に旧仮名になる。靴をはいて洋服を着ているときは新仮名、和服でいるときは旧仮名というのが浜田の国語生活であった。

323:牛たちにおそらく見まもられながら、青い四月の天の下で、彼は牡牛となり彼女は牝牛となる。

343:自殺の原因については誰も何も言わなかったが、あの日本軍名物の、新兵に対する古参兵の厭がらせと意地悪と私刑で生きる意志を奪われたのだということは、口に出して言う必要もないくらいはっきりしている。


shikoku88 at 17:46│Comments(0) | 旅行

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