2017年06月26日

地域を活性化する異色の劇団「わらび座」



初夏の週末、秋田県仙北市へ。今回の目的地は「秋田芸術村」。運営しているのは「劇団わらび座」。昨年夏にカンブリア宮殿で見て興味を持ったのだ。その時の番組タイトルが「飲む・見る・泊まる!地域を活性化する異色の劇団

番組中の説明では、わらび座はもともと1951年に東京で設立された劇団。2年後に、民謡など民俗芸能が根付く秋田に拠点を移す。財政難の劇団は、農家に劇団員を泊めてもらい、農作業を手伝いながら公演していたという。

1960年代まではそれで何とかなっていたが、高度成長を経て貨幣経済が浸透し、財団は破綻の危機に直面する。給与が払えないと劇団員は定着しなくなった。役者の一人であった現会長の小島克昭氏が経営に関わるようになるのが1973年。1983年には代表取締役社長に就任し経営改革に乗り出す。

一つは、民俗芸能の進化。伝統芸能を「守る」ことを使命としていた劇団員からの反発もあったが、伝統芸能だけでは客を呼べなくなっていた。試行錯誤の末、民俗芸能の要素を取り入れた「和製ミュージカル」ともいうべきスタイルを確立する。あきた芸術村にある自前の劇場で年間200公演を行うほかに、全国各地で巡業公演をおこない、年間25万人の観客を呼び込むという。この観客動員数は、「劇団四季」「宝塚」に次ぐものだという。

もう一つの小島改革が、経営の多角化。安定した現金収入を確保するため、複合エンターテインメント事業化を図る。地ビール「田沢湖ビール」製造に始まり、ホテルやレストランの運営。勿論、温泉もある。飲む・見る・泊まるで、しっかり楽しんでもらい、しっかりお金も使ってもらえる仕掛けだ。

さらには、周辺の耕作放棄地をブルーベリー農園としてよみがえらせ、ビール製造で使用する大麦の栽培も周辺農家に委託している。

こうした経営努力で、結果的に、わらび座の財産である、民族芸能の伝統が引き継がれ、貴重な伝統芸能のライブラリーも守られた。劇団のライブラリーには今では絶えてしまった民謡などもあるという。


shikoku88 at 18:09コメント(0)トラックバック(0) | 映画・TV | 仕事 

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