2017年06月12日

縺れる記憶、混ざる時間、交錯する夢と現

きことわ (新潮文庫)
朝吹 真理子
新潮社
2013-07-27


2011年芥川賞受賞作。当時、著者は26歳の美人大学院生(慶應大学国文学)で、そちらのほうが話題になったかもしれない。篠山紀信の写真モデルにもなっている。

不思議な小説。どう表現していいか困ったので、結局、文庫本の裏表紙の説明に頼ることにした。それがタイトルの、「縺(もつ)れる記憶、混ざる時間、交錯する夢と現(うつつ)」。話は過去の記憶と現在、それに夢が行ったり来たり、絡み合いながら進行する。それが破綻をきたさないところはスゴイ。よく知らないが、それが授賞理由ということなのだろうか。

思い出したのは、芥川龍之介の名作『藪の中』。ご存知の通り、同じことを体験しても、人によって違う見方、体験になっていることを書いた小説である。『きことわ』でも、二人の女性が子供の頃、葉山の別荘で同じ時間を過ごした思い出を25年ぶりに振り返るのだが、その記憶は相当違う。人の記憶は元来あてにならないものだ。

相対的な「時の流れ」がそこかしこにちりばめられている。例えば、8pで地層が説明される。「千二百万年前から四百万年前」というスケールの大きさとともに、全体的にひらがなの多い文章で、ここだけが専門用語のためだろう、漢字が多くて際立った感じがする。



8:永遠子は、ほぼ水平に堆積したさまざまな年代の地層をひとつひとつ説明し、千二百万年前から四百万年前にかけて堆積した海底火山の溶岩が冷えて固まった黒かちのスコリアや、そこに挟まる火炎状にゆらいだ白いシルトの荷重痕をなで、これは水深三千メートル下で起きた運動の痕跡なのだと中学時代に教わった知識を和雄と春子に披露した。

72:いったいどの季節にいるのか。ふたりとも、歩みをすすめるごとに、わからなくなってゆく。貴子は坂を下りきるころには、自分の背丈が永遠子とならぶような気をおこしていた。永遠子は袖を通していたカーディガンを脱いだ。永遠子の半袖すがたに、「ひざしがつよいよ」と貴子は視線を空にうつした。永遠子は、日光にかぶれやすいことを貴子が覚えていたことに驚いた。子どもをうんでから体質が変わったのだと言った。

74:同じ場所の記憶であるというのにおぼえがまるでことなっている。記憶をおぎなおうとして、混乱を来して終わった。結局、互いの記憶の地層は雪崩をおこして年代が失われ、すっかりわからなくなっていた。


shikoku88 at 17:26│Comments(0)TrackBack(0) | その他

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