2016年12月27日

永谷商事



都心を歩いていると独特の書体で「永谷」と書いた古いマンションをよく見かける。特に気に留めてなかったのだが、昨日行った「お江戸日本橋亭」があるのが日本橋永谷ビル。「お江戸日本橋亭」の運営が永谷商事。

一体ナニモノ?と調べてみたところ、「永谷グループ」は戦後すぐに上野ガード下で手荷物預かり所を始めたのが創業らしい。焼け野原となった上野を捉えた当時の写真によく写されているらしい。

昭和32年に不動産業に進出。仲介業の傍ら、翌年には早くも三鷹に自前のアパートを建設している。

躍進したのは昭和40年代で、マンションを次々と建設・分譲。民間初の15階建てマンション(昭和43年・目黒区)や時代の先駆けとなるワンルームマンション(昭和47年・港区)、日本一の個数となる大規模マンション(昭和48年・中央区)を手掛けている。この頃、首都圏のマンション分譲では財閥系不動産会社を押さえて第一位になった年もあるというからすごい。

昭和50年代になるとマンションの建設ペースが落ち、多様な不動産事業や多角化に乗り出していく。グループ沿革には記述がないが、創業者の高齢化と引退が起こったのかもしれない。

平成の世になって、「文化事業」を始めている。今回私も利用した「日本橋亭」の他にも、「広小路亭」「両国亭」「新宿永谷ホール」がある。永谷ホールは「お笑い」にも利用されているが、基本的には何れも伝統芸能用の演芸場である。

日本橋亭の席数は100程。料金は公演により1500-2500円。二つ目筆頭?の松之亟が足袋を忘れ、その後出演した神田蘭は張り扇を忘れたという・・・マクラでの話では、舞台道具は全部自分で持ち運ぶ上、営業活動も自前。真打になるまで所属事務所もなければ、付き人も居ないのだ。芸人も大変なら、寄席運営も大変だろう。

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字