2016年12月10日
日本一の高燈籠
先月、香川大学博物館企画展「刷り物でみる金毘羅信仰」のフィールドワークで琴平へ。
江戸時代になって世の中が安定し、また各藩の新田開発で経済発展した結果、18世紀になると庶民が旅行に出る余裕が出てきた。そうした社会背景の中で、人気を集めたのが伊勢参りや富士講、そして金毘羅信仰である。
境内や町内に残された灯籠を見ると、西日本各地や遠く江戸からも寄進されている。その中でずば抜けて大きいのが高燈籠。ある場所は金毘羅さんの北神苑(ことでん琴平駅隣)なのだが、高燈籠が有名になりすぎて、今ではこの場所も「高燈籠」と呼ばれる。
慶應元年(1865)に完成した高燈籠の高さは27mあり日本一の高さ。国指定重要有形民俗文化財。この高燈籠、実は当初設計では23mの高さになる予定であった。それが途中で、「丸亀の港からも見えるように」ということで、設計変更があったということ。
建設を企画していたのは、他の燈籠同様、各地の金毘羅講である。寄付金が足らなくなった金毘羅講は琴平の茶屋やそこで働く女給(飯炊き女)の売上からピンハネすることにする。江戸時代の茶屋では売春もやっていた。要するに、琴平の最大産業
であった風俗業界への「特別税」で高燈籠は完成したのだった。総建設費は3000両で、江戸時代末期の貨幣価値から現在価値で3-5億円ということ。その内1700両が各地の金毘羅講からの寄進で、残りが茶屋からのピンハネで賄われたという。このことを詠った狂歌の碑が高燈籠脇にあるので、読んでみると面白い。