2016年11月02日
現代に生まれて良かった
「昔は良かった」とは、昔から言われている。本当にそうだったかを古典文学で検証した本。結論は、「現代に生まれて良かった」

当たり前だが、昔は法治国家ではない。権力があるものは何をしても罰せられない。人権的なものが意識され始めたのは、江戸時代も五代将軍綱吉の時代になり、新田開拓でコメの生産量が増え、社会が安定してからだ。そして、明治時代になり、憲法が出来、西欧諸国に倣った法体系ができる。こうして「法の下の平等」が保証されるようになった。これは、日本の数千年の歴史から見れば、ホンの最近の事なのだ。
家族を普通の人が持てるようになったのも、17世紀頃かららしい。食べることができなければ、「家族」は成立しないのだ。今、「若者の収入が減って結婚できなくなっている」というのは、歴史的に見れば、これが常態。大半の人が結婚し、子孫を残すことができた戦後の日本は多くの条件がそろった幸運な時代だったともいえる。
はじめに:現代に生まれて良かった・体が不自由になれば物乞いするしかないあとがき:「昔は良かった」は幻想・江戸時代の離婚率は今よりずっと高く、それ以前の時代は捨て子や育児放棄は枚挙にいとまがない・「家族」を多くの人が持てるようになったのは17cころから25:捨て子が取り締まりの対象になるのは「生類憐みの令」の一環として禁止されてから(1687)29:棄児数 1879 5000人以上(当時の人口3500万人) 『日本帝国統計年鑑』2003 67人138:日本武尊 先住民「まつろわぬ民」にとっては凶悪な少年犯・兄(父景行天皇の愛人を横取り)を虐殺(数え16歳)・クマソタケル兄弟の宴に女装して侵入し虐殺(西方征伐)・イヅモタケルと「即ち友を結び」相手を欺いて殺害140:光源氏・夕顔を廃院に誘い出してセックスの果てに変死させ、事後処理は部下にやらせる(17歳)・10歳の紫の上を拉致し自宅に監禁(18歳)
*光源氏が拉致したり変死させたりした女たちは、葵の上や朧月夜といった権門のお嬢様ではない→露見してももみ消すことができる弱い立場の女性を選んでいた(夕顔:孤児 紫の上:親王の娘だが母はなく、正妻の子ではない)

