2016年06月19日
粟島

志々島を午前中に訪問した後、西隣の粟島へ。ここは瀬戸内国際芸術祭(セトゲイ)にも参加し、3年前にも多数の観光客を集めた。今年も秋会期に開催。
前回のセトゲイに合わせて「開局」したのが、漂流郵便局。住民減少と共に、港に移った粟島郵便局の旧局舎を利用してアート作品として企画された。局員は、本局の企画制作にあたった現代美術家の久保田さん(写真右)と、45年間粟島郵便局局長を実際に勤めていた中田さん(写真左)。
粟島は船のスクリューの様な不思議な形をしている。それは、城山(222m)、紫谷山(145m)、阿島山(182m)の三つの独立峰が、西浜と中新田の二つの砂州によってつながった陸繋島であるから。
島は江戸時代から明治にかけ北前船の寄港地として長年栄えた。明治30年(1897年)には国立粟島海員学校が出来、昭和62年に廃止されるまで90年に渡って多くの海員を育成してきた。卒業生の多くは当時の花形職業の一つであった外国航路の船員として働き、定年後、粟島に戻って暮らしている卒業生も多い。