2016年04月13日
レオナルド・ダ・ヴィンチ
今では、芸術家としてしられるレオナルド・ダ・ヴィンチだが、その人生の大半は発明家、特に軍事技術の発明家として過ごしている。1499年にフランス軍がミラノを占領した後はヴェネツィアの軍事技術総監督に、その後はやはりローマ教皇の軍事技術者として働いている。
裕福な公証人が農家の娘に産ませた子で、そのためすぐには家には迎え入れられなかったらしく、5歳までは農家で母親と暮らしている。その後は父親と同居するが、私生児のため正式な教育は受けられなかった。彼に大きな影響を与えたのは一緒に暮らしていたおじと祖父だったという。
彼にはおじから教えられた自然科学への深い探求心があり、また、祖父から日々の出来事や発想を記録することを学んだ。 レオナルドは生涯、日記兼アイデア帳を書き続けた。
・1452裕福な公証人と農家の娘の間に非摘出子として生まれる・5歳までは母親と住んでいたが、その後は父親と同居・同居したおじ(自然科学)と祖父(日記)が知的生活に強い影響・1466画家ヴェロッキオに弟子入り・1478独立(芸術家ギルド・マスター)・1482-1499ミラノ発明家・1499フランス軍がミラノに到達→ヴェネツィアに避難→軍事技術総監督
