2016年04月08日
クロスボウの発明
「史上最大の軍事国家」であったローマ帝国が崩壊し、歴史も科学もほとんど進歩しなかったヨーロッパ中世「暗黒時代」が訪れる。そんな中でも、唯一発展を続けたのが冶金学で、それは戦争のために最重要であったからに他ならない。
その頃までに騎兵は当たり前になっていて、歩兵はこれに対抗する術がなかった。しかし、騎兵は馬から武具まで整備し維持するのに大変おカネがかかる。富んだ領主しか大規模な騎兵隊を持つことはできなかった。
騎兵に対抗すべく考え出されたのがクロスボウ。鋼鉄製の太い矢(ボルト)を用いるクロスボウは騎士の鋼鉄製の鎧をも射貫くことができる。クロスボウでは矢を引き絞るのに多大な力が必要で、そのため発射までに時間が掛かるのが問題だった。11世紀になると機械式のウインチが導入されて、この問題は解決される。
但し、ボルトの空気抵抗が通常の矢より大きく、また、カタパルト発射のため最小限の羽しかついておらず、弾道が安定しない。従って、通常の弓より命中精度が低い。
1307年11月18日、ウイリアム・テルが息子の頭上のリンゴを射たのがこのクロスボウだ。その後、テルはこの命令を出したオーストリアの代官ゲスラーを射殺する。この騒動がきっかけになり、スイスはハプスブルク家から独立することになる。
命中精度の低いクロスボウでリンゴを射抜くのは至難の業。息子が死ななくてよかった

58:英仏の初期の戦い・476年西ローマ帝国崩壊→暗黒時代・科学の進歩がほとんど見られず(唯一冶金学)・騎兵隊が当たり前に・クロスボウの発明(鋼鉄製の太い矢を放つ)→騎士に対抗・1066ヘイスティングズの戦いに勝利したノルマンディ公ギョーム二世がウイリアム一世に

