2016年01月30日

男の顔は履歴書

ぶ男に生まれて (集英社文庫)
徳大寺 有恒
集英社
2004-11


すごいタイトルだ。多くの人は徳大寺有恒さんのことを、「ダンディでカッコいい」と思っていたと思う。「ぶ男」といわれて、改めて見れば、今風のイケメンでないことは確かだ。

このエッセイ集を読んで分かったことは、徳大寺さんは成城大学卒業後、自動車関係書籍を輸入する会社に勤め、トヨタのレーシングドライバーを経て、26歳でレーシング関係のアクセサリーを製造販売する会社を始めたこと。最初はうまくいったようだが、30歳の時に倒産し、8年後に『間違いだらけのクルマ選び』が出版されるまで困窮していたらしい。その間は、タクシー運転手などで糊口をしのいでいた。

その時の話を書いたのがこの部分。リンカーン大統領は「男は40歳を過ぎたら、自分の顔に責任を持て」(Every man over forty is responsible for his face)と言ったらしいが、これを読むと、徳大寺さんの顔の秘密がわかる気がする。

158:あるとき、浅草のほうにある工場に謝りに行った。本当に申し訳ないと思ってはいても一年も謝り続けていると、何となく慣れてきてしまう。謝って許されるなら、ともかく謝るだけ謝って早いとこ退散しようなんて横着なことを考えていたかもしれない。

158:「あんた、よく物が食えるねえ。ホントなら首吊って見せなきゃなんないところだよ」
そのとたんに、箸を放り投げ、僕は顔を上げることができなかった。あれほど、自分が愚かだと思ったことはなかった。戦いに負けたんだと実感したのもそのときだった。

159:金は金を欲しがらないヤツのところには絶対にこないし、金のないところには寄りつかない。タクシー運転手をしていたころから、『間違いだらけのクルマ選び』を出版するまでの経緯については、あとで詳しく書こうと思っているけれど、38歳で本を出版するまでの8年間、どん底の貧乏は続いた。 


shikoku88 at 09:06│Comments(0)TrackBack(0) | 提言

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