2015年06月26日
Kizuna Street

プノンペンでの最終日、カンボジア和僑会の創設者で会長を務める黒川社長が経営するHUGSを訪ねた。HUGSの主要業務は、日本企業のカンボジア進出支援。飲食業などサービス業を中心に10店舗以上をカンボジアに誘致している。
ただ単に、誘致しているだけでなく、それらの店舗をKizuna Streetと名付けたプノンペン市内の通りに集めて、「日本人街」として集積効果を狙っている。世界中の大都市に在って、プノンペンにないもの。それは、中華街だそうで、これだけ華僑が多いにも関わらず、中華街がない。それは、カンボジアの政治経済を牛耳っていたのが元々華僑で、いわばプノンペン中心部全体が中華街であるからなのだが、それも、ポルポト政権下でこれら知識層の華僑が虐殺されたため一旦消滅した。
現在、20万人いると言われる中国人(元々いるカンボジア人華僑を除く)に次いで多い外国人が韓国人。こちらも韓国人街はまだ無い。1992年の内戦終結以来、最大の経済支援国は日本と言うこともあり、カンボジアは親日国である。日本文化への関心も高い。
既にKizuna Streetの日系店舗も13店舗となり、進出店舗は毎日通りの清掃を交代で行っている。自分の店舗前だけを行うのではなく、まだ他の店舗や住宅も多い通りを全て清掃して、「ゴミのない通り」を実現している。カンボジア人はポイ捨てが平気なので、これはカンボジアでは画期的なことだ。
聞けば、お父さんの赴任先のイラク・バグダッドで生まれた黒川社長は、家族でヨーロッパ旅行中にイラン・イラク戦争が勃発。帰宅できなくなって、そのまま帰国するという波瀾から始まる。東京理科大学時代はプロサッカー選手を目指しており、休学して、イギリスに渡ってプロ試験を受けるも挫折。大学もそのまま辞めて、ベンチャーリンクで飲食店のFC開拓に携わる。そこで飲食店経営のノウハウを身に付け27歳で独立し、都内で3店舗を経営し、順調な滑り出しだったという。
しかし、「海外でやりたい」という思い立ち、各国を調査する。その結果、まだ日本からの進出が殆どないこれからの市場で、且つ、民主国家で親日的という条件から、カンボジアを選んだそうだ。当時、都内に家を新築して引っ越して3か月しかたってなかったそうだが、即時売りに出し、家族で引越したそう。
起業家を見ていつも思うのだが、配偶者の影響は大きい。事業に理解があり、信じて応援してくれる人を妻にしてなければ、事業を始める前から負けている。