2015年06月14日
森鴎外記念館

自転車で出かけた帰りに道を間違ってしまい、信号で止まったら、向かいに文京区立森鴎外記念館があったので入ってみることにする。
地上2階、地下一階の要塞のような建物。如何にも頑丈そうで、要らぬ心配ながら、一体いくら建設費&維持費が掛かっているのだろうと考えてしまう。見かけた館員は3人。1.5時間いて、その間に入った来場者は私を含めて3人。

鴎外と漱石は同時代人で、鴎外は軍医としてドイツに留学し、漱石は英語の勉強にイギリスに留学した。当時は文壇を二分する人気だったようだが、漱石作品が漱石死後も読まれ続けたのに対し、鴎外作品は次第に読まれなくなった。私もそういわれれば、読んだことがない。
以下、記念館パンフレットから。
文京区立森鴎外記念館は、文豪 森鴎外の旧居「観潮楼」跡地に開館しました。
東京都文京区は、鴎外がその半生を過ごした場所です。鴎外は1892年(明治25年)30歳のとき、文京区千駄木に家をかまえ、60歳でなくなるまで家族とともに暮らしました。家は団子坂上に位置し、増築した2階からは品川沖の白帆が遠く眺められたと言われ、鴎外により「観潮楼」と名付けられました。
鴎外はこの家で、『青年』『雁』『阿部一族』など数々の小説や翻訳を執筆しました。この家には永井荷風、芥川龍之介、伊藤左千夫、石川啄木、齋藤茂吉など多くの文人たちが訪れました。歌会が開かれるなど、観潮楼は森家の住まいのみならず、文人たちの社交場でもありました。
