2015年03月10日
前原城

パラグアイ日本人会の会長を長年務め、惜しくも交通事故で1996年に亡くなられたのが広島県福山出身の前原深さん。その前原さんは晩年、農地の中に昔から在った岩山に日本の城をつくることを思いつく。その城「御影城」築城については、こちらに詳しい。
今回お話を聞いたのは、お孫さんのネルソンさん。前原深さんには子供が5人おり、4人の男子が全員「前原農商」の仕事に携わっている。長男の弘道さんは20歳で移住し、2004年からパラグアイ日本人会の会長を務めている。
・1958年に一家7人(両親+子供5人)で移住
・他の日本人農家同様、最初は野菜(トマト)から始めた
・ブラジルの日系人農家から「養鶏がいい」ということを聞き、やり方を教わった
・現在の鶏舎はスペイン製の閉鎖型で、一棟に5-6万羽入る
・これが15棟あるので、飼育数は75-90万羽
・Yemitaブランドで、パラグアイ玉子市場の70%シェアを誇る
・韓国人企業が安値で参入してきている
本来、「観光地の少ないパラグアイに観光名所を造れば、地域振興になる」と始めた築城だが、治安の悪化で、現在は日系人と日本からのお客さん以外には公開していないという。前原城が観光名所として、パラグアイ人に公開される日が来ればいいと思う。
