2014年10月29日
海から見た讃岐

明治になって鉄道が敷かれるまで、日本の交通の主流は海だった。建設機械のない時代、広い道を付けるのは困難で、自動車はまだ高根の花。丸太船の時代から、鉄道網が全国に整備される昭和まで人も荷物も海を渡った。その間、波の穏やかな瀬戸内は正に海上交通の大動脈だった。
その頃人々が見ていた讃岐の風景はどうであったか?これも、「讃岐ジオパーク構想」の大きなテーマ。昨年の東かがわ市との共同調査と、今年の香川大学の誇る調査船での試行を経て、先週末「東讃ジオクルーズ」を実施。東かがわ市の藤井市長、さぬき市の大山市長にも参加いただいた。
午後には、一般市民多数の参加を得て「東讃・海から見たジオサイトと石の文化講演会」を津田町公民館で実施。
写真は、 鹿浦越(白鳥町)のランプロファイア岩脈。国指定の天然記念物である。私が見学したのはこれで3回目だが、今回の新発見は、これが明治時代の軍の砲撃で出てきたらしいこと。東かがわ市教育委員会による調査なので間違いない。
昨日出た四国新聞のコラム「時の玉手箱」も良かった!