2014年10月14日

都市化は続くのか?

catch





















「日本の都市化はもう終わる」という人が居る。確かに、東京の人口は高度経済成長が終わった1973年以降1200万人でほとんど変わっていない。しかし、東京と言っても、八丈島から奥多摩まで、四国と変わらないという場所はいくらでもある。23区だけを見てみると、1965年ごろから地価高騰によるオフィス街化で減少していた人口が、1995年頃からバブル崩壊に伴う地価の下落と容積率の緩和で再び増加している。

都市論は私の専門ではないが、経済学を学んだものとしてこういうことだと思う。
1.交易が未発達の時代→農業が基本で「土地」に縛られている
2.交易が発達→食料や水は運べばよくなり、経済活動に便利な都市に人口が集中する
3.人口集中による弊害(公害、不動産の高騰など)により都市化がストップする

上記の図によれば、意外なことに、日本の都市化は遅れている。リンク先に説明がある通り、国によって「都市部」の定義が違うので正確な比較とは言えない部分もあるが、各国を旅行した印象とほぼあっている。米国でも欧州でも、一旦都市を出るとほとんど人が住んでいない農地や荒野が続く。その間にはところどころ町や村がある。日本で、人家のない場所を見つけるのは難しい。「こんなところに」と思うところにも人家があり、人が住んでいる。

どうして、日本の都市化は進まなかったのか?ここからは私の推測になる。

戦後の政権をほぼ一貫して担当したのは自民党だ。自民党は農村部を票田とした。そのため、地方でも産業構造の転換が進み、ほぼ全員が兼業農家になった後でも手厚い保護を続けた。山の奥まで道路は整備され、多大なコストを掛けて水道が引かれ、電気も来た。「情報格差を無くす」として、TVもインターネットも整備された。

それでも都市化は進んだものの、本来はもっと進んでいたのではないか?というのが仮説だ。こうやって全国津々浦々まで膨大な公共投資がされた資金の出元は都会で上がる税金だ。累進課税となっている日本の所得税制下、農家も給与水準の低い地方のサラリーマンもほとんど税金を払っていない。一方、こうしたハンデを抱える東京は世界の都市間競争から脱落してしまった。シンガポール、香港がどんどん近代化投資をしている間、東京は変われなかったのだ。歴史に造詣の深いライフネット生命の出口CEOはこう指摘している。

歴史は、中心都市がどの経済圏においても大体1つに収斂していくことを教えている。それは何故か。1番の理由は、一旦地域本部や研究開発拠点の集積が始まると、トップクラスの人材が集まりやすくなり、能力開発の機会も加速度的に大きくなるからであると考えられている。

では、今後どうなるか?これまで世界は情報化が進むたびに都市化が進んだ。近年でいえば、インターネットで情報の格差は少なくなったが、それによってより栄えたのは、シリコンバレーであり、ロンドンであり、NYだ。結局、あるモノが普及すると、「底辺が広がることにより、その頂点はより高くなる」ということだと思う。

東京はほぼ上限にあると思うので、人口はこれ以上増えない。災害の危険もある。大震災が起これば、これを機に遅々として進まなかった低層地域の高層化が進む可能性がある。関東大震災後、後藤新平がやろうとしたことだが、法整備と政治次第。今から準備しておくべきだ。

地方では、地方中核都市への人口集中が進む。税収が減る中、これまでのように辺鄙な場所にまで公共サービスを行き渡らせることは不可能だろう。国全体としての人口が減る中、都市部が人口を維持することで、結果的に「都市化が進む」というのがメインシナリオだと思う。

では、地方はどうなるのか?単純だが、自分たちの生きる道を見つけ、自助努力でやっていくしかない。これまでのように、国(都市部)からお金は回ってこなくなる。より強いところの真似ではなく、独自性。差別化でよそからお金を稼いでくる。あるいは、よそから来てお金を使ってもらう。

エネルギー問題は田舎のアキレス腱。何しろ、どこへ行くにも、平均体重50kgの人が平均1.5tの車を動かす。どう考えても非合理的である。たんぼを耕すトラクターも、収穫した農産物を運搬するトラックも全て輸入された石油で動いている。原油高と円安は田舎に不利で、相対的に、都市部に有利なのだ。 
shikoku88 at 09:14│Comments(0)TrackBack(0)経済 | 政治

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