2014年01月26日

玄武洞

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火山噴火によって噴出した溶岩が、急速に冷却されて固まった火成岩の一種が玄武岩だが、それはここにちなんで命名された。玄武岩が取れるから「玄武洞」なのではなく、玄武洞で採れる岩が「玄武岩」になったのだ。

流石、山陰海岸ジオパークを代表するジオサイトの一つで、見事 玄武岩が冷え固まるときに、収縮して出来た柱状節理の織り成す景色はまるでアートである。

また、ここを舞台に、世紀の大発見が行われた。それは、1926年(大正15年)京都帝国大学の松山基範博士による地球磁場の反転説である。玄武岩には磁性を帯びるものがあり、この年玄武洞を訪れた松山博士は玄武洞の玄武岩が南北逆の磁性を帯びていることに気づく。「これは、玄武岩が形成された160万年前の地磁気を示しているのではないか」と考えた博士は、その後、各地の地磁気を調べ、石の形成された年代によって地磁気が違っていることから、1929年に、「地球磁場の反転説」を発表するのである。

この説は、長年世界の学会から無視されたが、ようやく1950年代になってイギリスで研究が進み、その正当性が認められた。その功績により、地質時代で最後の逆磁極期(249万〜72万年前)は「松山逆磁極期」と名付けられている。

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