2013年11月19日
プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神
『野心のすすめ』(林真理子)にこんな引用があった。
62:「貧乏は恥にあらず」というのは、すべての人々が口にしながら、誰ひとり心ではなっとくしていないことわざである。(ドイツ人劇作家 コッツェブー 1761-1819)
この間、北京で泊めてもらったフランス人の旧友(もう20年以上の付き合いになる) は米国勤務時代の元同僚。彼は、その後INSEADでMBAを取り、今ではセメント・メジャーと言われるフランスのセメント会社の中国法人の役員をしている。
彼は、北京駐在前は、オーストリアとドイツの工場長をやっていた。そこでのフランスとドイツの国柄の違いの話が面白かった。彼の説では、根底にはカトリックとプロテスタントの哲学の違いがあるというのである。
・フランスが共産主義の考えを受け入れ、今でもその影響が強いのは、カトリックの歴史から
・米国から帰国した直後、工場内での役職が決まるまで「平」だった。数ヵ月後、部長に就任した途端、職場新聞で、「よい若者だったのに、管理職になったとは残念だ」と書かれた。
・フランスでは「平等」の気質が強く、ついに、社用車まで統一することになった。ドイツ子会社が、「それでは優秀な管理職が取れない」と抗議し、ドイツは例外になった。(欧州では個人所得税率が高いので、管理職は役職に応じて、社用車があてがわれるのが一般的)
・ドイツは社会「階級」を認め、またそれを上るための努力をする。
例えば、彼は東ドイツで工場長をやっていたときあてがわれた車はBMW525だったらしい。次に、西ドイツの工場長に移ったとき、「工場が大きくなったので、今度は530になります」と言われ、「そんな些細な違いどうでもいい!」と思ったらしいのだが、ドイツ人にとっては、この違いが大事なのだとか。そのため、ドイツ子会社では、マネージャーは3シリーズ、部長・工場長クラスは5シリーズ、役員は7シリーズと決められ、さらにその中身が細かく規定されていたとか。
どちらが経済発展するかといえば、明らか。やはり、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の「精神」』ということなんだろうか。
この間、北京で泊めてもらったフランス人の旧友(もう20年以上の付き合いになる) は米国勤務時代の元同僚。彼は、その後INSEADでMBAを取り、今ではセメント・メジャーと言われるフランスのセメント会社の中国法人の役員をしている。
彼は、北京駐在前は、オーストリアとドイツの工場長をやっていた。そこでのフランスとドイツの国柄の違いの話が面白かった。彼の説では、根底にはカトリックとプロテスタントの哲学の違いがあるというのである。
・フランスが共産主義の考えを受け入れ、今でもその影響が強いのは、カトリックの歴史から
・米国から帰国した直後、工場内での役職が決まるまで「平」だった。数ヵ月後、部長に就任した途端、職場新聞で、「よい若者だったのに、管理職になったとは残念だ」と書かれた。
・フランスでは「平等」の気質が強く、ついに、社用車まで統一することになった。ドイツ子会社が、「それでは優秀な管理職が取れない」と抗議し、ドイツは例外になった。(欧州では個人所得税率が高いので、管理職は役職に応じて、社用車があてがわれるのが一般的)
・ドイツは社会「階級」を認め、またそれを上るための努力をする。
例えば、彼は東ドイツで工場長をやっていたときあてがわれた車はBMW525だったらしい。次に、西ドイツの工場長に移ったとき、「工場が大きくなったので、今度は530になります」と言われ、「そんな些細な違いどうでもいい!」と思ったらしいのだが、ドイツ人にとっては、この違いが大事なのだとか。そのため、ドイツ子会社では、マネージャーは3シリーズ、部長・工場長クラスは5シリーズ、役員は7シリーズと決められ、さらにその中身が細かく規定されていたとか。
どちらが経済発展するかといえば、明らか。やはり、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の「精神」』ということなんだろうか。