2013年07月31日
重要文化財 「旧開智学校」

次に寄ったのが、旧開智学校。わざわざ「旧」と付けているのは、隣に現在の開智小学校があり、混乱を避けるため。
筑摩郡は江戸時代から教育が盛んで、寺子屋へ通う子供は5割を超え、田舎としては高かったという。重要文化財として保存されている建物は、明治9年4月に新築されたもの。以降90年に渡って現役で使われた。構造は木造で桟瓦葺、寄棟2階建土蔵造りで、中央に「東西南北」の風見を配した八角塔が高くそびえ立ち、各窓に舶来のギヤマン(ガラス)を取り付けた、和風と洋風の入り混じった擬洋風建築の代表。天使の持つ校名の下には、龍の透かし彫り
工事費は約1万1千円。当時の大工日当が20銭、権令(県知事)の月給が20円というから、現在価値で言えば、6万倍として(知事月給を120万円として)、6億円。しかも、明治政府は小学校開設を奨励したものの、お金は出さず、工事費の約7割は松本町民の寄附。町民の開智学校への期待の大きさが伺われるとともに、これだけ出せば、学校運営に無関心ではいられなかっただろう。つまり、戦前の学校は官立と言いながら、私立に近い存在であったことが伺える。
学内には、開校当時からの教育関係資料が集められ、日本の初等教育の変遷を学ぶことが出来る。
