2013年06月13日
父の十訓

民俗学の旅 (講談社学術文庫) [文庫]
北川フラムさん推薦図書の続き。37pにある「父の十訓」が素晴らしい。
宮本常一は小学校しか出てなかった。成績優秀だったが、貧しい家庭事情から「これ以上父母に負担を掛けてはならないように思った」(p35)のである。13人の同級生で村に残ったのは常一一人だったという。裕福な家庭では中学に進学し、後は周防大島の風習として島外に出稼ぎに出たのだ。
1年間父の手伝いで百姓をした大正12年3月に祖母が無くなる。その葬式に大阪から帰ってきた叔父が「常一を大阪に出して勉強させないか」というのである。厳しい父は簡単に許すと思えなかったが、意外にも、あっさりこれを承諾する。
「世の中へ素手で出ていくには体がもと手であるから、どんな苦労にも耐えられるようにしておかねばならぬが、一年間百姓させてみてもう大丈夫だと思う。何をさせて見ても一人前の事はできるだろう」
そして、翌月大阪への出発の際に言ったのが次の言葉。これだけの事を、小学校もろくに出ていない瀬戸内海の島の百姓が言える。いかに戦前の教育水準が高かったのか。いかに現在の学校教育はお金だけ掛けて、社会の役に立ちそうにない学生を量産しているのか。そのための投入されている莫大な税金を考えると恐ろしくなる。
(1)汽車に乗ったら窓から外をよく見よ、田や畑に何が植えられているか、育ちがよいかわるいか、村の家が大きいか小さいか、瓦屋根か草葺きか、そういうこともよく見ることだ。駅へついたら人の乗りおりに注意せよ、そしてどういう服装をしているかに気をつけよ。また、駅の荷置場にどういう荷がおかれているかをよく見よ。そういうことでその土地が富んでいるか貧しいか、よく働くところかそうでないところかよくわかる。
(2)村でも町でも新しくたずねていったところはかならず高いところへ上ってみよ、そして方向を知り、目立つものを見よ。峠の上で村を見おろすようなことがあったら、お宮の森やお寺や目につくものをまず見、家のあり方や田畑のあり方を見、周囲の山々を見ておけ、そして山の上で目をひいたものがあったら、そこへはかならずいって見ることだ。高いところでよく見ておいたら道にまようようなことはほとんどない。
(3)金があったら、その土地の名物や料理はたべておくのがよい。その土地の暮らしの高さがわかるものだ。
(4)時間のゆとりがあったら、できるだけ歩いてみることだ。いろいろのことを教えられる。
(5)金というものはもうけるのはそんなにむずかしくない。しかし使うのがむずかしい。それだけは忘れぬように。
(6)私はおまえを思うように勉強させてやることはできない。だからおまえには何も注文しない。すきなようにやってくれ。しかし身体は大切にせよ。三十歳まではおまえを勘当したつもりでいる。しかし三十すぎたら親のあることを思い出せ。
(7)ただし病気になったり、自分で解決のつかないことがあったら、郷里へ戻ってこい、親はいつでも待っている。
(8)これからさきは子が親に孝行する時代ではない。親が子に孝行する時代だ。そうしないと世の中はよくならぬ。
(9)自分でよいと思ったことはやってみよ、それで失敗したからといって、親は責めはしない。
(10)人の見のこしたものを見るようにせよ。その中にいつも大事なものがあるはずだ。あせることはない。自分のえらんだ道をしっかり歩いていくことだ。