2013年05月19日
コーヒー店で生まれた証券取引所が発展する?

金融の世界史 [単行本(ソフトカバー)]
休みなので、大著に取り組む。
本論は別のところにあるのだが、各国の証券取引所設立の経緯を見ていて、面白いことに気が付く。ロンドンとNYはコーヒー店で自然発生的に始まったものが後に取引所となり、仏は当初から政府の肝いりで設立している。
これだけでは分からないが、ひょっとして、そこに今に続く、LSEとNYSEの自己規制主義の流れがあるのかも。
59:1690年代には、専門的証券ブローカーが出現し、コーヒーハウスやロイアルエクスチェンジで証券取引が行われ、株価を報道する新聞も出現した (ロンドン)
81:パリ証券取引所は1724年に開設されているが、証券取引の担い手は1595年の王の特許状で認可された証券仲買人組合である。証券仲買人組合は、公式取引所において株式の正式取引価格を表示する権利をはじめ、数々の特権を独占していた。
125:ベルリン取引所では、18世紀中期にはすでに仲立人や商人たちが「朝の会合」をもち、ユダヤ人たちは火曜日と木曜日には一種の外国為替相場表を発表していた。
194:1770年代後半の独立戦争期には、NYの商人はコーヒー店に集まり、大陸会議の国債の売買を行っていた。当時、珍しい飲み物であったコーヒーを出す店が商取引の場となっていったことは、イギリスと同様の出来事であった。商人は証券ブローカーを兼業し、彼らが1792年にトンティン・コーヒー店とよばれる店舗を構え、証券取引所とした。1801年当時、トンティン・コーヒー店で取引されていた証券は、国債、銀行株、保険会社株などであり、そのほかに、英ポンド、ドイツ・マルク、オランダ・ギルダーといった外国為替取引も行われていた。
