2013年05月17日

君は兵をあげよ、我は財をあげて支援す

LBS#1先月から讀賣新聞「時代の証言者」で、松本楼の小坂社長が連載している。興味深かったのは、奥さん(故人)の主和子さんの祖父になる梅屋庄吉の話。

孫文を支援し、1911年の辛亥革命を実現させた日本人支援者としては宮崎滔天が有名だが、最大の資金支援者は梅屋庄吉であったらしい。梅屋は1934年に死亡する際、孫文トワレトノ盟約ハ一切口外シテハナラズ」と遺言に残し、遺族がそれを守ったため、資料は50年間にわたって封印されていた。

日本に亡命中の孫文は梅屋邸の離れに身を寄せ、
宋慶齢と再婚した際の披露宴は、梅屋宅2階の大広間で行われた。

孫文が革命の手本にしたのは日本の明治維新であり、それを支援した梅屋はじめ日本人の支援者が居なければ、辛亥革命はおそらくなかった。ということは、中国は未だに欧米列強の植民地だった可能性すらある。

梅屋庄吉は、明治元年11月26日に長崎で生まれました。香港で写真館「梅屋照相館」を営み、その後、映画産業に乗り出し、日活の創設に関わるなど、日本における映像事業の黎明期に活躍しました。光緒(こうしょ)21年(1895)、孫文と梅屋庄吉は梅屋照相館で邂逅します。孫文の志に共感した梅屋は、生涯にわたって孫文を援助し続けました。 


shikoku88 at 22:15│Comments(0)TrackBack(0)経済 | 政治

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