2013年05月06日

東洋のマチュピチュ

__今回のサイクリングでは、私は前日に自転車で新居浜に移動。当日早朝にJRで高松を出た外人部隊と今治で合流した。 

新居浜も今治も何度か訪れているが、同じ県で40-50km離れているだけとは言え、かなり違う印象。一言で言えば、新居浜は大企業の城下町で、今治は中小企業の町。

新居浜は江戸時代から、住友の経営する別子銅山で栄え、現在でも住友化学系の企業群が産業の中心。市民の多くは、そこで働くサラリーマンである。

その新居浜の観光と言えば、別子銅山の産業遺産群。何しろ、元禄時代から1973年に閉山されるまで約280年に渡り70万トンを算出し、住友財閥の基礎を作った銅山である。坑道は全長700キロメートル、また最深部は海抜マイナス1,000メートルにもおよんだというからスゴイ。日本で人間が到達した最深部である。(Wikipedia)

山の上にある遺産群は「東洋のマチュピチュ」として売り出し中。
標高750mの山中にある東平は、大正5年から昭和5年までの間、別子鉱山の採鉱本部が置かれ、社宅・小学校・劇場・接待館が建てられるなど、昭和43年に休止するまで町として大変な賑わいをみせていました。 


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