2013年04月27日

井上誠耕園

黒丸















今週の授業では井上誠耕園のケースを取り上げた。1940年の創業。初代はご近所と協力して集団農場でみかんを作った。当時のみかんは貴重品である。

戦後、香川県農業試験場の勧めでオリーブを作り始める。ところが1959年にオリーブの輸入が自由化され、価格は大暴落。付加価値をつけるために二代目が中心になって開発したのが、オリーブを浅漬けした「新漬け」。オリーブを食べなれてない日本人にも合う新商品だった。

以降、1960年代1970年代と国内観光旅行が盛んになり、小豆島への観光客も増える。井上誠耕園もオリーブ加工品を土産物屋に売って伸びてきた。

1980年代、豊かになった日本人は海外旅行に目覚める。国内の団体旅行は減り、観光地はさびれ始める。小豆島も例外ではなかった。売上が減った土産物屋からは値下げを求められ、それを断ると取引を切られてしまう。当時の売上の2/3である。

この危機感が、丁度神戸での勤めを辞め、島に帰ってきた三代目に戦略の転換を促す。三代目は、「観光地の土産物」ではなく「洗練された化粧品」として、消費者に直接通信販売することを1994年に始める。

試行錯誤で自社で通信販売すること10年。
2004年には「単品リピート通販」のコンサルタントの指導を得て、通信販売体制の再構築。以来10年で売上は100倍近くになっている

私が始めて農園を訪れ、井上社長に会ったのは3年前。その時からでも売上は倍増している。その時も本blogに書いたが、こんな会社が10社、20社と香川にあれば、香川の農業も安泰だ。

井上誠耕園は「小豆島」を前面に出している。瀬戸内海&小豆島は大変よいイメージをもたれるからだ。考えてみれば、四国も「島」で、概ね良いイメージを持たれている。四国全体でイメージ統一し、継続的なマーケティングをやって、こんな会社が100社出来ればというのが私の夢。


shikoku88 at 09:28│Comments(0)TrackBack(0)仕事 | 四国

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