2013年02月03日
台北高の90周年

1月13日の産経新聞に面白い記事があったので紹介。
今年は旧制台北高の創立90周年らしい。それに合わせ、かつての台北高、そして中華民国となってから国立台湾師範大学で1982年に破損するまで継続して使われていた「自由の鐘」を復元するのだとか。それより面白かったのは、次の一説。
その中心となっているのが、台北高同窓会会長である辜寛敏(こかんびん)(1926年〜)だ。台湾を代表する実業家のひとりで、“華麗なる一族”としても知られている。
父親の辜顕栄(こけんえい)(1866〜1937年)は実業家、政治家で、日本統治時代、台湾人唯一の貴族院議員。異母兄の辜振甫(こしんぽ)(1917〜2005年)は実業界で活躍、政府の重要なポストにも就いた。長男のリチャード・クー(1954年〜)は著名なエコノミストである。辜寛敏自身は日本で長く、台湾の独立運動にかかわった。
小さな学堂からスタートした日本の教育は、台北だけを見ても統治2年後には早くも最初の小学校を開設。1931年には小学校・公学校19校、児童数は約2万5千人に達した。上級学校では中学校、高等女学校、実業学校、医学専門学校、師範学校、そして、台北高等学校(1922年設立)、台北帝国大学(同28年)をつくり、台湾人にも高等教育への門戸が開かれたのは前回書いた通りである。潘扶雄は言う。「日本のことがタブーだった時代も台湾の人々は、日本がつくった教育制度について『感謝』の気持ちを忘れなかった。それを最初にもたらした『六氏先生』のことは、台湾のインテリなら、まず知らない人はいませんよ」
元総統の李登輝や作家の邱永漢も皆ここの卒業生である。