2012年08月21日
魯迅と日本

魯迅と仙台―東北大学留学百周年
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東北大学で魯迅像と会い、懐かしくなったので、小説を読み直してみた。読んだのは、高校の教科書で初めて読んだ『故郷』と、仙台医科専門学校が舞台の『藤野先生』
『故郷』(1921)では、幼馴染と30年ぶりに再会した主人公が、こちらは分け隔てなく昔話をしたかったのに、「旦那様!」と呼ばれてしまう。
「母と僕は彼の暮らしぶりに溜め息をついた − 子だくさん、 飢饉、重税、兵隊、盗賊、役人、地主、そのすべてが彼を苦しめ木偶人にしてしまったのだ。」
そして、有名なエンディング。
「僕は考えた − 希望とは本来あるともいえないし、ないとも言えない。これはちょうど地上の道のようなもの、実は地上に本来道はないが、歩く人が多くなると、道が出来るのだ。」
当時の中国の旧制度、旧道徳の病根を描いた魯迅の面目躍如といったところ。
一方、『藤野先生』で驚くのは、清国留学生の厚遇ぶり。仙台に「中国の学生はまだいなかった」せいもあるのだろうが、「学校は学費と取ろうとせず、二、三人の職員が僕の食事や下宿の世話までしてくれた」という。
そこで解剖学を藤野厳九郎先生に教わり、先生に大変目をかけてもらうことになる。1.5年後、中国文化の改革の必要性を痛感して、医学校を辞めることにした魯迅を藤野先生は大変残念がり、「惜別」と書いた自分の肖像写真を魯迅に渡す。
この写真は、魯迅の書斎の机の真向かいに生涯掲げられていたという。
