2012年08月12日
HONMURA AN

四国に単身赴任していると、「好きなときに会えない」と思われるせいだろう、「次に帰るときは会いましょう」と誘われ、東京では以前より外食の機会が多くなった。
今回は、早稲田の先輩の紹介で、もう一方ワセジョの先輩と会食。この方、1970年代に早稲田を卒業し一旦は都内で就職したが、「当時は女性向けのまともな職場がなかった」ということで、退職して留学。さらに、金融機関がよさそうだと、1980年代にKelloggでMBA取得。 NY、London、東京で外資系金融機関を渡り歩いてきたらしい。
その先輩がNY時代から贔屓にしているというのが、こちらのHONMURA AN 。なぜ蕎麦屋がローマ字?と訝しがったが、荻窪の老舗「本むら庵」の息子さんがNYで開店し、長年「NYで一番蕎麦のうまい店」として知られていたらしい。その息子さんが店を継ぐべく帰国して、六本木で開いたのがこちらの店。
「うどん県」に住んでいる私が、東京に来てまでうどんを食べる必要はないので、「東京では蕎麦」と決めている。
それにしても、蕎麦屋は夜の単価が高い。高級路線のHONMURA ANでは客単価5000円は越えているだろう。HONMURA ANは充実したワインリストを持っており、日本酒には500円しか払わない日本人が、ワインにはグラスで1000円払う。
蕎麦屋が昼だけでなく夜居酒屋として稼動するのに対し、うどん屋は昼のもの、と相場が決まっている。これは、東京のような家賃の高い場所では経営に決定的な影響を及ぼすので、香川から進出したうどん屋の名店も夜の売上が上がらずに撤退した店は多い。増えているのは効率の高いチェーンオペレーションシステムを持つ丸亀製麺(神戸)。
そのため、うどんブームでこれだけ県外から車が押し寄せ、「うどん渋滞」と呼ばれる現象が起きても、「それでどれだけ経済効果があるのか?」ということが地元では言われてきた。ビジネスモデルとしては蕎麦屋の圧勝である。
本来、貧しい山間地で食べられてきた蕎麦。それが、どうして江戸の都市市民に愛され、さらに居酒屋として発展したのか、うどんはどうしてそうならなかったのか。研究テーマとして面白かもしれない。