2012年02月21日

日英経済史

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ロンドンAIM市場のことを研究している流れで、シティの歴史のことを調べだした。AIM市場が成功したのは、単にNomadや形式的上場基準が無いといった制度的なことだけでなく、そういった制度が機能するためのEcoSystem(生態系)があってのことだと思うからだ。シリコンバレーが成功しているからと、この20年世界各地で真似ようとしても一個も成功しなかったのと同じだ。

このテーマで論文も入れて、10冊ほど読み進めているが、最初に選んだのがコレ。

・新興支配層としての銀行家と、伝統的支配層である地主貴族階級とを社会的に結び付ける機能を果たしたものの一つが学歴
・19世紀後半に活躍した銀行家のうち、約半数近くがパブリックスクールないしはオックスブリッジ出身(Yカシス)
・産業経営者はそうでなかった(1875-1895鉄鋼業経営者 PS16% Oxbridge9% Cエリクソン)

・定説:19世紀中頃に頂点を極めたイギリス経済はその後持続的に衰退した
・修正主義:近現代イギリス経済の牽引部門は一貫して金融業であり、工業の衰退はイギリスにとって大した問題ではない(WDルービンスティン『衰退しない大帝国』1997)

・イギリスでは、18世紀後半以降の産業革命に先立って、すでに18世紀前半からシティにおける金融業の活発な展開があった
・英北部を主要舞台とする工業化とシティを中心とする金融業の発展は、互いに相対的に自立したまま並行的に進展

特に最後の点が面白くて、他の多くの国では第一次産業→第二次産業→第三次産業と産業の中心が推移していくのに対して、イギリスでは産業革命より先に金融業が発展している。また、シティの金融業者の大半は無限責任社員からなる家族企業・合名企業であり、小規模ながら、19世紀末にはロンドン証券取引所の取引の7割が海外証券となるなど、「世界の(投資)銀行」となっていた。

shikoku88 at 08:22│Comments(0)TrackBack(0) | 経済

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