2011年04月22日
ヤマト運輸のDNA

今週のカンブリア宮殿は、「物流大混乱に立ち向かえ!」 大震災で瓦礫の荒野となった街を走るクロネコの泥だらけのトラックの姿がとても印象的だった。
支援物資は続々と全国から届くが、物流網がやられている。倉庫を管理する自治体と自衛隊には在庫管理、物流管理のノウハウが無く、必要な場所に必要なものがタイムリーに届けられない。
見るに見かねて無償での支援を買って出たのがヤマト運輸の社員。気仙沼市から委託された、無償での事業。山内社長が言う。
「社員さん達が本社の許可も取らずに、会社のトラック・燃料を使って支援したいと申し出た事は大変勇気がいる事だったと思います。ただその思いに涙が出るほど嬉しかった・・・。」
これが現在の「クロネコヤマト」の実質的創業者、小倉(元)社長の残した社風なのだと思う。政府規制と業界既得権の強かった運輸業界に、宅急便という世界に類を見ない新しいサービスで挑戦したヤマト運輸。当然、小倉社長には大変な危機感があったと思う。当時のことを知る社員から、「記念式典などで乾杯の音頭を小倉社長が取る。ところが、乾杯前のスピーチが一時間にも渡って続くことさえあった。しかし、社長の危機感がピリピリ伝わってくるので杯を持った手を誰も下ろすことができなかった。」と聞いている。
山内社長には、前言に続けて、
「うちの社員を本当に誇りに思います」
と続けて欲しかった。思いは十分に伝わったけど。
後は、創業者の思いを今後どれだけ長きに渡って伝えられるか、ですね。