2011年01月05日
日本人の精神構造の欠陥

昭和史 1926-1945 (平凡社ライブラリー)
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今日から仕事始め。TV番組の話題が続いたが、勿論、正月中TVばかり見ていたわけではない。
いつもなら、時間に追われて1、2時間で読んでしまうところ、休みでついのんびりと数時間ずつ3日間掛けて読んでしまった。
以前読んだ同じ著者による『ノモンハンの夏』もそうだが、半藤氏の本は、日本人が陥った戦前の精神構造の欠陥、あるいは組織的欠陥に焦点をあて、「歴史から学ぶ」ことを強調している。「それを正しく、きちんと学べば」という条件付である。(p499)
うちの一族も帝国陸海軍兵士として何人も死んでおり、さらに祖父母は命からがら満州からロシア兵に追われながら逃げ帰ったりしているので、私なりに「なぜあんな無謀な戦争を」という疑問が以前からあった。
本書から、いくつかメモ。
p82:新聞社の幹部も陸軍と協力するというより陸軍のおだてに乗り、星ヶ丘茶寮や日比谷のうなぎ屋などで陸軍機密費でごちそうになっておだを上げていた
p222:唯一の革新政党ともいえる社会大衆党は、何度も(国家総動員法に)賛成論をぶった
p234:(惨憺たる結果となったノモンハン)事件後、軍司令官や師団長は軍を去りますが、参謀たちは少し左遷されただけで罪は問われませんでした。服部卓四郎は昭和15年10月には参謀本部に戻って作戦班長に、翌16年7月には作戦課長となります。・・・昭和19年7月にサイパン島が陥落し、もはや太平洋戦争に勝利はないと確定したとき、作戦課長であった服部卓四郎大佐はこう言ったといいます。「サイパンの戦闘でわが陸軍の装備の悪いことがほんとうによくわかったが、今からとりかかってももう間に合わない」・・・日本陸軍はこれだけの多くの人をホロンバイルの草原で犠牲にしながら何も学びませんでした。
p446:(日本都市への夜間低空飛行による焼夷弾攻撃を指揮した)カーチス・ルメイは後に大将になり、日本政府はこの方に戦後、勲一等の勲章を差し上げました。
ルメイに叙勲とは何をかいわんやだ。大都市への無差別爆撃は明らかな戦争犯罪。それによって何十万人もの一般市民が犠牲になった。それを罪にも問わず、逆に勲章を差し出すとはお目出度いにもほどがある。
