2009年10月14日
空海の風景

空海の風景〈上巻〉
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この連休、司馬遼太郎『空海の風景』を読破。
私の生家から峠を越えたところが善通寺。空海生誕の地である。
昔から地元では「お大師さん」と呼ばれていて、それは文脈によって空海本人の事を指すこともあれば、善通寺のお寺の事を指すこともあった。
空海が中国で学んだ密教はインドで生まれるが、空海が遣唐使で唐に渡った804-806年には既に衰えてしまっていたらしい。中国でもその後衰えて、残っているのはチベットと日本だけ。
どこかで、「日本はアジア文化の吹きだまり」という意味のことを読んで、ナルホド!、と思ったが、密教の点でもそうなんでしょうね。その後、西欧文化も取り入れて、「東西古今の文化の潮 一つに渦巻く大島国の・・・」と早稲田大学校歌で歌われているのも正にそれ。
本家本元では、時代の移り変わりと共に、前の文化は衰え、次の文化に根こそぎ変わっていくのに対し、日本ではなぜか完全に廃れることなく、細々とでも続いていく。
そもそも人も南の島から流れてきたり、朝鮮半島から来た渡来人であったり、シベリアからやってきたモンゴル系であったりと「人種の吹きだまり」だからなのか。
全てを受け入れながら、独自に発展させていく日本という国が、それを持って「価値がある」と世界から認められるか?それが日本のアイデンティティのような気がする。