2009年02月21日
ワンマン経営者への対処法
月に一回の法政大学での「日本の企業家史 戦後編」。今日はアサヒビールを大躍進させた樋口廣太郎と、そごうを潰した水島廣雄の二人。
樋口社長は住友銀行からアサヒの再建に送り込まれた経営者だが、水島は複雑に入り組んだそごう百貨店グループの要となる千葉そごう株式の過半数を持つオーナー経営者だった。
各店ごとに別会社になっていて、株式の持合、債務の保証が複雑に入り組んでいて、外部からも分かりにくかったし、破綻後の調査では、どうやら水島社長自身も正確に把握できてなかったのではないか、と言われている。
そごうは水島社長の下で成長した会社で、それだけに求心力も強く、こういうカリスマ経営者が引退を誤った時は必ずといっていいほど会社も本人も惨めになっている。
1991年10月『日経流通新聞』に「後継者問題をどう考えるか」と聞かれた水島社長は、「生涯現役のつもりで、やれるだけやりたい」と答えている。驚く無かれ、当時既に79歳である。
どうやったらトップの暴走が防げるか?会社法ではそれは他の取締役の責任となる。コンプライアンスであれば特に監査役。ところが、日本の殆どの会社では取締役を任命しているのは社長なので、社長に遠慮しがちだ。
まして、それがオーナー経営者で、大株主であればなおさらで、少数株主からの圧力、銀行からの借り入れが多い場合は銀行からの意見を期待するしかない。 そごうのケースでは、1985に開店した日本一の売り場面積を誇る横浜そごうが、銀行の予想に反し、大成功したことで銀行まで遠慮するようになった。そして時代はバブル期に突入し、銀行の審査はますます甘くなり、メインバンクの長銀と興銀は出店費用をドンドン貸し付ける。
結末として、1998年長銀は破綻し、2000年にそごうも破綻。興銀は第一勧業銀行、富士銀行と経営統合し生き残りを図る。
そごうが潰れたことで株主は株券が無価値になることで責任を取った。銀行には多大な貸し倒れが発生し、金融システムを守るため、公的資金が注入された。銀行支援のため低金利が続き預金者には利息が殆ど入らなくなった。
このように、放漫経営を放置して問題を大きくした場合の最大にツケを回されるのは国民となる。こうなる前に、取締役が、幹部社員が、株主が、銀行が声を上げなくてはならない。
社内の人間が言いたいことを言えるためには、まずは指摘が正しくなければならないので、そのために勉強すること。発言力を増すためにそれだけの仕事の実績を挙げておくこと。