2005年12月25日

カンボジアの子 その34

23日、サンポートでシンポジウム。訪問した県内の高校から学生が招かれ、交流のなかでの気づき、感想などを話し合う。

日本語→英語→クメール語と訳され(逆は、なぜか、クメール語→日本語)るので、時間が掛かってしょうがない。一部の日本の生徒のふざけた発言も興ざめ。

そんな中、「好きなだけ学べる幸せな立場を実感した」という生徒もいた。

なにしろ、今回来た4人の学生は、プノンペンのスラム出身でカンボジアでも厳しい環境で生きている。朝早く起きて薪を炊き朝食の支度。物売りをして家計を助けている子もいる。高校に進学しても、貧しくて、半分くらいの生徒は退学してしまうらしい。

アジアで最も富んだ国として行えることはまだあるだろう。それは国内にも良い影響を及ぼすと思う。

支援の仕方には色々問題があるようだ。日本は世界最大級の国際支援国なのに余り感謝されているように見えない。歴史的経緯があるとはいえ、過去、大規模支援をした中国や韓国から「嫌日」されている始末だ。

カンボジア支援では日本が突出しているらしい。「お金が必要なことは間違いないが、上手くやらないと、支援に頼りいつまでたっても自立できなくなってしまう」ということで、今回の企画をしたNPOセカンドハンドも悩みがあるようだ。

ということで、今回の滞在でも日中はずっとセカンドハンドの手伝いをさせていた。「カンボジアの人からすると、支援をしてくれる日本は『黄金の国』に見える。放っておくと、お金を貰うことが当たり前になってしまうので、セカンドハンドの支援も、ボランティアが一生懸命汗を流した結果出来ている事を実感させる」のが招待の最大の目的だそうである。

来春、高松にカンボジアの大臣が来るそうで、ひょっとすると私が講演の通訳をやることになるかもしれない。

shikoku88 at 14:52│Comments(0)その他 

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