2021年01月
2021年01月31日
野村證券
第4章は、経済評論家の加谷珪一「長期に成長が見込める優良株を確実に狙う」。
第1章渡部氏、第2章ユルマズ氏、第3章藤野氏、そして第4章加谷氏には、一つの共通点がある。それは、全員、野村證券グループの出身者であること。渡部氏とユルマズ氏が野村證券で、藤野氏と加谷氏は野村アセットマネジメントだが、何れも投資家としての基礎を野村證券で学んだことには変わりない。
もう一つ面白いのが、早稲田大学法学部卒である藤野氏以外が、理系であること。渡部氏は1990年筑波大学第三学群基礎工学類変換工学卒業。ユルマズ氏は2006年東大大学院生命工学修士。加谷氏は東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社を経て、証券界に転じている。特に証券アナリストとしての仕事は、研究活動に通じるところがあり、仮説→検証を繰り返す訓練ができている理系出身者には違和感がないのかもしれない。
148：業界内でのポジションを知る最も良いのは、その業界の市場が伸びていて、投資対象の会社の業績やシェアがトップで、かつ売上や利益などの業績が伸び続けている場合。178：自分のシナリオを信じて投資する自分のシナリオをつくれるか。そのシナリオに沿って投資できるか。
2021年01月30日
GG資本主義
第3章は、本blogにも何度も登場しているレオス・キャピタルワークス（ひふみ投信）の藤野社長。「社長の年齢と株価騰落率・売上高の伸び」には明確な相関関係があるという。「社長の年齢が若い会社のほうが、売上高の伸び率も株価の上昇率も高い」のだ。
それを表したのが下図。社長の年齢が高いから会社が成長しないのか、それとも、もともと大企業で社長になるまでに時間が掛かるから結果として成熟期の企業の社長年齢が50代以上になるのか、因果関係は不明だが、相関関係はある。おそらくは、社長年齢が50代以上のところは大企業のサラリーマン社長が多く、社長が30〜40代の会社は創業から時を経ていない新規上場の会社が多いのだろう。
「平成生まれの経営者に注目」は面白い。我々の世代のイメージからすると、平成は「失われた30年」。ところが、平成生まれにとっては、社会に出るころにはアベノミクスで、それ以来「右肩上がりの10年間で社会の中で活動をはじめ」ている。「その中から起業家やお金持ちも出て、グーグルやアマゾンのような企業も現れてという環境の中で育っているので、それ以前の世代とは、全然価値観が違う」のだ。
「平成生まれの経営者に注目」は面白い。我々の世代のイメージからすると、平成は「失われた30年」。ところが、平成生まれにとっては、社会に出るころにはアベノミクスで、それ以来「右肩上がりの10年間で社会の中で活動をはじめ」ている。「その中から起業家やお金持ちも出て、グーグルやアマゾンのような企業も現れてという環境の中で育っているので、それ以前の世代とは、全然価値観が違う」のだ。
112：世の中のあらゆるものに関心を持つ株式投資は『四季報』に始まって『四季報』に終わる。122：「四季報文学」を読み解く掲載企業すべて200字程度の記事にまとめる。これはもう、俳句や短歌の世界に近いものがある。128：社長の年齢と株価騰落率・売上高の伸び社長の年齢が若い会社のほうが、売上高の伸び率も株価の上昇率も高い。129：平成生まれの経営者に注目右肩上がりの10年間で社会の中で活動をはじめ、その中から起業家やお金持ちも出て、グーグルやアマゾンのような企業も現れてという環境の中で育っているので、それ以前の世代とは、全然価値観が違う。131：創業者・オーナー経営者の「やる気」社長が自社株を保有していない会社の株価の上昇率は25.1%5%以上保有している会社の場合は41.5%10%以上保有している会社の場合は77.4%（2007/12からの10年間）136：テンバガーになるような可能性�／諭垢寮験茲魏�善する技術やサービスがある��一過性の流行ではなく、10-20年間は必要とされる�５蚕冦呂陵グ明�・独自性があり、他社には真似できない�ぅ哀蹇璽丱襪癖儔修帽腓錣擦峠斉陲某焚修任�る�ゼ勸�を動かす明確な理念を持っている
2021年01月29日
トルコ人エコノミスト
続いて、渡部氏と一緒に複眼経営塾を運営しているエミン・ユルマズ氏による第2章「株式投資で得た利益で自分の好きなものを買おう」。
私は最近までこの人のことを知らなかったのだけど、ユルマズ氏はトルコ出身で、東大に留学、同大学院で生命工学修士を取得後、野村證券に入社している。2006年と言えば、バイオベンチャーブームで、野村證券が同分野のアナリストを募集していたので、おそらくその枠だったのだろう。しかし、その後バイオブームは沈静化し、1年後にはサブプライム危機が勃発。2008年のリーマンショックにつながる。
トルコと言えば、親日国で知られる。聞けば、日本に興味をもったきっかけは、子供の頃に見たTVアニメだったという。この点は、世界共通。国際生物学オリンピック優勝というから、欧米の著名大学にも留学できる機会はあったろうに、日本を選んでくれたことは嬉しい。最初は、日本語学校に通い、日本語の勉強をしたうえで、東大に入学している。日本語で同じ試験を受けたのだろうか？
それはともかく、今後の日本経済について、ユルマズ氏は楽観的。主な理由は、米中新冷戦のなかで「日本は最前線でリーダーとなる」から。つまり、戦後日本が高度成長できたのも米ソ冷戦下でアメリカの対共産圏戦略のアジアのリーダーであったからで、90年代以降低迷したのはソ連崩壊による冷戦の終結により、アメリカが日本に配慮する必要がなくなったからだとみている。
それどころか、アメリカは共産党支配の中国と経済関係を強化していくが、米中新冷戦で再び日本の役割が重要になると考えている。その結果、「世界の投資マネーは日本に向かっている」。日経平均が30年ぶりの高値を付けるなど、期待される。
それどころか、アメリカは共産党支配の中国と経済関係を強化していくが、米中新冷戦で再び日本の役割が重要になると考えている。その結果、「世界の投資マネーは日本に向かっている」。日経平均が30年ぶりの高値を付けるなど、期待される。
�ゝい砲覆襯�ーワードをチェック��業績をチェック・PERは無視・売買のタイミングは本能に逆らう・売るときはストーリーが崩れたとき
2021年01月28日
「会社四季報」のトリセツ
第一章は、昨日まで紹介した本の著者でもある渡部氏の「会社四季報」で10倍株100倍株を狙う方法。その指標を使って、実際にテンバガー候補をスクリーニングしてみた。ただ、私は四季報オンライン会員ではないので、ほぼ同様のスクリーニングができるMONEX銘柄スカウターを利用した。
「テンバガーを見つける５つのポイント」
�＼�長率が高い（4年間で売上高が2倍）
��営業利益率が10%以上
��上場5年以内
�ぅ�ーナー企業
�ゥ好函璽蝓爾鼎�り
銘柄スカウターで、「過去5年間の平均売上高成長率20%＋」「過去3年間の平均営業利益率10%+」、それに「時価総額300億円以下」としてみたところ、ヒットしたのは12社。その中から、��と�い鯔�たすものは、次の3社。数字は、上記ポイントの順だ。
面白いのは、3社とも2017年上場企業であること。IPOしたときは注目を浴びるため、その後決算をミスらない（予測数値を下回らない）限り、株価は好調であることが多い。しかし、新規上場企業は年間90社くらいあるので、投資家はそちらに目移りして資金を回転していく。そのため、上場後1-2年経つと株価が落ち着いていることが多い。その結果が、上記なのかもしれない。
売上高成長率 平均営業利益率
3979うるる 34% 11% サブスクリプションモデルの入札情報速報サービス
3985テモナ 39% 19% 定期販売特化型の通販システムが柱。健康食品・化粧品顧客に強み。
9262シルバーライフ 20% 10% 高齢者向け配食サービスのＦＣ本部運営
2021年01月27日
四季報文学
四季報コメント欄の見出しは投資家の間で要注目とされる。新刊が出るたびに見出しだけを見て売買する人もいるほど。
「こうだったら、こういう表現」と四季報で決めているわけではなく、それぞれ会社を取材した記者が決めているらしいのだが（編集部である程度統一しているとは思うが）、経験値からは下記のように整理されるという。
『四季報』では、トヨタから上場したばかりの社員20人の会社まで、掲載企業をすべて200字程度の記事にまとめる。「これはもう、俳句や短歌の世界に近いものがある」（藤野英人）。
134：TOKYO BASE谷正人CEO〜浜松市にあった老舗百貨店「松菱」の創業一族2001年経営破綻当時高校生→破綻の記憶137：業界最高水準の給与体制社員平均年齢29.2歳 平均年収513万円ユナイテッドアローズ 平均年齢31.5歳 平均年収464万円146：PERは「期待値」PERが高いということは市場の期待が高い→PERが高い方を買う。155：株価が上がる「カタリスト」は「テーマ」であり、新製品や経営陣の変化や中期経営計画などの「期待」であり、「増益」
2021年01月26日
上場から約13万倍~日本一の大化け株
それはトヨタで、仮に100万円を投資していたとして、10万倍としても、1000億円というとんでもない金額になる。ただし、物価上昇を考慮に入れると、当時の100万円は現在の800百万円に相当するので、現在価値で125億円。それでも、大変な金額だ。
もっとも、それには1949年の上場以来、65年ほど持ち続ける必要があった。下図は上場した翌年1950年の『四季報』夏号で、「経営合理化のために２工場の閉鎖、1600名の人員整理、1割賃下」「わが自動車工業の前途は楽観を許さぬ」「当社の再建も容易ではない」などの厳しいコメントが並ぶ。株価は1950年6月に最安値23.5円をつけた。
誰がその間、ずっと保有できたか？創業家を除けば、可能性があるのは、トヨタの取引先だろう。トヨタは戦前から自動車を売っていたディーラー網に入れなかったので、お金持ちの地方の名士をディーラーとして全国で開拓していった。
ディーラーの中には、仕入先であるトヨタの株を会社あるいは個人で購入したところも多かったのではないか。そして、取引先であれば「握力強く」何十年にもわたり家宝として保有し続けたところもあったのではないかと想像する。
2021年01月25日
会社の製品を買うよりも、会社の株を買っておけ
「その会社の製品を買うよりも、その会社の株を買っておけ」という相場格言があるらしい。
例として挙げられているのはソニー。東京通信工業として昭和30年（1955年）店頭公開した。その年の安値が150円。その5年前の1950年に発売した日本初のテープレコーダー「G型」は当時の価格で16万円もしたという。
もし、その16万円でテープレコーダーを買わず、ソニー株を1000株買っていれば、3年後に10倍、6年後に100倍、17年後には1000倍の1.6億円になっていた。45年後の2000年の高値で27億円である。この10年で株価が10倍になったソニーだが、2000年に付けた上場来高値はまだ抜いていない。
122：ソニー�ゞ叛啻蠑�1955→1958株価が10倍になった1958年に、売上高、経常利益とも店頭公開時から10倍以上に成長。�⇒�想相場1958→1961さらに株価が10倍になったにもかかわらず売上高、経常利益はともに2倍程度しか伸びていない。将来の期待を先取り。�Ｈ親袷蠑�1961→1972さらに10倍になった1972年までは売上高が10倍以上、経常利益は20倍以上。株価上昇率はそれを下回っている。
2021年01月24日
四季報を長編小説のように読む
「『会社四季報』を最初から最後まで、およそ2000頁すべて読む」
これを野村證券に在籍していた1998年新春号から20年以上に渡って続けているという筆者による、「四季報を利用したテンバガーの探し方」。
結論を言ってしまえば、「10倍株の4つの条件」は次の通り。
１．増収率が高い＝4年で売上��2倍（年率20%以上）
２．売上高営業利益率が10%以上
３．オーナー企業
４．上場5年以内
それぞれの条件がどれくらい当てはまるかだが、本書が出版された2018年時点でのテンバガー達成企業調査で、例えば、オーナー企業に当てはまるのは8割。同様に、「上場5年以内」に当てはまるのは約6割で、上場10年以内とすると約8割が当てはまる。
ただし、例外もある。オーナー企業の方がよいが、「オーナー一族の名前が上位にズラリと並んでいる場合は、相続対策で上場している可能性」がある。つまり、上場してさらに事業を伸ばそうとか、公開企業として相応しい透明度の高い経営をしようというつもりもないのに、相続対策で上場している会社がある。
上場基準が緩かったころにJASDAQに上場した会社が多いが、日本は上場廃止基準が緩いので、業績もパッとしないのに、そのまま残っている。IRも皆無で、株主総会で質問しても木で鼻を括ったような回答しか返ってこない。
当然、株価は割安に放置されるので、バリュー銘柄でスクリーニングすると引っかかることが多い。これをそのまま買ってしまうと、「スクリーニングの罠」に陥る。
25：気づき�＼い涼罎箍饉劼�大きく転換するようなコメント��突然伸び出す売上高などの業績��チャートの転換『会社四季報全75年DVD』50万円＋1936年6月の創刊号から現在に至るまで、全上場銘柄の四季報記事。56：何十年ぶりかの最高益更新会社が生まれ変わったということ。81：筆頭株主の人物像が把握できない場合は投資を控える
2021年01月23日
すばやく鍛える読解力
「文章指導歴35年」で、「受験小論文指導の第一人者」という著者による、読解力の鍛え方。世の中は動画の時代かもしれないが、契約書はもちろんのこと、メールやSNSなど、コミュニケーションの多くはやはり文章が基本になる。そして、「社会の動きを見たり、自然の変化を読み取ったりするのも広い意味での読解力」である。
読解力を鍛えるには、�仝贏知詫楡�、�∧絃藁詫楡�、�Ｆ媛鯲詫楡�の順番がいいらしい。競技を実際にやったことのない人が、いくらその競技を見ても、本質が理解できず面白くないのと同じで、やはり、自分で書いてみることが、読解力養成の一番の方法だという。
「下手な文章のパターンを知っておく」のも読解力養成になる。なぜなら、「多くの人が同じような傾向の下手な文章を書く」ので、「前もって下手な文章のパターンを知っておくことは、読み取りを正確にするために役立つ」からだ。
そこで出された「下手な文章」の例が面白い。一つは、安倍首相の所信表明演説で、もう一つは朝日新聞の「天声人語」。どちらもプロの手による作品だから、「あえて読みづらくしている」可能性が高い。その目的は、論理的な文章にすると批判されたときに、「趣旨が伝わらなかった」と言い逃れできなくなるし、論理的であるよりも情緒的であることを目指したためであるようだ。
そこで出された「下手な文章」の例が面白い。一つは、安倍首相の所信表明演説で、もう一つは朝日新聞の「天声人語」。どちらもプロの手による作品だから、「あえて読みづらくしている」可能性が高い。その目的は、論理的な文章にすると批判されたときに、「趣旨が伝わらなかった」と言い逃れできなくなるし、論理的であるよりも情緒的であることを目指したためであるようだ。
はじめに：読解力は世の中を読み取る力とつながっている社会の動きを見たり、自然の変化を読み取ったりするのも広い意味での読解力。14：読解力を鍛えるには�仝贏知詫楡��∧絃藁詫楡��Ｆ媛鯲詫楡�16：語彙力を鍛える「言い換え力」をつける。36：文章力を鍛える論理的な文章に共通する３つの「型」�ヾ靄�A型200-300字の短い文章。１．ズバリと言いたいことを書く２．第一部で書いた内容の説明��基本B型200-300字の短い文章。基本A型をひっくり返した「型」。１．主張したいことの理由をまとめる。また、具体的な出来事。２．最後に主張や抽象的なまとめを示す。�４靄�C型（樋口式四部構成）300字以上の文章。まとまった文章を書く時には常にこの「型」。１．問題提起（全体の10%前後）設問の問題点を整理。イエスかノーの問題提起。２．意見提示（全体の30-40%）「確かに・・・・・。しかし・・・・・」３．展開（全体の40-50%）自分の意見の根拠。「理由は２つある」４．結論もう一度全体を整理し、イエスかノーをはっきり述べる。68：下手な文章のパターンを知っておく多くの人が同じような傾向の下手な文章を書く。前もって下手な文章のパターンを知っておくことは、読み取りを正確にするために役立つ。125：2019第200回臨時国会での安倍首相の所信表明演説「一億総活躍社会」「みんなちがって、みんないい」あえて読みづらくしている。キーワードの定義や具体例が示されていない。弱者に心を寄せた情緒的な文章にしたい。135：朝日新聞「天声人語」しばしば論理がねじれ、意味がとりづらい。これほど要約がしづらい文章も珍しい。
おわりに：読解には共感の気持ちが不可欠
文章は、それを理解しようという気持ちがなければ理解できない。
2021年01月22日
人生と仕事の原則
昨年も読んだが、再読。著者Ray DalioはBridgewater Associatesの創業者である。1975年に創業し、当初は投資助言会社だったが、2000年以降資産運用も始め、世界最大のヘッジファンドになった。「アメリカで5番目に重要な非上場企業」（Fortune)であり、ダリオは「世界で最も富裕な100人の一人」（Forbs）である。
PART1は「私の生い立ち」。ダリオはNYの生まれで、高校生までの成績は普通。教室に座って、先生の言うことをおとなしく聞くということが苦手だったらしい。したがって、進学した大学も一流校ではなかった。
それが、大学に入って、暗記ではなく、知的好奇心を突き詰めるやり方がピタリとあって、抜群の成績を収める。日本では、高校と大学の間のギャップはそれほどでもないが、大学進学率が低かったころの伝統が残る欧米では全く違う。そのため、高校までの成績は良かったのに、大学ではオリジナリティを出せなくて退学する学生も多い。
ダリオは大学の成績が良かったので、HBSに進学する。ケーススタディの本家本元だ。ケーススタディは更にダリオの性に合う。
それが、大学に入って、暗記ではなく、知的好奇心を突き詰めるやり方がピタリとあって、抜群の成績を収める。日本では、高校と大学の間のギャップはそれほどでもないが、大学進学率が低かったころの伝統が残る欧米では全く違う。そのため、高校までの成績は良かったのに、大学ではオリジナリティを出せなくて退学する学生も多い。
ダリオは大学の成績が良かったので、HBSに進学する。ケーススタディの本家本元だ。ケーススタディは更にダリオの性に合う。
「その秋、HBSに入学し、この地球上のあらゆるところからやってきて私の同級生となる桁外れに知的な人々と会い、私は興奮した。高い期待を抱いていたが、実際の経験はさらに素晴らしかった。エキサイティングでさまざまなものがある環境で、世界中からやってきた人たちと生活し、パーティをした。黒板の前には、これを覚えなさいと言って、テストをする先生は立っていない。その代わりに実際の事例を与えられ、読んで分析することを求められた。私たちはグループに分かれて、こういった状況で自分がその立場に立ったらどうするだろうと話し合った。これは、まさに私のための学校だ！」（p31）
32：ニフティ50誰もが同じことを考えているとき（たとえばニフティ50は確実に儲かるとみんなが考えているとき）には、それは価格に織り込まれていて、誤った結果になる。また、すべてのアクションには（たとえば金融緩和）アクションにほぼ比例する結果がついてくる（この場合高インフレ）。それがおよそ同じ程度まったく逆の反応（金融引き締め）を引き起こし、市場は逆転する。115：シェーパーの資質周りの猜疑心と反対を乗り越え、比類のない貴重なビジョンを描き、見事に構築する人。Elon Musk, Jeff Bezos, Reed Hastings, Bill Gates, Muhamad Yunus, Winston Churchill, Martin Luther King, 李光耀、��小平共通点：自分の頭で考え、大胆な目標を達成するためには、何ごとも何人も障害とはしなかった。どうすべきかがしっかりと頭に描かれていた。と同時に、それを現実世界でテストし、もっとよく機能するように変更することを潔しとした。彼らはものすごく立ち直りが早い。120：「優れた経営をシステム化する」2012/11/10経営委員会宛てメール投資の意思決定プロセスが効果的なのは、投資原則が意思決定のルールに組み込まれ、それに従うようになっているからだ。経営の意思決定プロセスが効果的でないのは、経営の原則が経営の意思決定ルールに組み込まれていないからだ。
2021年01月21日
M&A投資法
先月読んだ『50万円を1億円』の続編。前作と同じで、株式投資初心者と著者の坂本さんの対話形式で書かれているので、初心者にとっつきやすい。内容もよい。
10倍大化け株「テンバガー」を狙うパターンがいくつか紹介されている。私が興味を持ったのは「M&A投資法」。
M&Aが発表されると、一時的に株価が上がることが多いが、それが業績に反映されてくるのは通常1年以上後。買収が実行されて、決算が統合され、期待通りの成果が出るまでにはそれくらい掛かるからだ。
ところが、市場はそのことを忘れて、株価は下がっていることが多い。増収増益のIRが出て、「そういえば、あの買収の効果か！」と、今度は業績を反映して上がるのことになる。
これを、買収が実施されたかどうか（発表された買収が中止されることもある）、その後の統合が順調に行っているかどうか、いつからそれが決算に反映されるか、を確認しながら「先回りして」買っておくわけだ。
4:復活株株価が下落低迷している銘柄から、V字回復していく復活株を掘り当てる。27：都合のいい解釈をして無限に損するパターンファンダメンタル分析の知識が固まるまで、テクニカルの知識は全部捨てておく。62：IR室へ電話するメールは相手の声が聞こえないので、ニュアンスがわかりずらい。ログも残るから回答できる範囲も狭くなる。72：低PERでも、市況関連株には気を付ける買うなら上昇の初動で。93：特損投資法特損は一時的な損失なので、時期には業績も株価も回復するはず。133：M&A投資法買収のニュースですぐに飛びつくのではなく、収益が出て、それが公に知られる前に、月次をみるなどして先回りして買う。140：中小企業の株は、社長を見て買う中小企業は社長の影響力が大きい。
2021年01月20日
投資される経営
株主と「対話」することは、「経営進化に残された最後のフロンティア」だという。経営者は長年、顧客と対話して売上を上げ、労働市場を介して従業員を雇用してきた。経営者は、株主と「対話」することによって、互いに学び合えるはずだという。
「伊藤レポート」でROE＝8%の目標が打ち出された。これは上場企業の平均株主資本コストが8%だからであって、ROE＝8%ないことは資本コストをカバーできてないから、実質的には赤字だということだ。
ROEは分解すると、「事業マージン」ｘ「資産回転率」ｘ「財務レバレッジ」となるが、資産回転率と財務レバレッジは欧米と比べて大差はない。大きく劣っているのが事業マージンで、要するに売上高利益率が欧米企業の半分ほどしかない。その結果、ROEも欧米企業の半分になってしまっている。
では、利益率が昔から悪かったのかというと、そうではない。1960年代の高度経済成長期には製造業で8%(営業利益率）あり、世界でも高かった。その後は最近まで落ちる一方だったのだ。世界の資本市場で戦っていくためには、ROEが二桁はないといけない。
154：ROE〜センターピンを外してないかROE＝事業マージン（当期利益/売上）ｘ資産回転率（売上/総資産）ｘ財務レバレッジ（総資産/自己資本）日本企業の長期ROE水準は、欧米企業の半分程度←事業マージンが低い158：長期投資家はROICを重視資本生産性を表す指標 測定対象 誰にとっての利益か？ROA＝経常利益/総資産 会社資産全体の生産性 ステークホルダー全員ROIC＝事業利益/投下資本 投下資本の生産性 事業への投融資者ROE＝当期純利益/純資産 株主資本の生産性 株主＊投下資本＝BSから「事業に使われている資産」のみを抽出超過利潤＝ROIC−WACC163：資本生産性の望ましいプロポーションROE≧ROIC≧ROA＞WACC179：GEのWish ListGEの各事業部門のトップは、常日頃から買いたい企業の一覧を持っていて、いつもそれらの企業の価値を算定・改訂し優先順位付けをしている。価格が高くなりすぎたら優先順位を下げ、安くなってきたら上げる。さらに、その会社を買えた時にはどのように統合して価値を向上していくかを常に思考実験している。こういった「日頃の思考実験」があるからこそ、あれだけ数多くの企業の買収や、逆に不要になった事業の売却を迅速に進められる。191：配当〜長期投資家は「横並び思考」が大嫌い日本企業の配当性向・総還元性向の分布には明らかな集中。アメリカでは全体に広く分布。配当ゼロや配当性向100%も多い。おわりに：株主と「対話」する〜経営進化に残された最後のフロンティア「相互啓発」に向けて、投資家が持つべき気概「株主は、みずから会社の主人公であるということを正しく自覚、認識していなければならない。そして経営者に対して言うべきは言い、要望すべきは要望するという、主人公としての態度を毅然として保つことが大事ではないかと思う。たとえ少数株しかもっていない株主であっても、会社の主人公たる株主としての権威、見識を持って会社の番頭である経営者を叱咤激励する、ということも大いに望ましいのである。そのようにすれば、経営者としても経営によりいっそう真剣に取り組み、業績をあげ、利益をあげて、それを株主に十分還元しようという気持ちが強くなってくるのではないだろうか。」（松下幸之助1967年11月月刊「PHP」）
2021年01月19日
みさきの公理
第三章は、「持続的に価値が上がる会社とはどんな会社か」。ここで、みさき投資の登録商標「みさきの公理」が出てくる。
これは、会社価値Vを、business(事業）、people（人）、management（経営手法）の因子でできていると考える。
V=(b x p)^m
＊mは乗数
bやpは個別企業に固有のものだが、mは普遍的・理論的である。だから、プロ経営者は業界を選ばず、経営ができる。また、bやpは一朝一夕には変わらないが、mは「手法」であるので、(b x p)に潜在力がある場合、数年で大きな結果を出せることがある。
みさき投資がエンゲージメントで注目するのは、この変化率になる。
みさき投資がエンゲージメントで注目するのは、この変化率になる。
80：みさきの公理V=(b x p)^mbusiness(事業）「障壁」がなければ価値が持続的に上がるはずがない。「機会事業」他社に先駆けて機敏に事業機会を捉えることで、一時的に収益を出している。「障壁事業」競合が嫌がるほどの手間暇やコストを十分にかけ、それが分厚い付加価値に変換され、模倣困難になっている。83：「競争障壁」を築くための5つの切り口コロンビア大学グリーンウォルド教授�．螢宗璽�特定の企業しかもっていない独特の資源��規模規模がもたらすコスト優位��スイッチングコスト変えるのが大変�そ�慣化嗜好品や習慣化してしまうもの�ゥ機璽船灰好�探すのが大変87：peopleが優れていなければ、価値は持続的には上がらないどんな事業も、結局は誰がやるか。88：経営者は「HOP」か会社は経営者の器以上にはならない。Hungry 会社を少しでも成長させる、1mmでもよくすることに執念Open 異なる意見をオープンに聞き入れるPublic Mind 大切なお金の投資先になっている上場企業の経営責任96：management＝経営手法bやpは個別企業に固有のものだが、mは普遍的・理論的。だから、航空事業に無縁だった稲盛和夫氏がJALの再建ができた。しかも、その価値の上がり方は直線的なものではなく、指数関数的。
2021年01月18日
会社には「絶対価値」がある
会社には（当たらずとも遠からずの）「絶対価値」がある、という。バリュー投資でいうところの「根源的価値」もこれに近いだろう。
「絶対価値」算定の第一段階は「資産バリュー」。数々の調整を加え、資産の「再調達価格」を導き出す。この際に重要になるのは会計上BSに乗っていない価値をどう計算するかだ。
「ゼロからこの会社を作り直すとしたら、一体いくらかかるのだろう」と考えると、その会社が持つ「ブランド価値」や「製品群」は、一朝一夕にできないことがすぐ理解できる。ブランド構築は、長年に渡るマーケティング投資の賜物であるし、製品群にも長年の研究開発費がかかっている。これらを、会社の状況に応じて、費用の5-10年分をBSに足し戻す。
一方、BS資産の中から、不良資産を引いていく。不良債権や長期在庫などだ。上場企業の場合、監査を受けているので、毎期これらは引当金を当てたり、減損処理されているはずだが、それでも会社によっては何年かに一度追加の減損処理をするなどのクセがあるという。それを見越して、調整する。
次は、「収益バリュー」の計算だ。これは収益（CFベース）を過去実績から平準化して「巡航速度」でのCFを推定し、これを独自算定の割引率で割り引く。この「独自計算」は本書では明かされていない。
「資産バリュー」と「収益バリュー」が算出されると、この二つを比べる。「資産バリュー」より「収益バリュー」が大きければ、「超過利潤」が生み出せていることになる。経済理論的には、長期で見れば、超過利潤のある所には参入企業が増え、競争が激しくなって、「収益バリュー」が低下。「収益バリュー」＝「資産バリュー」となる。
しかし、現実には、素晴らしい経営手法やずぬけた競争優位性・障壁などにより、これが長期にわたり続くことがある。これを、「フランチャイズバリュー」と呼ぶ。
ここまでは「静的」バリューで、最後は「成長バリュー」だが、これは「最も推定困難で不確実性が高い」。未来予測になるので、何が起こるか分からないのだ。しかも、前提は、企業が「超過利潤」を生みだしていることであり、そうでない状態のまま拡大すると、「単に価値破壊を加速するだけ」になってしまう。
50：長期投資家は周りに背を向ける「付加価値の薄い」投資家が高い長期パフォーマンスを出せるとしたら、「周りに背を向けた行動をとる」しかない。54：「絶対価値」の算定第一層：資産バリュー・過去の蓄積であるBSに裏打ち・数々の調整を加え、資産の「再調達価格」を導き出す・最も保守的かつ安心できる価値第二層：収益バリュー・収益レベルから算出できる価値・数々の調整を加えてノーマライズする・将来の成長はあてにしない第三層：成長バリュー・最も推定困難で不確実性が高い・しかも、成長が常に価値をもたらすとは限らない56：会社の「再調達価格」ゼロからこの会社を作り直すとしたら、一体いくらかかるのだろう？ブランド価値←長期マーケティング投資製品群←研究開発費会社の状況に応じて、5-10年分をBSに足し戻す。（マイナス不良資産）60：収益バリュー巡航速度でのCFを推定し、これを独自算定の割引率で割り引く。61：フランチャイズバリュー再調達価格を上回る「超過利潤」を生み出せているか＝経済学的不均衡・理論では説明的ない「何か」素晴らしい経営手法、ずぬけた競争優位性・障壁69：超過利潤が出せていない会社は、成長バリューを計算する意味がない超過利潤がマイナスの会社の成長は、単に価値破壊を加速するだけ。
2021年01月17日
経営者と投資家は、もっと学び合える
大学4年の夏休み（35年前！）、Bain&Companyでのインターンで一緒になった中神君の著書。彼は慶應を出て、アンダーセン・コンサルティング（現アクセンチュア）に入社。その後、MBA留学を経て、CDIのパートナーとなった。大学時代から経営コンサルタントになりたいと言っていて、その通りの道を歩んだので、そのままやるのかと思っていたら、2005年に投資の世界に入ってきた。
リーマンショックで運用資金が一時1/5に減るなど、厳しい局面もあったが、その後着実に運用成績を上げ、現在では、数少ない長期機関投資家として名をはせている。彼の会社「みさき投資」の投資手法は、上場企業への「厳選長期エンゲージメント」で、厳選された10社程度の投資先経営陣と話し合いながら企業価値を上げていく。
「働く株主R」を掲げて、経営コンサルティング出身であることを活かし、投資先の中期経営計画策定、事業戦略、経営執行にまで深く関わる。通常、ここまでやるなら、バイアウトして100%株式を持ったうえでやっていくが、上場を維持したまま5-10%程度の株主となる。汗をかいた成果が出て株価が上昇してもファンドの利益になるのは持分シェアだけ。おかげで、投資先の経営陣や社員から「一財産作れました」と感謝されることが多いという。
リーマンショックで運用資金が一時1/5に減るなど、厳しい局面もあったが、その後着実に運用成績を上げ、現在では、数少ない長期機関投資家として名をはせている。彼の会社「みさき投資」の投資手法は、上場企業への「厳選長期エンゲージメント」で、厳選された10社程度の投資先経営陣と話し合いながら企業価値を上げていく。
「働く株主R」を掲げて、経営コンサルティング出身であることを活かし、投資先の中期経営計画策定、事業戦略、経営執行にまで深く関わる。通常、ここまでやるなら、バイアウトして100%株式を持ったうえでやっていくが、上場を維持したまま5-10%程度の株主となる。汗をかいた成果が出て株価が上昇してもファンドの利益になるのは持分シェアだけ。おかげで、投資先の経営陣や社員から「一財産作れました」と感謝されることが多いという。
はじめに：私の経営する投資顧問会社では会社のことを「銘柄」と称したり、コード番号で呼んだりすることを厳禁会社という「有機体」に投資しているという原点を忘れない。30：日本には「短期・順張り」投資家が多い2014売買回転率（株式売買代金/時価総額）東証 133%NYSE 42%NASDAQ 71%ドイツ 101%スイス 56%深圳 619%上海 458%34：安心して長期投資できる企業が少ない株主資本コストを上回る資本生産性を出していた会社は全上場企業の中で25%程度（2015/3期までの10決算期の平均値）。
2021年01月16日
アルゼンチン
「本書に書いてあることは基本的にここ20年に現実に起きたことだ。国、企業、団体、政治家、著名アーティストなど、実名の箇所や社会的出来事の記述はすべて事実に沿っている」
とわざわざ記されている本書だが、主役の「ハイエナ・ファンド」を率いるユダヤ人サミュエル・ジェイコブスは流石に実名ではない。
ただし、モデルはあって、それはポール・シンガー氏らしい。
「ヘッジファンド運用会社のエリオット・マネジメントを率いていて、共和党のキングメーカーといわれている。ユダヤ系という設定なので、それに不自然でなく、性格にも合った名を採用した。ペルーやコンゴ、ザンビア、カメルーン、ウガンダ、シエラレオネ、ギリシャなどむしり取られた国は多い。アルゼンチンとの『世紀のバトル』はこの4月についに決着した。アルゼンチンは政権交代が解決の追い風になった」
実名でこそ出てこないものの、ストーリーはほぼエリオット・マネジメントが実施したこれまでの投資活動なのだ。
本書の最後は「世紀のバトル」とよばれたアルゼンチンとジェイコブス（エリオット）の闘争に90頁近くが費やされる。ジェイコブスは大衆迎合・社会主義的政策を取るペロン党時代のアルゼンチン国債を買う。アルゼンチンは、強欲で、元来の債券保有者でもないファンドとは交渉しないとしていたが、国際金融市場で新たな資金調達ができず、経済は疲弊していく。
流れが変わったのは、2015年のアルゼンチン大統領選挙で、改革派のマクリ候補が勝利してから。12年に及ぶキルチネル夫妻（最初夫が大統領となり、その後、フェルナンデス夫人次ぐ）のポピュリズム路線が終わり、マクリ大統領は自由解放経済政策で改革を進めた。財務大臣に米投資銀行出身者を据え、ファンドとの弁済交渉を始める。
もともと額面617百万ドルであった債権は、デフォルトしていた間の金利とペナルティも合わせてその10倍にも膨らんでいた。これを交渉で、最終的に、約1/3を支払うことにアルゼンチンが合意。額面の3割程度で仕入れていたジェイコブスは、回収に10年近くかかったとはいえ、12.3倍のリターンとなった。
本書はそこで終わっているのだが、アルゼンチンは2019年に再びペロン党が政権を取り、ポピュリズム路線に逆戻り。2020年に建国以来9度目のデフォルトを起こしている。アルゼンチンの教訓は、一度ポピュリズム政治に陥ると、国民がバラマキの恩恵に慣れてしまい、経済を正常に戻すための刻苦に耐えられなくなるということだろう。そのため、根本的解決にならないのに、またポピュリズム政治に戻ってしまう。
黒木亮は本書に関するインタビューでこう述べている（東洋経済2016）。
「いずれ日本も似たような状況になると思っている。国債がヘッジファンドに買われているかどうかは別にして、15年後ぐらいには間違いなく国債引き受けができなくなる。ひとごとではまったくない」
408：アルゼンチン2011年から坂道を転げるように悪化の一途を辿っている。同国政府はエネルギーや食糧への補助金を支給して国民の生活水準を保つことを政策の柱にしているが、ホールドアウトの投資家との争いのために国際金融市場から資金調達ができず、国内での国債発行も限界に達したために、中央銀行による国債引受けに頼りはじめ、中央銀行の資産のうち国債など国に対するものが約2/3になり、バランスシートは過去2年間で2.5倍に膨らんだ。500億ドル以上あった外貨準備は300億ドル台に減り、2011年中ごろから通貨ペソが闇市場で公定レートの半額近い低レートで取引されている。461：2016アルゼンチン大統領選挙12年間に及ぶキルチネル夫妻によるポピュリズム路線との決別を国民は選択。投票率は80.93%。484：和解ジェイコブスが保有するアルゼンチン債権の元本617百万ドルに対して、アルゼンチン政府は2280百万ドルを支払う。ジェイコブスは元本の額面の3割程度（185百万ドル）で債権を取得しているため、投資額の12.3倍のリターン。（弁護士費用50百万ドル）
2021年01月15日
準拠法と管轄裁判所
本小説では、ハイエナ・ファンドが保有する国債の回収のため、デフォルトしている国家を相手にNYやロンドン、ブリュッセルで訴訟する。
どうしてそうなるかというと、国債の契約書にある準拠法（Governing Law）と管轄裁判所(Jurisdiction)でそう指定されているからだ。国際金融センターであるNYやロンドンにしておけば、裁判所が機能しているし、判例も豊富である。投資家にとって安心できるので、これらが選ばれることが多い。
デフォルトした債権をセカンダリーで買うハイエナ・ファンドにとっても、そうでなければ、法廷闘争で回収できる見込みは低くなる。ただし、そのために使う弁護士費用は膨大となり、本書の例では数億〜数十億円を一案件あたりにつぎ込んでいる。
326：コンゴ大統領ンゲソジェイコブスは、約800万ドルで額面7000万ドルの債権を手に入れ、金利とペナルティを含めて127百万ドルを請求し、グレンコアとヴィトールのタンカーを差し押さえて78百万ドルを回収したので、残りは49百万ドルである。330：ザンビア債権弁護士費用や工作資金に870万ドル→差し引き1021万ドル9年前に328万ドル→3.1x 半年複利で13%385：ギリシャ危機デフォルトが認定されれば、IMFやユーロ圏諸国から資金支援を受けられなくなる可能性がある。特にIMFは、自らデフォルトを選択する国には融資しないという明確なガイドラインを持っている。
2021年01月14日
破綻国家
ハイエナ・ファンドが狙うデフォルト国債の発行者の多くは、破綻国家であり、元はといえば、資源国で豊かだった国も多い。それが、独裁政権の元で腐敗し、クーデター等で内戦に陥り、弁済ができなくなる。
汚職の監視活動を行っているNGO Global Witness (London)では、「コンゴの前年間原油輸出額の1/3に当たる約3億ドルの行方が分からなくなっている」と、2005年当時指摘している。この行方不明額の多くは、当時の大統領やその関係者が着服していた。
国家を立て直そうとすると、新たな資金を調達する必要があるが、そのためにはデフォルト状態を終わらせないと、国際金融市場で新たな債券発行が出来ない。ここで、もともと債権を保有していた金融機関から買いたたいて新たな債権者となったハイエナ・ファンドと交渉しなければならなくなるわけだ。
247：BCCI10年以上にわたって何百件も情報が寄せられて、ホワイトハウスも国務省もCIAもFRBも実態を知っていたが、司法省が中心になって犯罪捜査の妨害をしていた。CIAはBCCIを使って、外国に工作資金を送ったり、BCCIが用意した武器や傭兵を利用したりしていた。CIAの手先としてキューバやニカラグアなどの左翼政権に対抗していたパナマのノリエガ将軍のマネーロンダリングをBCCIが手掛けるのも黙認していた。アフガニスタンでソ連と戦ったムジャーヒディーンを支援したパキスタンにBCCIが武器を仲介するのも黙認していた。国務省は、BCCIと結びついているアブダビやサウジアラビアとの外交関係悪化を恐れて、BCCIの犯罪を見て見ぬふりをした。274：NGO Global Witness (London)コンゴの前年間原油輸出額の1/3に当たる約3億ドルの行方が分からなくなっている。276：米国議会では法案提出が容易下院の場合は本会議場の前に置いてあるマホガニー製の「ホッパー」と呼ばれる箱に提案文を入れ、上院の場合は、上院事務局に提案と説明文を提出するか、本会議場で法案を提出する。2年間の会期中に提出される法案は約1万と非常に多く、そのうち400-500が、上下両院に約200ある委員会と本会議での審議を経て、可決する。292:米国で解放された黒人奴隷たちが1847年に建国した西アフリカの小国リベリアでは、1980年に先住民族クラン族のドウ曹長がクーデターで政権を握った。そのドウは1990年に反政府勢力によって処刑され、クラン族のリベリア国軍、反政府勢力、隣国シエラレオネの政府軍、シエラレオネの反乱軍、ムスリム系組織など多数の勢力がせめぎ合い、血で血を洗う内戦状態が続いた末に、米国、ガーナ、ナイジェリアなどが平和維持軍として駐留し、国連開発計画の元アフリカ局長、エレン・ジョンソン・サーリーフを大統領とする政権が2006年1月に発足した。
2021年01月13日
不良債権専門ハイエナ・ファンド
本書の主人公ともいえるハイエナ・ファンド「ジェイコブス・アソシエイツ」の専門は不良債権投資だ。それも、デフォルトした国債が得意のようで、ストーリーはペルー国債やザンビア国債を保有する金融機関からそれらを安く仕入れるところから始まる。
金融機関にしてみれば、当局の監査があるので、デフォルトした国債はすぐに減損処理しなければならない。本書に出てくる例では、元本と延滞金利合計で60億円くらいの債務額になるペルー国債を、14億円くらいでジェイコブスに売っている。既に減損処理して会計上の損失を計上しているか、あるいは今期中にしなければならず、さっさと売却して厄介払いしたほうがいいということになる。
もちろん、金融機関自らペルーという国家相手に取り立てられればいいが、そうしたノウハウもなければ、金融機関という立場上、一行だけ他の債権者に先駆けて回収することも難しい。そうした報告義務も開示義務もない専門ヘッジファンドに任せた方がいいということになる。
本件、ジェイコブスはブリュッセルのユーロクリアを通してペルーが支払おうとしていた他の弁済を差し止めることで、全額回収に成功する。14億円の投資で46億円の利益だ。
131：不良債権専門ハイエナ・ファンドペルーの債権は$13.4Mでセカンダリーで購入。全額取れれば$44.3Mの儲け。144：ザンビア債権金利8% 元本$29Mジェイコブスの買値は元本の11%の$3M 投資額に対する金利73%155：コンゴ大統領サス＝ンゲソ「国民に一人一日一ドル以下の暮らしを強いながら、大統領の息子が、パリのショッピングで5千ドル、1万ドル単位の金を惜しげもなく使っている」163：ソブリン・イミュニティ国家は他国の裁判管轄に服す義務がないという国際慣習法上の原則。これがあると国家を裁判で訴えたり、国有財産を差し押さえたりすることができない。そのため、国家や政府機関を相手に、債権の引受けや貿易取引、プロジェクトの請負いといった商行為を行う場合は、ソブリン・イミュニティを契約で放棄させ、もめ事や支払い遅延が起きた場合は、先進国の裁判所に訴えることができるようにしておく。166：2001年1999年のケルン・サミットで合意されたHIPCS（重債務貧困国）向けの総額700億ドルの債務免除を履行。175：アルゼンチン1826年の共和国建国以来、1800年代に2回、1950年代に2回の債務不履行を引き起こしたほか、1982年と89年にもデフォルトし、そのつど債務の繰り延べをしている。
2021年01月12日
EMBA
ロシア危機のさなか、発展途上国債務削減NGO職員から「敵方」のハイエナ・ファンドに転職したシーハンは、シティのパブでケンブリッジ大学の同級生に会う。大学卒業後、米系投資銀行のロンドン現地法人でトレーダーをやっている男だ。
卒業後稼ぎまくって、ナイツブリッジに家を買い、ジャガーを乗り回していた彼だが、実は、その日ロシア危機の影響で、解雇されたばかりだった。シーハンは彼に、今後どうするのか尋ねる。
「実は、ロンドン・ビジネススクールでMBAの勉強をしようと思っている。あそこはパート・タイムのEMBAコースがあるからな」EMBAは働きながら経営学を学ぶ過程で、企業幹部の学生が多い。
今はファイナンスに特化したMiFや実務経験なしに入れるMiMなどコースが増えたが、私が留学していた当時の学位コースは、MBA、EMBA、Sloan、PhDのみ。MBAの授業が終わる夕刻になると、夜間に行われる授業のためEMBAコースの学生がやってくる。学生とはいっても、企業派遣の幹部社員がほとんどなので、キャンパスは高級車で溢れる。
本書では、投資銀行をクビになった同級生がEMBAを目指す設定になっているが、30歳過ぎという年齢から言っても、失業中という状況からも、これは不自然。EMBAは企業派遣を前提としているので授業料も少々高いし（£98,500⇔MBA£92,735）、学生の平均年齢も40歳前後だ。それだけの実務経験があることを前提として授業が進められる。
同級生は、MBAを目指すのが自然だろう。実際、シティが不況になる度、2年後にマーケットが回復していることを信じて、ステップアップのためにMBAに来た学生は私の時も多かった。
47：パンアフリカ銀行アフリカの独裁政権への融資、マネーロンダリング、武器密輸、核物質取引、DGSE（フランス対外治安総局）やCIAなど各国の諜報機関との癒着、架空の投資話のでっち上げ・・・・・まるでBCCIの再来。BCCI~パキスタンの銀行家アガ・ハサン・アベディがルクセンブルクに設立した銀行武器や麻薬の密輸、マネーロンダリングなどありとあらゆる悪事に手を染め、1991年に経営破綻。85：共和党に多額の寄付をしているジェイコブスは、同党のキングメーカーの異名を取り、政治家と個人的な親交やロビー活動を通じて、米国の政策に多大な影響力を及ぼしている。94：ロシア危機LTCMへの投資で950百万ドルの損失を出したUBS(スイス）やロシア国債で焼く6億ドルの損失を出した野村証券をはじめ、メリルリンチ、バークレイズ・キャピタル、ウェスト・ドイチェ・ランデスバンク、バンコ・サンタンデール（西）などが、ロンドンだけで数百人規模の人員削減を発表。
2021年01月11日
ハイエナ・ファンド
「空売り屋」の北川靖が登場する第3弾。今回の舞台はアフリカを中心とした世界中といっていい。今回の主役は北川ではなく、「ハイエナ・ファンド」。
「破綻した国家の債務をタダ同然の安値で手に入れ、額面に金利や遅延損害金を含めた全額を払えと米国や英国の裁判所で訴訟を起こし、投資額の10倍、20倍のリターンを上げる。(中略）
日本ではあまり報道されていないが、国際金融の現場では、破綻(ないしは腐敗）国家とハイエナ・ファンドとNGOの三つ巴の戦いが繰り広げられてきたのである」（はじめに）
日本ではあまり報道されていないが、国際金融の現場では、破綻(ないしは腐敗）国家とハイエナ・ファンドとNGOの三つ巴の戦いが繰り広げられてきたのである」（はじめに）
ハイエナ・ファンドであるヘッジファンドを経営している人物は次のようなプロフィールで描かれる。「いかにもいそう」という感じ。
21：「法律書を持ったハイエナ」の異名をとるサムエル・ジェイコブズハーバード大学のロースクールを出て、不良債権投資に強かった準大手投資銀行DLJの社内弁護士として経験を積み、33歳のときに親戚や知人から集めた130万ドルを元手に自分のファンドを立ち上げた。現在の運用資産は140億ドルと巨額で、破綻した企業や国家の債務を安く買い叩き、得意の法廷闘争で高いリターンを上げている。
こうして、「とことん債務者を絞り上げ、弱肉強食の米国資本主義社会でも顰蹙を買うほどの冷酷ぶりだが、一方で、母校のハーバード大学や音楽団体への寄付活動や、貧弱救済や警察支援などの慈善活動も行い、共和党の大口献金者でもある」というのも、「らしい」。
500頁もある長編小説なので、さすがに一度に読めない。巻末に「経済・金融・法律用語集」までつくので、国際金融を楽しくかじりたい人向け。
9：フランスのエルフ・アキテーヌ社は、1965年にド・ゴール大統領によって創設された石油会社で、フランスの旧植民地にクモの巣のようにネットワークを張り巡らし、単に石油やウランといったエネルギー資源を確保するだけでなく、米国のCIAのような諜報活動を行ってきた「ラァ・マンサル・ドゥラ・フランス（フランスの汚れた手）」である。17：ザンビアは、銅をはじめとして、コバルト、鉄、ウラン、マンガンといった鉱物資源が豊富である。1964年の独立当初は比較的豊かな国だったが、外貨収入をほぼ全面的に銅の輸出に依存していたため、銅価格の下落で外貨繰りに窮し、それを対外債務の借入れでまかなった。しかし、銅価格が回復しなかったため、債務の返済ができなくなった。
2021年01月10日
コストカッター
ロンドン在住の日本人作家・黒木亮による長編小説。『カラ売り屋』で初登場した主人公、北川靖が再び登場する。前作の評判が良かったのだろう。
北川が経産省を辞めて、ビジネススクールの同級生二人と始めた空売り専門のヘッジファンド、パンゲア&カンパニーは順調に拡大している。「3人が6年前に持ち寄った30万ドルは、現在24百万ドルまでふくれ上がり、3年前にオフィスをブルックリンからミッドタウンの高層ビルに移転した」
そんな時に、日本からひとつのニュースがもたらされる。ボストン・インベストメンツというアメリカのファンド投資先「極東スポーツ」が新社長に蛭田明を選んだという話だ。蛭田は「リストラ屋」として知られ、これまで6社の会社再建を手掛けてきた。
しかし、極東スポーツは既に一連のリストラを経ており、必要なのはブランドビルダーで、コストカッターではないと北川には思われた。そこで、蛭田の打ち出したコスト削減策と新製品開発の方向性が正しいのかどうか、新製品が本当に売れるかどうか、調査を始める。
その間に、証券会社のセルサイドアナリストは蛭田の再建策を囃して買い推奨のレポートを書き、株価は上昇する。四半期決算は増収増益で株価はますます上昇するのだが、財務諸表を分析した北川は奇妙なことに気づく。売上げの増加以上に、売掛金が積み上がり、営業キャッシュフローが増えていないのだ。
粉飾決算をしているとにらんだ北川は極東スポーツの株式を1000円前後で130万株カラ売りする。ところが、ここでイタリアのスポーツメーカーが同社を買収するという基本合意が成立し、株価は1500円を超えてくる。この時点で、6億5千万円の含み損だ。
同業のメーカーが買収するというのは、自分たちが見えていない強みが同社にはあるのか？不安に駆られる北川。その懸念を払しょくするために、会社が言うように新製品が本当に売れているのか世界中で実地調査をする。
結果は・・・
「蛭田明が逮捕され、社長を辞任したために、極東スポーツの株価は、百円台半ばまで落ち込んだ。北川らは、ここが底値とみて市場から株を買い戻し、約8億6千万円の利益を確定した」
となるのだけど、その間、陰に陽に立ち回り、自分たちはリスクを一切取らずに、M&AのアドバイザーとMSCBによる資金調達で数十億円の手数料を稼ぎ、10億円のボーナスを手にする米系投資銀行の東京支店長が印象に残る。
しかし、極東スポーツは既に一連のリストラを経ており、必要なのはブランドビルダーで、コストカッターではないと北川には思われた。そこで、蛭田の打ち出したコスト削減策と新製品開発の方向性が正しいのかどうか、新製品が本当に売れるかどうか、調査を始める。
その間に、証券会社のセルサイドアナリストは蛭田の再建策を囃して買い推奨のレポートを書き、株価は上昇する。四半期決算は増収増益で株価はますます上昇するのだが、財務諸表を分析した北川は奇妙なことに気づく。売上げの増加以上に、売掛金が積み上がり、営業キャッシュフローが増えていないのだ。
粉飾決算をしているとにらんだ北川は極東スポーツの株式を1000円前後で130万株カラ売りする。ところが、ここでイタリアのスポーツメーカーが同社を買収するという基本合意が成立し、株価は1500円を超えてくる。この時点で、6億5千万円の含み損だ。
同業のメーカーが買収するというのは、自分たちが見えていない強みが同社にはあるのか？不安に駆られる北川。その懸念を払しょくするために、会社が言うように新製品が本当に売れているのか世界中で実地調査をする。
結果は・・・
「蛭田明が逮捕され、社長を辞任したために、極東スポーツの株価は、百円台半ばまで落ち込んだ。北川らは、ここが底値とみて市場から株を買い戻し、約8億6千万円の利益を確定した」
となるのだけど、その間、陰に陽に立ち回り、自分たちはリスクを一切取らずに、M&AのアドバイザーとMSCBによる資金調達で数十億円の手数料を稼ぎ、10億円のボーナスを手にする米系投資銀行の東京支店長が印象に残る。
91：インサイダーの疑惑をかけられないようにするため、メモは一切取らない。日本のライブドアの幹部たちは、日本放送の買収について村上世彰と話した内容を社内のメールでやりとりしていたが、それはど素人のやることだ。170：売上げに比して、営業キャッシュフローや利益が異常に少ないのは何か悪いことが隠れている兆候で、破綻した山一証券やエンロンでもそうだった。202：リスク・アービトラージャーは、発表された合併比率と実際の株価に注目し、割安な方を買って、割高な方を売るトレーダーで、合併(買収）が破談になるかどうかも考慮する。アメリカの元財務長官ロバート・ルービンは、ゴールドマン・サックスでこの仕事を手掛けた。254：MSCBは、ジャンク債も出せない、にっちもさっちもいかなくなった企業が出す債権だ。発行した企業がつぶれる可能性があるので、「死神イッシュー」とか「デス・スパイラル」と呼ばれる。
2021年01月09日
スマート・ウォッチ
半年前からスマートウォッチを使いだした。写真はFitbitだけど、私が買ったのは大量に出回っている類似品(笑)。
きっかけは妻の不眠症。新型コロナをきっかけに、眠れなくなり、通院しだしたのだけど、どれだけ眠れているかの客観的データがない。測定できなければ薬や試しているさまざまな療法が効いているかどうかも分からない。そこで治療のために買おうとしたら、「2個だと安くします」というので、ついでに私のも買うことにした。
使ってみると、深い眠りが何時間、浅い眠りが何時間と分かる。途中起きたのも正確に記録される。治療中の妻もそうだが、私も、歳のせいか、ここ数年寝つきが悪いのがデータで示される。以前は、寝床に入れば数分で眠れていたのに、このところのデータは「深い眠り」になるまで30-60分くらい掛かっている。朝まで目覚めることがなかったのも、やはり、途中で目が覚めることが多くなった。
血中酸素飽和濃度も測れて、朝最大値なのが、だんだんと落ちていく。登山などすると、昼間から「重度疲労」の表示になる。また、眠りが浅いと、やはり翌朝の疲労度に違いが出ている。深く眠れた翌朝はスッキリ「コンディションが良い」だが、浅いと疲れがとり切れておらず、朝から「軽度疲労」になる。
便利なのは、心拍計。これが24時間取れるようになった。運動の時の負荷が分かる。これらが全て、数千円で測れて、スマホで見れるというのは驚き。
2021年01月08日
負けた側の史劇が文学となるまで
大岡昇平が駐屯したのは、米軍がレイテ島の次に上陸したミンドロ島サンホセ。マラリアで山中で憔悴していたところを、20年1月25日米軍に襲われ、俘虜となっている。その後、空路レイテ島に送られ、タナウアンの収容所に入る。
「そこには多くの俘虜、主として第16師団の兵士と西村艦隊の水兵がいた。レイテ島をめぐる海陸の戦闘の話を聞き、その悲惨さに強い印象を受けた。」
タナウアン俘虜収容所での体験をもとに書かれたのが、先に出た『俘虜記』。レイテ戦に投入された85千人の将兵のうち、生き残ったのは数千人。収容所にたどり着いた俘虜も餓鬼のようになっていた。
「病み疲れた新しい俘虜は、入所手続きののため柵外の休憩所にいる間に死んで行った。コーンビーフ、煮豆など食料を不意に貪り食うためであった。日本人の収容所長が手続きがすむまで、食料を与えない方針を決めると、炊事へ盗みに入った。そして死んで行った。」
解説 加藤陽子ナポレオンの遠征軍に士官として従軍した経験もあったスタンダールが『パルムの僧院』を世に問うたのは1839年のこと。一方の大岡は100年後にあたる、出征直前の1944年5月、バルザックの『スタンダール論』を翻訳・刊行していた。「政治的な人間、つまり、われわれの生活が政治に貫かれているという認識」現地の日本陸軍はルソン島決戦を主張満州の関東軍から、第1師団、戦車第2師団他の精鋭部隊を抽出済み。開戦以来フィリピンにあった第16師団、増援の第26師団をも擁す。大本営は44年10月9日の台湾沖海戦の戦果を大誤算10月20日の米軍のレイテ上陸を自暴自棄的な一時的なものと誤認。米軍の準備は周到で物量は圧倒的。大本営が犯したこの致命的な錯誤が、近代戦ではあり得ないほどの惨禍を、日本の将兵、そして戦場となった土地に居住していた人々に強いる。
2021年01月07日
太平洋戦争の天王山・レイテ島
昭和19年11月、レイテ島最大の激戦地となるリモン峠での死闘が開始される。もともと、陸軍はマニラのあるルソン島での決戦を想定して準備していた。米軍の最終目的もルソン島だ。
それが、急にレイテ島になったのには、その前月に行われた台湾沖航空戦で大戦果を挙げたと大本営が誤認したからだ。その理由は、当時すでに日本海軍にベテラン航空兵は残っておらず、新米の航空兵の報告をそのまま信じたからだとされている。
その後、殲滅されたと考えられていた米機動部隊の動きが全く衰えなかったことから、海軍は戦果が誤認だったと認識したが、それを陸軍に報告しなかった。戦争に勝つよりも、海軍のメンツと陸軍とのライバル意識が優先された。
それが、急にレイテ島になったのには、その前月に行われた台湾沖航空戦で大戦果を挙げたと大本営が誤認したからだ。その理由は、当時すでに日本海軍にベテラン航空兵は残っておらず、新米の航空兵の報告をそのまま信じたからだとされている。
その後、殲滅されたと考えられていた米機動部隊の動きが全く衰えなかったことから、海軍は戦果が誤認だったと認識したが、それを陸軍に報告しなかった。戦争に勝つよりも、海軍のメンツと陸軍とのライバル意識が優先された。
そうして、十分な準備ができないままレイテ戦は始まる。現地の苦戦に武藤方面軍参謀長は打ち切りを意見具申するが、12月8日の総理大臣小磯国昭の天王山発言により、レイテ戦続行は大本営方針になる。政府にも、台湾沖航空戦での「大勝利」が報告されており、久しぶりの勝利で沸いた小磯内閣は、「ここで米軍に一撃を与えて、多少でも有利な講和に持ち込もう」という期待があった。
その時、米軍上陸20日目で、米軍はすでに東海岸の制圧を終わり、リモン峠では兵士たちが血みどろの殺戮に出会っている最中だった。国費で養われる軍隊が、自軍のメンツを国益より優先する。天皇という象徴を大元帥とした制度設計のミスだろう。
その時、米軍上陸20日目で、米軍はすでに東海岸の制圧を終わり、リモン峠では兵士たちが血みどろの殺戮に出会っている最中だった。国費で養われる軍隊が、自軍のメンツを国益より優先する。天皇という象徴を大元帥とした制度設計のミスだろう。
83：リモン峠まもなく鞍部を廻って、20m下の道路に一台のM4型戦車が進んでくるのが見えた。途端ガーンと大きな音がして、1mばかりはね上がった。配属工兵が爆薬を抱いて飛び込んだのであった。この日戦車を擱座させた無名の工兵は事実上リモン峠を守ったといえる。片側は斜面、片側は谷間のリモン峠の道では、図体の大きなM4型戦車をどける場所がなく、完全に道をふさいだ格好になったからである。インタビュー『レイテ戦記』を語る414：戦友に対する罪悪感。415：戦場では兵隊にはあらゆることが偶然のように作用するんですが、それがそうではない部分がある。参謀の立てる作戦、司令官の決断というものによって、われわれの行動は支配されている。われわれに偶然と思えるものにもそれぞれ原因があるんだということ、それを全部つかんでみたいということですね。まあ執念ですよ。422：地理感覚兵隊はいつも逃げ道を考えているから、したがって地形をしょっちゅう気を付ける。解説 加賀乙彦彼が実現しようとしたのは戦史ではなく、「レイテ島という限られた場所で演じられた一つの劇」であり、つまりは、「小説家である著者が見た大きな夢の集約」（あとがき）だから。戦後発表された職業軍人たちの自己美化に満ちた戦記の横行。作戦の失敗についての責任回避や事実の隠蔽。1958，9年から、師団、連隊ごとの戦記が出版され、アメリカの公刊戦史も発表になり、彼はレイテ戦についてのアメリカ側の公式資料が発表になったのを機に、いよいよ文献を読み始め『レイテ戦記』の筆を下した。「中央公論」1967年1月号〜69年7月号まで連載→1971年9月単行本
2021年01月06日
人を動かす「直感・驚き・物語」のしくみ
任天堂Wiiを企画開発した「Wiiのエバンジェリスト」と呼ばれた玉樹氏による最新作。玉樹さんは2010年に任天堂を退職して、青森県八戸市にUターン。個人事務所「わかる事務所」を設立。その玉樹さんが、「ついやってしまう」体験のつくりかたを説く。
私はビデオゲームをしないので、ゲームにはまる人の気持ちがよくわからなかったのだが、「ゲームはおもしろいから遊ぶのではなく」、「つい思いついちゃった、ついやっちゃった」から遊ぶのだという。そうゲームは設計されている。
それが「体験デザイン」で、「ゲーム自体がおもしろいからではなく、プレーヤー自身が直感する体験そのものがおもしろいから、遊ぶ」のだ。それは、本や映画で物語を疑似体験するのと変わらず、「ゲームは、文章・音声・映像と同じく、物語の語り方のひとつ」なのだ。
はじめに：体験デザイン心を動かす体験のつくりかた。45：スーパーマリオ仮説を立てて、不安の中で実際に試してみて、仮説が当たってよろこぶ。60：ゲームはおもしろいから遊ぶのではない「つい思いついちゃった、ついやっちゃった」から遊ぶ。100：人はなぜ、ゲームを遊ぶのか？ゲーム自体がおもしろいからではなく、プレーヤー自身が直感する体験そのものがおもしろいから、遊ぶ。156：コミュニケーションを成立させるために、どんな内容をどんな順番・どんな割合で話すのか？直感と驚きの2種類の体験が独特のリズムでならんでいる。166：The Last of Us Remastered2014 Sony Interactive Entertainment登場人物の台詞と映像だけ。ナレーター無。169：風の旅ビトゲームの中に文字はおろか言葉自体が出てこないのに、「物語性が優れている」。171：物語＝物語内容（何があったか）＋物語言説(どう伝えるか）文字で表現することは物語にとって必須ではない。ゲームは、文章・音声・映像と同じく、物語の語り方のひとつ。182：ゲームのシーン�．燹璽咫�じっくり落ち着いて鑑賞できるため、多くの情報を得られる。操作は一切できないため、受動的な体験。��探索ムービーよりは少ないものの、ある程度の情報量を得られる。マイペースに操作できる。��戦闘切羽詰まった状況のため、得られる情報量はきわめて少ない。身を守るため、集中を伴うきわめて能動的な操作が強いられる。184：情報量と能動的/受動的ふたつの要素で波を作っている。ゲームだけでなく、あらゆるコンテンツは同様の構造「テンポとコントラスト」222：プレーヤーの行動への良し悪しを評価として返す「フィードバック」ゲームはいい塩梅でプレイヤーを褒めたりけなしたりしているだけ。252：ジョーセフ・キャンベル『英雄の旅』あらゆる神話に共通する型の存在「円環構造」→家に帰るゲームのスタート地点に戻る。264：物語のデザイン�）殤� 物語を理解しようとするプレイヤーを翻弄し、物語らせる�∪�長 物語中の主人公同様、プレイヤーを成長させる�０媚屐．廛譽ぅ筺室�身の意志で運命を切り開かせる
2021年01月05日
なぜ株式投資で失敗するのか
MONEX銘柄スカウターで毎月LIVEしている坂本慎太郎さん。この解説がとても良いので、本を読んでみる。初心者向けに対話形式になっている。
よくある「1億円本」は、「こうやってみたらたまたまうまくいった」再現性のない話も多いが、坂本さんは証券会社や生保でディーラーやファンドマネージャーをやって長年に渡って実際に成果を上げてきたプロ投資家。26歳の時に既に年収は1億円を超えたという。
27：ファンダメンタルズとテクニカルをごちゃまぜにしない身勝手な言い訳をつくりあげ、深く考えようとしなくなる。98：IPO銘柄は半年後に買えばいいIPO後2回決算を確認。信用買いの返済が来る。ロックアップ90日か180日が多い。116：優待利回りのいい銘柄は権利確定日の「3か月＋5日」前に仕込め157：エントリーするときに目標株価と損切りラインを決めるロスカットは目標株価との兼ね合いで（50円利益取りたいなら、ロスカットは50円以内）買ったその日に3%下がったら、その日に損切り。
2021年01月04日
ロマネ・コンティ・1935年
最後に表題作の『ロマネ・コンティ・1935年』。ロマネ・コンティといえば、世界一希少で高価なワインとして知られている。
話は、1972年の冬の日曜日の午後、二人の男が高層ビルのレストランで向かい合うところから始まる。40歳の重役と41歳の小説家だ。テーブルには、「ラ・ターシュ1966」と「ロマネ・コンティ1935」の2本が置かれている。重役が言う。
「となりどうしの畑でとれたけど、名がちがうから、異母兄弟というところかな。本場中の本場、本物中の本物、ヴレ・ド・ヴレというやつさ」
こうして、ラ・ターシュの6年物から始め、いよいよロマネ・コンティの37年物に取り掛かるのだが・・・。
大戦前にNYに輸出され、そこから日本へと、世界を半周して渡ってきたRCは「酒のミイラ」で全く良いところはなかったらしい。保管状態が悪かったのだ。1本100万円のワインも保管状態次第ということ。
153：ロマネ・コンティは王座で、いまいった四つの宝石にとりかこまれているけれど、とてもかわいい畑で、たった1ヘクタールくらいしかない。ぶどう畑というよりはちょっと大きな庭園というところ。その程度のものである。その畑のはしの道路寄りのところに例の十字架がたっている。158：酒は力もなく、熱もなく、まろみを形だけでもよそおうとする気力すら喪っていた。ただ褪せて、水っぽく、萎びていた。衰退を訴えることすらしないで、消えていく。(中略）酒のミイラであった。163：重役は輝く6歳と澱む37歳のそれぞれを一口ずつすすった。失望が少しずつ遠ざかり、酒がふたたび上昇をはじめ、頬が薔薇いろに輝く。シャッター反応が消えた。眼や口がそれぞれの位置に戻り、分厚い自身がどっしりとした肩のあたりに漂いかけている。169：南の国にいるときは全身を浸す湿気と暑熱、そのねっとりとうるんだ憂愁のために溶けかかったナメクジのようになり、ひたすら北の凛冽と収縮をあこがれていたのだが、きてみると何もかもが、壮大なものは壮大なまま、腐りかかったものは腐りかかったままで凍結していた。
2021年01月03日
貝塚をつくる
本書三作目は、『貝塚をつくる』。舞台は陥落前の南ベトナムの首都サイゴンである。
ここで小説家は、釣りバカの華僑実業家と知り合いになり、カンボジア国境のシャム湾での海釣りに招待される。船をチャーターして2週間の釣り天国である。サンパン船上で食べるドリアンの描写が素晴らしい。
私が初めてドリアンを食べたのは、LA郊外に住む、ベトナム人一家の自宅でだった。ベトナム難民だった夫婦はしばらく、当時私が住んでいたマサチューセッツ州の田舎町で唯一の日本料理店をやっていた。二人ともベトナム生まれの華僑だったので、日本料理なんて何も知らなかったが、知らないのはその町に住むアメリカ人も同じだ。
私が帰国後、彼らは店をやめ、LA郊外に引っ越した。何年か後に、家族で旅行した時に連絡を取り、数日間滞在させてもらった時に出てきたのがドリアン。ベトナム人には欠かせないものらしい。確かに臭いが、果物らしくないあの濃厚な味には衝撃を受けた。
以来、東南アジアに出かけた時など、機会があれば食べるのだけど、海上で食べたことはない。これを読んで、ぜひ、船上で潮風に吹かれながら食べたくなった。
65：カー・ヴォンラウというのはナマズの一種である。海にも棲むが、海水の出入りする河口の汽水域の泥底にも棲む。ヒゲがあって猫のような顔をしているということで他のナマズとおなじだが、銀・灰・青色をしていて、美しいのである。86：船べりにくくりつけたコールマン・ランプのほのかな円光のなかで水面をすかしてみると、上下左右、縦横無尽の吹雪である。それがありありと見える。生命体と非生命体の阿鼻叫喚なのである。猛吹雪である。90：ドリアン豊熟の一歩手前のこの果実はむんむんと芳烈な香りのさなかにくっきりと爽涼をも含み、まるで細い、冷たい渓流が流れるようなのだ。豊満と爽涼のこの鮮やかな組合せがあまりに絶妙なので、いつまでも味わっていたくなり、果肉を食べるのをあとへあとへとのばしたくなる。
2021年01月02日
玉、砕ける
開高健の名短編集。裏表紙の紹介には、「散文表現の頂点」とある。読んでみると、それも大袈裟ではないと納得する。最初に登場するのは川端康成文学賞を受賞したという、『玉、砕ける』。香港を舞台にした作品。
書き出しは、こう始まる。
「ある朝遅く、どこかの首都で眼がさめると、栄光の頂上にもいず、大きな褐色のカブト虫にもなっていないけれど、帰国の決心がついているのを発見する。」
「ある朝遅く、どこかの首都で眼がさめると、栄光の頂上にもいず、大きな褐色のカブト虫にもなっていないけれど、帰国の決心がついているのを発見する。」
カブト虫は、カフカ『変身』からきていると思うのだけど（ただ、あれは「毒虫」だった）、「栄光の頂上」はなにか出典があるのだろうか？そして、
「焼きたてのパンの香りが漂い、飾り窓の燦きにみたされた大通りへでかけ、いきあたりばったりの航空会社の支店へ入っていき、東京行の南回りの便をさがして予約する」
とあるので、主人公の「小説家」が滞在していたのは、ヨーロッパの都市だろう。おそらくはパリ。そこからの続きがすごい。
「出国のときには純白の原稿用紙をまえにしたような不安の新鮮な輝きがあり、朦朧がいきいきと閃きつつ漂っているのだが、帰国となると、点を一つうって、行を一つ改めるだけのことで、そのさきにあるのはやはり朦朧だけど、不安の閃きもない。ちょっと以前までは、そんな、ただ行を一つあらためるだけのころにも、褪せやすいけれどそこはかとない昂揚をおぼえたものだが、年をとるにつれて何も感じなくなってしまった。行と行とのあいだに何か謎のような淵があったのに、いまは水枯れした、しらちゃけた河原を感ずるだけである。」
心情表現がこれだけ的確に出来たらどれほど気持ちいいだろう。これはプロの手によるものだとしか言いようがない。
そして、小説家は香港に滞在し、旧知の張と会う。張は日本の大学を卒業していて、日本語が流暢なのだ。張は「小さな貿易商店で働きつつ、ときどきはあちらこちらの新聞に随筆を書いてポケット・マネーを得ているらしい」としか知らない。
やがて話は本題に入る。
「最近数年間、会えばきっと話になるけれどけっして解決を見ない話題がある。それは東京では冗談か世迷言と聞かれそうだが、ここでは痛切な主題である。白か黒か。右か左か。有か無か。あれかこれか。どちらか一つを選べ。選ばなければ殺す。しかも沈黙していることはならぬといわれて、どちらも選びたくなかった場合、どういって切り抜けたらよいかという問題である。」
なぜ、「ここでは痛切な主題」なのか。それは、これが中国の「文化大革命」時代であったからだ。当時、中国の知識人は革命の抵抗勢力であるとされ、いわれもなく、辱められ、拷問され、虐殺された。突然呼び出され、あるいは年端のいかない紅衛兵に自宅や職場に押しかけられ、上記のような詰問をされるわけだ。
「こんな場合にどちらの椅子にもすわらずに、しかも少なくともその場だけは相手を満足させる返答をしてまぬがれるとしたら、どんな返答をしたらいいのだろうか。史上にそういう例があるのではないだるか。数千年間の治乱興亡にみちみちた中国史には、きっと何か、もだえぬいたあげく英知を発揮したものがいるのではないか」
張が私淑し、後に開高が香港でインタビューする機会に恵まれた中国の著名作家「老舎」は、張の「革命後の知識人の生活はどうですか」という質問を、執拗にはぐらかす。張は、老舎はもう作家として衰退してしまったのではないかと考え始める。
「ところがそのうちに老舎は田舎料理の話をはじめ、三時間にわたって滔々とよどみなく描写しつづけた。(中略）ただそれだけのことを、老舎は、何を煮るか、どんな泡がたつか、汁はどんな味がするか、一人あたり何杯ぐらい食べられるものか、徹底的に、三時間にわたって、微細、生彩をきわめて語り、語り終えると部屋に消えた」
そう、老舎は衰退してしまっていたのではなく、インタビューで迂闊なことを話せなかったために質問をはぐらかせていたのだった。
その老舎は実在の人物で、1966年、紅衛兵に暴行された末、入水自殺した。その報が、小説家が香港を発つ日にもたらされる。これが、「玉、砕ける」なのだが、別の話との隠喩にもなっていて、小説を味わい深くしている。
2021年01月01日
黄昏の力
所蔵されている第4作は、『黄昏の力』。他の作品は全て開高健が作家になった後の話だが、これは、開高健が1950年代に壽屋（1963年に社名変更でサントリー）の宣伝部で働いていたころの話だ。
102：名刺屋、オートバイ屋、ラーメン屋、下駄屋などがごたごたとひしめくなかで支店は入口のガラス扉に金粉で《世界の名酒》と書いている。階下のトイレから階段をつたい歩きして消毒液の匂いがやってくることもしばしばだったが、そんななかで開けても暮れても『この一滴の琥珀の讃仰‼』とか、『暮春に柏手がある‼』とか、『コップのなかの輝く嵐』など、新聞、週刊誌、月刊誌のために右から左へ書きまくる。
104：宣伝部の部屋には毎日つぎつぎとたくさんの客がくる。製版屋、印刷会社、広告代理店、出版社、新聞社、玩具屋、バーテンダー、とめどがない。
出入り業者はときどき「仕事をよけいに落としてもらうおう」と開高らを接待する。
104：たいてい、チョット面白い店か、そうでなかったらエロショウ、そうでなかったらチョット面白い店で食事したあと席を変えてブルーフィルムを見ましょう、という相談だった。
話はそこから、どんなブルーフィルムが当時あったとか、どんなエロショウを浅草界隈で見たかという話になる。そこは名文で知られた小説家なので、描写が的確だ。
110：そしてまた硬貨をその͡枯痩しかかった膣におしこみ、ゆっくりと腹をふりにかかる。盲腸の手術の痕が白くぬめらかに光っている。わびしい、とぼしいカチャカチャという音が、つぶやくようにその小さな腹の中で鳴っている。110：こういう薄暗い小部屋で字を書く女もいた。軸の太い毛筆にたっぷり墨汁をつけ、古畳にピンで貼り付けた紙にまたがり、玄牝に筆をつっこみ、腰をひねるだけでみごとに書いてみせるのである。
この時、女が書いた中にとりわけ眼をひいた「寿」の一字があった。開高はこれをもらって帰る。
111：翌日、それを支店長室へ持っていき、重役の一人に見せて、これは名ある女流書道家に書いてもらったのですが、名前はだしてくれるなとのことなので、このまま新年の全紙広告に使おうと思います、といった。(中略）全紙いっぱいに威風堂々、『寿』と、たった一字おき、そこへまためぐりくる王城の春に献ずるこの無声歓呼三行のせた。
