2019年03月
2019年03月31日
今日のCSRの原点
日立製作所は、日立鉱山の工作課が独立して発展した企業だ。その原点は、工作課長であった小平浪平が製作した国産初の電機モーターにある。今でも、小平記念館に行くと、そのモーターが回っている。
もう一つ、工作課がつくった巨大産業遺産があることを本書を読むまで知らなかった。それが、日立鉱山大煙突で、1915年の完成当時500尺（155.7m）で世界一であった。残念ながら、完成から78年後の1993年、煙突は1/3を残して倒壊しており、かつての姿を見ることは出来ない。
どうして、会社が傾きかねないほどの巨費をかけて、世界一の煙突を建てたのか。それは、銅鉱山の煙害に悩む周辺地域を救うためであった。それまでの煙害対策の常識は、低い煙突で空気を混合して希釈するというものだったが、政府の命令で作った「ダルマ煙突」（別名、阿呆煙突）は、まったく効果を上げてなかった。
日立鉱山の久原社長（小説内では「木原」）は気象庁技師の協力を要請するなどして、上空の気流に乗せて亜硫酸ガスを拡散させることにする。この間、煙害被害が最もひどかった入四間村（現、日立市）の名主の養子となった関右馬允（小説内では「関根三郎」）とのやり取りがある。三郎は秀才で、水戸中学から一高に合格したものの、村のため公害問題にあたることを決意し、進学を断念する。
明治の終わりから大正の初めにかけて、公害対策に真摯に向き合った日立鉱山。この姿勢がそこから独立した日立製作所発展の礎となる。
36：三郎こそ草深い田舎にうもらしてはならない人物だと村松長八郎は思っていた。教え子の生来を決定するのは教師の任務であると考えている村松は、それまでにも何回となく関根三郎に進学をすすめたが、三郎の決心はつきかねているようであった。84：別子銅山煙害事件「26日朝今治にて、農民と住友側との談判決裂し、遂に農民は決死隊を編成し、一大隊伍を成して押し出したり・・・」（明治41年8月28日 東京朝日新聞）188：この年のうちに、神峰観測所の他に、高鈴山、原、下深、高萩、大門、瑞龍、�楝瑤亡兮�所を設け、これらの観測所と神峰中央観測所を電話で直結した。4町13か村の被害対象町村に、観測所の網を張ったのである。私企業が、これほど充実した観測網を張ったのは日本では勿論初めてだし、外国にも例を見ないことだった。195：「村の男衆たちは、ただ補償、補償って、金を貰うことばかり考えていて、煙を止めることは、ちっともしていねえように見えてなんねえがね」288：木原社長「大雄院の製錬所に投じた金額のほぼ半分にも近い金額になる。失敗した場合は、会社の浮沈にかかわるような出資になる。それに、煙突を高くすれば、煙害地域が拡がると確信しているわが社の幹部たちはなんとしても、ぼくのいうことを聞かないのだ」303：机上の空論を、百足煙突や命令煙突としてその実行を会社に強制してきた政府のお雇い学者の意見ではありません。会社は思い切って大煙突を建てます。305：大煙突の設計はすこぶる慎重に進められていた。日本はおろか、外国にも、156mなどという途方もなく高い煙突はなかった。毎年秋になるとやって来る台風に対しての風圧強度をどのくらいに見たらいいかというような基礎的な問題においても、資料が少ないだけに設計陣は苦心した。その高い煙突を建てるべき大雄院の地盤についても、慎重な調査がくりかえされた。316：「世界一高い大煙突を日本人の手で創り上げる」（木原社長）321：日立鉱山史この間、労役人夫、男32,289人、女4,451人、計36,840人。足場丸太31,650本。総経費実に152,218円也。しかもここに特筆すべきは、当時、日本に於ける著名の煙突はすべて先進欧米諸国人の設計と指揮の下に建設されていたのに対し、独りこの鉄筋コンクリートの大煙突だけは、日立鉱山工作課の設計により、日本人の指導の下に完成されたものである。340：日立鉱山から関根三郎の結婚式へのお祝い品杉苗16万本 但、入四間村公私山林40町歩の分357：第二次世界大戦の数年後に完成した排煙利用硫酸製造工場の出現によって煙害問題は終止符を打った。
手前が政府命令で作らされたダルマ煙突（阿呆煙突）、後方が俺て1/3になってしまった大煙突
2019年03月30日
藝大21 第13回「奏楽堂企画学内公募」最優秀企画
藝大21 第13回「奏楽堂企画学内公募」最優秀企画 「音のいろ、音のかたち 〜現代音楽はスペクタクルの夢をみるか〜」公演へ。藝大フレンズ助成事業で、全員入場無料。
いわゆる「現代音楽」で、上演された全作品に作曲家がいて、構成されているのにオドロキ。楽器を使わない音や、背景で流される効果音まで、どうやって、楽譜に記録されているのだろう。
最初のBad Touchでは、佐野幹仁のパフォーマンスにくぎ付けになった。パーカッショニストの学生らしい。そして、日本初演となるLe Diner 2012など。途中のRecitationシリーズはフランス語でよく分からなかった
G.Aperghis / Recitation No.1,3,4,7, 9-11,13
C.Cangelosi / Bad Touch
D.Schnebel / Modelle No.1 <nostalgie>
O.Adamek / Le Diner
2019年03月29日
21世紀の国家、組織、個人の戦略
「国家のほかに、起業などの組織、個人がプレーヤーとして影響力を発揮するサイバー空間では、何がそれぞれの優位性を決めるのか？誰が主導権を発揮するのか？」をテーマにした本。
三菱総研の研究者二人と、慶応義塾大学大学院のメディア研究科教授による共著。そのため、同じ論点が繰り返されていたり、まとまりに欠ける点もある。
サイバー犯罪の投資対効果は麻薬犯罪並みの1425%と推計されているそうだ。これほど高い利益をもたらす真っ当なビジネスは通常ありえないから、北朝鮮から小遣い稼ぎの個人まで、参入が絶えないのには経済合理性があるわけだ。
しかし、その犯罪がもたらす結果は深刻。犯罪対策を講じるとともに、罰則を厳しくする必要がある。現状の日本のサイバーセキュリティに関する政府予算は米国の1/40水準と著しく貧弱。かといって、すでに先進国最悪の財政状況だから、単純に増やすわけにもいかない。
リターンのない延命治療に投じるのか、社会インフラ上も国防上も重要なサイバーセキュリティに投じるのか。答えは明白だ。
しかし、その犯罪がもたらす結果は深刻。犯罪対策を講じるとともに、罰則を厳しくする必要がある。現状の日本のサイバーセキュリティに関する政府予算は米国の1/40水準と著しく貧弱。かといって、すでに先進国最悪の財政状況だから、単純に増やすわけにもいかない。
リターンのない延命治療に投じるのか、社会インフラ上も国防上も重要なサイバーセキュリティに投じるのか。答えは明白だ。
はじめに8：サイバー空間では、国家のほか、企業、組織、個人が重要なプレーナーとなる。従来の「勢力均衡論」や「地政学」をはじめとする国際政治、安全保障論の概念では捉えられないのがサイバー空間である。11：サイバー犯罪の投資対効果は麻薬犯罪並みの1425%と推計されている。このようにサイバー空間は、社会の効率化による恩恵という光と、サイバー攻撃による影響という影のほかに、経済的利益を得る機会であふれている。16：サイバー空間を通じた情報の拡散は世論を支配するための有効な手段となる。世論を支配することは、その国のシステムを通じた働きかけを起こす能力を持つことを意味する。理論上は国民が主権を持ち、選挙によって代表を選ぶ制度を有する国の場合、時間をかけて国家、組織、国民に対する影響力をサイバー空間を通じて与えることが可能である。85：規制、課税をめぐる国家とGAFAの争いGAFAをはじめとする多国籍企業は経営実態を米国に置く一方で、アイルランドの子会社に利益を集めるダブルアイリッシュ・ダッチサンドイッチと呼ばれる手法で、米国外での利益について米国・アイルランドのどちらからも課税されないようにする節税方法をとっていた。第3章 サイバー空間をめぐる主導権争い119：自国の情報保護のコスト増大日本の場合、サイバーセキュリティ関連の平成30年度予算概算要求額は727.5億円であり、平成17年の288億円の約2.5倍。137：サイバー戦争サイバー空間は既存の陸・海・空といった作戦領域を支援する領域。「戦略上優位な立場になるための高地」（Martin Libicki)141：日本のサイバー防衛隊は2017年時点で110人であり、2018年には150人となる予定153：ハイブリッド戦（サイバー空間だけにとどまらない非正規戦）サイバー攻撃によりジョージア政府のウェブサイトが改竄されたほか、ネットワークがつながりにくい状況となった。このサイバー攻撃は組織的に行われたものである。物理的攻撃の数時間前にxakep.ru, StopGeorgia.ruというオンライン掲示板が設立され、サイバー攻撃を行う民間人に攻撃目標の指定やアプリケーションの脆弱性を突く方法が共有された。第4章 国家・組織・個人のフロンティア戦略221：日本予算1/40の限界その規模が諸外国に比較して著しく貧弱。サイバーセキュリティに関する政府の予算規模でいえば、日本は米国の1/40．国防費では、米国はGDPの3%に対して、日本は約1%。第5章 サイバー空間から見た国際秩序242：本書における分析が従来の地政学と異なる点は、サイバー空間における主要なプレーナーとして国家、組織、個人が互いに影響を与えるという考え方。259：中国のデジタル・レーニン主義サイバー空間で圧倒的な能力をもつのは米国と中国。米国はコンテンツや技術においてサイバー空間における主導権をもっており攻撃や防御能力が高く、中国は技術力を向上させるとともにインターネット管理を13億人の国民に対して行っている実績があるからである。第6章 サイバー空間の支配者278：支配者の条件�ゝ蚕囘�優位性�∋唆函�政策的優位性��数的優位性第7章 未来を制する者：新たな国際秩序315：中国流サイバー空間を欲する国々~デジタルシルクロード広大な国土と多くの人口で試験された技術、制度、産業に基づくサイバー空間を運営している中国は発展途上国にとって魅力的なモデル。中国政府が発展途上国に対する支援として、通信インフラを整備するだけでなく通信に関する法制度も併せて輸出することも可能。第8章 日本はどのようにサイバー空間に関与すべきか・日本はサイバー空間における支配要素である技術、産業・政策、数のいずれにおいても、現時点で主導権を握っているとはいえない。そのため、米国、欧州、中国の主導権争いに、日本は二番手としてどう参戦するかを考えるべき。・政策研究能力の底上げ、官民・諸外国とのリソース共有を通じて、海外からみたときの日本の存在感を高めること。そのためには、技術、産業・政策、数のすべてにおいて優位性を確保しようとする全方位的な戦略は見直す必要がある。
2019年03月28日
オークションと日本の成熟度
世界で最初に周波数をオークションで業者に割り当てたのはアメリカだ。限られた公共財である周波数を最も効率よく割り当てるにはオークションが最適である。政府の収入にもなる。
アメリカに続けと、世界中が周波数免許割り当てにオークションを導入した。その過程で、談合や不都合はたくさん起きた。が、この世界規模の経験は後々妙薬になっていった。今までに、OECD加盟国すべては、オークションによって周波数免許を割り当てるようになっている。
いや、例外が一国だけある。それが日本。オークションではなく、総務省が事業者の適性を「審査」することになっている。そのため周波数の使用料は諸外国に比べて低く抑えられている。その分、国民資産が特定の業者に移転されているともいえる。
�ゥぅ離戞璽轡腑鵑畔厳�147：マスケット銃規格化アメリカ政府は、破産寸前だったホイットニーに、マスケット銃の大量生産を依頼した。ホイットニーは、銃を複数の「部品」に分け、各部品を徹底的に規格化して、別々の工場で大量生産できるようにした。購入者は、部品を交換すれば、ホイットニーの銃をずっと使い続けることができる。だから、もはやライバル業者の銃に興味はない。ならばライバルは部品を模倣しようとするも、ホイットニーの規格通りでなければ安全が担保されない。�Ε�ークションと日本の成熟度159：広告オークション広告依頼は、いつなんどきでも行うことができる。ネットユーザーが検索するたび、広告割当も、随時更新していかなければならない。�Д織屐爾慮�こう岸169：日本では、腎交換ネットワークは普及してない。しかも、移植学会のような権威に、ウェブ上で、交換腎移植は社会システムによって推進すべきでない、とまで言われてしまう。171：独裁者によるマインドコントロールによって衆愚が生み出される（アーレント）凡人こそが、権威に服従し、他人に同調して、愚行に駆り立てられる。ナチスドイツのような全体主義は、多くの異常人物が同時に現れなくても、いつでもどこでも、手を替え品を替え起こり得る。175：日本人の奇妙な行動パターン腎交換ネットワーク導入に断固反対。その一方で、腎臓疾患で移植手術をうけるべく渡航する家族がいれば、「頑張って」「気の毒に」「応援します」の大合唱。残酷すぎる優しさ。
2019年03月27日
時には、異なる人命の重みを天秤にかける
「村八分」というと、前近代的な印象だが、「個人レベルでは継続性のないところに、継続性を人為的に作り出すことによって、不正のない取引をするインセンティブを引き出している」という点で法制度と同じというのが興味深い。個人レベルでは「チャンスがあれば不正してでも私利を増やしたい」というインセンティブがあるが、集団として継続性を作り出すことで、全体最適にしている。
つまり、一回限りの取引であれば「だましてもいい」という誘惑があるが、相手が誰でも集団のルールとしてペナルティがあれば、誰も相手にしてくれなくなることで、コスト・ベネフィットから「不正は割に合わない」状況を人為的に作り出しているわけだ。これは、ネット取引のレーティング制度や、個人信用のスコアリング制度でも同じだ。
�▲�ュレーションのすすめ54：時には、異なる人命の重みを天秤にかけて、コスト・ベネフィットで評価して、具体的な基準を示さないといけない。政府は、「人命を100%守る。テロを100%防ぐ」などと、実効性の乏しい約束をすることに終始してはいけない。58：継続的な関係繰り返しゲームでは、1回限りのゲームとはまったく異なる議論が展開されることになる。特に、インセンティブの問題がうまく解消されて、円滑な、協調的な取引が継続されることが、理論的に説明できるようになる。66：村八分中世ヨーロッパの地中海交易において活躍したユダヤ人集団であるマグリブ商人のルールに見いだすことができる。日本の江戸時代における「株仲間」も、村八分によって、取引者に不正をしないインセンティブを与える工夫と解釈することができる。法制度ビジネスと村八分は、どちらも共通して、個人レベルでは継続性のないところに、継続性を人為的に作り出すことによって、不正のない取引をするインセンティブを引き出している。このように、人為的に継続性を作り出して、インセンティブの問題解決に役立てようとするアイデアは、ネット・オークション、ウーバー、アリババ、ブロックチェーンといった、今日のプラットフォームビジネスを裏付ける基本的な考え方である。69：ナッシュ均衡お互いの行動パターンを正しく予測した上で、全員が自己実現的にこの予測通りの行動パターンをとるインセンティブをもつ状況のこと。繰り返しゲームにおいては、協調的関係がナッシュ均衡になる。��ワンコインで貧困を救う102：アブルー・松島メカニズム集団的決定の失敗を逃れる仕組みの唯一具体的なアイデア。�ち澗亮腟舛鬟妊競ぅ鵑垢�118：ハンナ・アーレント『イスラエルのアイヒマン』アイヒマンはどこにでもいるごく平凡な小役人。邪悪な動機や企てなど、もともと持ち合わせてなかった。何がアイヒマンを大量虐殺に駆り立てたのか。アイヒマンは、最初はヒトラーの政策に懐疑的だった。しかし、1942年、ユダヤ人大量虐殺を決議したとされている「ヴァンゼー会議」に出席した際、地位の上の人がそれを強く支持していたこと、参加者全員が競って賛同していたことを目の当たりにした。これを契機に豹変して、自分でものごとを判断するのをやめ、上司の意図を常に忠実に実行するという態度を決め込んだ。
2019年03月26日
社会の仕組みを思いつくための繊細な哲学
筆者は、「社会のしくみを思いつくという芸術的、創造的行為は、どのように実践されればいいのか。このような行為の実践は、『ゲーム理論』という名の数学を使うことによって、理想的になされる！」という。
ゲーム理論を使えば、「金融市場のバブルと、職場のハラスメントは、まったく異なる次元の問題であるにもかかわらず、まったく同じ仮説的モデルによって説明される。悪魔のような全体主義と、善意にあふれるはずの貧困救済は、まったく異なる次元の問題であるにもかかわらず、まったく同じアイデアにもとづく仮説的モデルによって説明される」のだ。
アダムスミスは、「賢明な利己的個人であれば、他人の足を引っ張るようなことはせず、自身の利己的動機と矛盾しない仕方で、他人との利害をうまく調整する能力がある」と言っているが、どうやってインセンティブの問題を解決するのかについて明確な説明をしなかった。そのインセンティブの問題を解決する仮説的モデルをゲーム理論によって作れる。
序文：ただやみくもに調べても、事の本質に迫れないばかりか、かえってますます混乱していくような難題・経済の繁栄はどのようにしてなされるか・全体主義は日常的に起こりうるか・監視社会と言われる現代において自律的に生きるにはどうしたらいいか・貧困を救済するにはどのような困難を乗り越えなければならないか・高度な資本主義社会においてバブルや危機がどのようにして起こるのか・日本社会にはどのようなタブーがあって、どのように弊害をもたらしているか・情報化社会においてイノベーションはどうとらえられるのか・どうしてハラスメントは起こるのか・テロリストから国民を守るにはどのように対策を考えればいいかはじめに：ゲーム理論の真骨頂は、社会のしくみを白日の下にさらすような、新しいモデルのアイデアを次々と思いつく、その「創造性」にある。私は、この創造性ゆえ、ゲーム理論をアートとみなす。�．押璽猴�論はアートである14：仮説形成推論新しいアイデアを思いつく作法は、仮説形成推論（abduction)といい、演繹的推論や帰納的推論といったおなじみの推論とは区別される。（チャールズ・サンダーズ・パース）演繹的推論：モデルからどのような性質が導かれるかを論理的に明らかにする帰納的推論：データからどのような規則性が導かれるかを実証的に明らかにする仮説形成推論：既存のモデルに反する出来事がある場合、その出来事を説明できる新しいモデルを思いつく26：官僚主義的悪用仮説的モデルは、研究者が具体的な問題に踏み込んだ際には、もっと検証可能なスタイルにブラッシュアップされなければならない。この工程を経て、モデルは、仮説形成の段階から、正しいモデルかどうかの真偽を問う「実証的段階」に進むことになる。このような研究のステップを軽視した場合、ゲーム理論は悪い官僚主義に利用される恐れがでてくる。官僚主義的悪用とは、問題解決の答えが先に決まっていて、後から、その答えの裏書きができるような、真偽は定かでないがもっともらしく聞こえるような仮説的モデルを、御用学者に見繕ってもらうことである。こんな御用学は、創造的行為をやめてしまった研究者が陥りがちな背任の代表格である。28：（アダム）スミスは、賢明な利己的個人であれば、他人の足を引っ張るようなことはせず、自身の利己的動機と矛盾しない仕方で、他人との利害をうまく調整する能力がある、つまりインセンティブの問題を解決する自助の能力がある、と仮定したのだ。では、はたしてどうやって、インセンティブの問題が解決されるというのか。スミスはこれについて明確な説明をしなかった。30：制度設計悪い官僚主義は、「前例がない」という理由だけで提案を却下し、「時期尚早」という文言とともに、将来における採用の可能性を全否定はしない、という二枚舌を使う。提案のセールスマンは、次第にこの二枚舌にとりこまれ、セールスの成約よりもセールス活動自体が合目的化してしまう。32：内生的選好＝社会的関係に依存して内生的に選好が決まる見せびらかし、ファッション（皆が持っているものを欲しがる）、スノッブ（逆に、みんなが気に留めてないものを、要りもしないのに持ちたがる）
2019年03月25日
日本型資本主義
「欧米とも、中韓とも異なる”日本型”はいかに形成されたか」
その答えは、ほぼ「まえがき」で言い尽くされており、後は、各章でその根拠が示される形式になっている。
「西洋の資本主義の精神が公共への関心と神に対する奉仕としての労働と自然の征服を目指すのに対して、身近な他者との調和、人的資本の重視および自然との共生こそが日本資本主義の精神である」
言い換えれば、西洋の資本主義の精神が、理想の社会を創るためのシステム化を目指すのに対して、日本では「身近な幸せ」が重視される。「日本人の悩みはほとんどが人間関係」という調査を見たことがあるが、裏を返せば、日本人は身近な関係者と楽しくやれていれば大抵満足する。
日本で起業が少ないのはなぜか？日本にシリコンバレーができないのはなぜか？日本でFANGが出ないのはなぜか？という議論が何十年も繰り返され、制度もそれなりに整備されてきたが、根本にある「日本型資本主義の精神」がそれを求めてないのだから、上辺だけ変えても無理だろうと思えてくる。
むしろ、「それで幸せなんですか」と違った問いかけをすることこそが世界の中での日本の存在意義を高めるのではないか。人的資本を重視し、自然と共生しながら、そこそこ経済的繁栄を享受する。それがSDGだろう。
言い換えれば、西洋の資本主義の精神が、理想の社会を創るためのシステム化を目指すのに対して、日本では「身近な幸せ」が重視される。「日本人の悩みはほとんどが人間関係」という調査を見たことがあるが、裏を返せば、日本人は身近な関係者と楽しくやれていれば大抵満足する。
日本で起業が少ないのはなぜか？日本にシリコンバレーができないのはなぜか？日本でFANGが出ないのはなぜか？という議論が何十年も繰り返され、制度もそれなりに整備されてきたが、根本にある「日本型資本主義の精神」がそれを求めてないのだから、上辺だけ変えても無理だろうと思えてくる。
むしろ、「それで幸せなんですか」と違った問いかけをすることこそが世界の中での日本の存在意義を高めるのではないか。人的資本を重視し、自然と共生しながら、そこそこ経済的繁栄を享受する。それがSDGだろう。
日本資本主義の特性：ものづくりへのこだわり、人的資本の重視、関係依存的取引の選好〜江戸時代以前に主たる淵源をもつ。西洋の資本主義：プロテスタンティズムに淵源をもつ、禁欲的な職業精神と功利主義的な公共の厚生を重視する姿勢が、その大量生産資本主義の精神的バックボーン。現在の世界は、それぞれの経済が独自の資本主義の精神を持って西洋由来の資本主義的制度を運用するという、異種資本主義の精神の相克、協調、共存の時代になている。仏教的伝統とキリスト教的伝統万物を創造した絶対神をもつキリスト教では、救済するかしないかは神の判断によるため、人々は神の栄光に尽くすことで救われる可能性を高めようとする。これに対して、絶対神を持たず、悟りによる救済がなされる仏教では、救済は個人の迷いを脱するための自助努力に任される。このため、キリスト教的伝統に立つ経済では救済を求める気持ちから、神の創造したもののなかの最高傑作である、全体としての人類や公共世界への貢献が強く意識されるようになったのに対して、日本の仏教的伝統に立つ社会では、輪廻における業報の苦しみから脱却し、悟りを得るために、業や報いにかかわる身近な他者や身近な生命が重視されることとなった。＊西洋の資本主義の精神が公共への関心と神に対する奉仕としての労働と自然の征服を目指すのに対して、身近な他者との調和、人的資本の重視および自然との共生こそが日本資本主義の精神である。＊＊仏教的、文化的世界観の上に多面的な価値の伝統を形成してきた日本の資本主義の精神の発信は、これからの世界の資本主義のあり方に大きな意味を持つ。日本の伝統は、企業統治にかかわるステークホールダー社会や大量生産にかかわる勤勉な「ものづうり」のみにあるのではない。それを生み出してきた総体としての世界観と人間観に立つ資本主義の精神こそが意味を持つのである。そして世界観・人間観の異なる西洋や東アジアの資本主義との融合・融和により世界経済の調和を図ることにおいて、幕末維新以来意識的に追及してきた日本の経験が大きな役割を果たしうるし、そこに日本が主導的な役割を見いだす必要がある。
2019年03月24日
言語の語り方
第1章は「言語の語り方」。と言ってもこの本、第1章でほとんどが占められている。
ユダヤ・キリスト教「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった」（ヨハネの福音）
日本「やまとうたは、人のこころをたねとして、よろづのことのはとぞなれりける」（『古今和歌集』）
これ本当にマネジメントプログラムなのだろうか
34：人間の活動領域�＿礎揚獣任魎泙鵑逝侶賄�な言説（思想、宗教）��知恵（事実判断を含むサイエンス）�５桟檗Ε◆璽函瞥�由は分からなくても、人の役に立つこと）�の蓮平佑鮟召錣擦詢蓮�58：日本のプラグマティズム鶴見俊輔が、戦後日本の民主主義を作るうえで重視したのは、綴り方運動。自分たちの気持ちを表現できるようになって、日本の民主主義の礎が作られる。67：西洋語のデモクラシーを漢語で表現した「民主主義」はどこかうそくさい日本の伝統に即した自然な秩序は、和語でしか表現できない。86：骨のある日本語福沢諭吉も夏目漱石も、漢文脈の知識を持っていて、それを欧米語にぶつけて対決する中で生まれた言葉。中江兆民はフランス語とぶつかってそれをあらためて漢文に翻訳。今は村上春樹が米語を導入して、日本語の文章を変えようとしている。134：ヘブライ・キリスト教的言語「創世記」1-4章 創造と原罪の物語�／世聾世辰��⊃生世料和ぬ仁瓠峺�あれ」��そのようになった（実現の定型句）「光が成った」�ぜ存修龍饌療�描写「神は光と闇の混合を分けた」�チ和い悗了身�「神は光を見て善美とされた」�ζ�数計算「以上が第一日目である」136：神名「エヒイェ・アシェル・エヒイェ」（わたしは在る）「出エジプト記」で語られる神名と、そこから展開する思想エヒイェロギア151：石牟礼道子「アニマのくに」明治天皇制が、名もなき神々、地方のほこらに祭られている神々を国家神道に吸収した。明治以降に皇室祭祀をふやし、官国弊社を整脩し、天皇を中心に神々をヒエラルキー化し、神道を形成し、日本から古来のアニマを封じ込めた。154：西田幾多郎「場所的論理と宗教的世界観」「宗教は心霊上の事実である」「色が色として目に現れるが如く・・・神は我々の自己に心霊上の事実として現れる」「絶対の神は自己自身の中に絶対の否定を含む神、極悪にまで下り得る神」「真に神の絶対的自己否定とは、悪魔的世界でなければならない」例）神がアブラハムに唯一の子イサクを焼き尽くす献げ物として献ぜよ（「創世記」22)
2019年03月23日
世界の語り方
東大にはビジネススクールはないのだが、エグゼクティブ・マネジメント・プログラム（東大EMP）はある。2008年10月、リーマン・ショックただ中で創設された。昨年10周年を迎えて、その記録として出版されたのが本書（１・２）。
東大EMPが目指すのは、「社会的想像力をより豊かにすることによって、システムとしての社会をデザインし直し、マネジメントし直し、日本はもとより、人類社会の未来に貢献すること」と大きい。さすがは東大である。
目指しているところが大きいから、やっていることも「すぐに役立つ」とは一線を画している。「本質を捉える」ことを重視し、「『本質』という概念それ自体がどのような歴史的・学問的文脈で構成されたのかまで問い直すことを要求する」という。東大教養主義ここにあり、だ。
そのように「関与する知」のためには適切な道具が必要。「物事をさまざまな倍率で分析し、比較し、さらには感じ取るための道具」で、それを「教養・智慧」と言ったり「新しい常識」と言っている。
私たちが通常あまり疑うことなくそれを生きている常識、すなわち「自然な見方」に抵抗し、モノの見方を自然化するプロセスまで見通す道具。その道具は、古来繰り返し問われてきた難問（心とは何か、存在とは何か、言語とは何か、倫理とは何か、等々）を新しく語りなおすことによって、磨かれていきます。
2019年03月22日
存在戦略３「時空を制する」
「SNSはネットワークを制するプラットフォーム」とし、FacebookやLINEの強さを、「時間だけでなく、人と人とのネットワークを制するプラットフォーム」だからとする。先進国ではFacebookの伸びが止まったとはいえ、世界中の人口の1/3、23億人が利用する最強のプラットフォームである。
278：アマゾンは韓国を攻略できないアマゾンは、日本で行ったヤマト運輸との提携によって全国配送を可能にするような物流ネットワークの構築を韓国では行えないでいる。280：SNSはネットワークを制するプラットフォームソーシャルメディアが時間だけでなく、人と人とのネットワークを制するプラットフォーム。ソーシャルメディアの時代、企業が、企業単位ではなく、個人単位でネットワークを拡張し、自らがそのネットワークのハブとなることが、イノベーションを主導し、ディスラプターとして君臨する上で、極めて重要。308：ブロックチェーンが塗り替える経済空間これまで「国」や「権威」といったものが、中央集権的に「信用」を担保していたのに対して、その「信用」を分散化した個々のネットワークで担保するようになる。316：「価値創造者」と「価値消費者」「価値消費者」が不幸であるとは必ずしも言えない。映画『マトリックス』の培養液に浸された人間のような存在。
2019年03月21日
海外売上を伸ばすゲーム会社
祝日の今日、Klab株主総会へ。まず、こうやって休日に総会を開催してくれるのは嬉しい。会社にとって総会開催は仕事だから、99%の会社は平日開催。だが、それでは出席できるのは現役引退したシニア株主ばかりになる。機関投資家は個別に説明を受けていたり、アナリスト説明会で聞いているから総会に出ることはまずない。
肝心の業績だが、前期決算は売上高、営業利益とも過去最高
だが、特別損失9億円が響いて、純利益は▲16.5%の25億円そして、今期のガイドラインがさらに減益だったため、株価が低迷している
ゲームが複雑化・高度化するとともに、開発費が膨張しているのがオンラインゲーム業界全体の悩み。Klab創業者の真田社長曰く、「ガラケーの時代は開発期間半年で3000万円、10年前にスマホになって開発期間が1年掛かるようになり開発費が1億円を超え、現在では2年で5億円。10億円以上かかることも珍しくなくなった。」
昔は、β版でリリースし、使ってもらいながらバージョンアップでバグ修正していくということもできたそうだが、ユーザー評価の影響が大きい現在では、一度悪評がつくと2度と浮かび上がれない。最初から完成度が高くなくてはならず、そのために、Klabも昨年リリース予定だった新作を延期した。
それだけの資金をかけて開発しても、ヒットするとは限らない。失敗すれば開発費を回収できないまま、特別損失を出して償却することになる。
Klabの掲げている戦略は以下の通り。
��Japanese IPs（有力IPの獲得）
��Global Growth（グローバル展開の強化）
��Original Creations（自社IPの創出）
「有力IPの獲得」は、人気マンガやアニメなど既にあるコンテンツを基にしたゲーム制作。ファンのベースがあるので、ある程度着実な売上が見込める。
「グローバル展開」は、ゲームを多言語化して海外で売っていくこと。ゲームの開発費は同じで、売上が増えれば利益率は高い。日本のマンガ・アニメは世界で人気なので、�，箸料蠑荼�果が出せる。
「自社IPの創出」は�，箸鰐圭癲��，和昭�IPなので、ロイヤルティー支払が必要。売上が見込める代わり、利益率は落ちる。��では、失敗作の回避はできない。ゲーム制作会社なので、自社IP創出が、製作陣のモチベーションアップのために必要ということか。
直近四半期の海外売上高比率は40%に達しているそうで、これは上場ゲーム会社随一だろう。この特徴を活かして、「海外展開まで考えるなら、Klabにゲーム制作を任せたほうがいい」となれば、�，帽弩イ垢襦Ｅ�然、コンテンツを持つ会社にとっても、全世界からロイヤルティーが入ることになり、収入が増える。
私なら、製作部門を切り離して外注先の一つにしてしまい（固定費の大幅削減）、本体はゲーム「グローバル展開」のマーケティング＆現地化専門会社にしてしまうだろう。そうして、売上高利益率を落としてでも確実に儲かるようにする。固定費が落ち、業績が安定すれば自己資本比率を落とせる。結果、ROEは高くなるはず。
2019年03月20日
生存戦略２「存在価値を見定める」
シリコンバレー企業にあって、日本企業にないものは、Mission Statementだという。多くの日本企業は「経営理念」を掲げる。しかし、その多くは、誰にも反対されないような「いいこと」を並べてあるだけで、その企業としての「存在価値」が感じられない。「本音と建前」という言葉が頭をよぎる。
筆者が、数少ない日本企業のMission Statementとして挙げるのが、Softbankの「情報革命で人々を幸せにする」。外から見ると、節操がないように見えるかもしれないが、すべてはSBのミッション・ステートメントに則ったものなのだ。
興味深いのが、総合商社の存在価値を挙げているところ。商社不要論が言われてから何十年にもなるが、未だに隆々としている。その存在価値とは、「自らが持つ機能を有機的に組み合わせ、情報収集から企画・立案、資金調達、原料・資材などの調達、建設受託、販売先の開拓まで行うオーガナイザーとしての機能」で、「目利き」「見立て」「リスクヘッジ」という価値を提供しているという。
日本独特の形態である総合商社は、海外投資家からも理解されず、「コングロマリット・ディスカウント」で株式市場での評価も低い。商社が正当な評価を得るのはいつの日か
126：シリコンバレー企業にあって、日本企業にないもの〜Mission Statementどのような価値を世の中にもたらすかという視点日本企業は自らの存在価値＝Value Propositionに無頓着Softbank：情報革命で人々を幸せにする外から見ると、節操がないように見えるかもしれないが、すべてはSBのミッション・ステートメントに則ったもの。155：総合商社の存在価値〜Organiser自らが持つ機能を有機的に組み合わせ、情報収集から企画・立案、資金調達、原料・資材などの調達、建設受託、販売先の開拓まで行うオーガナイザーとしての機能。「目利き」「見立て」「リスクヘッジ」という価値を提供。＊「自分ならではの提供価値」と自分以外の「他者が求めている価値」の両方を満たす価値176：Twitter「自由に発言できる」という存在価値機能面でTwitterが独特なのが、オープンネットワークで投稿された言葉を「検索」して探すことができること。
2019年03月19日
生存戦略１「人間中心に考える」
本書は「生存戦略」として葉村氏があげる三つの順に展開していく。１は「人間中心に考える」。
最強の思考法は「デザイン・シンキング」であるという。デザイン思考では、「共感」→「問題定義」→「創造」→「プロトタイプ」→「テスト」という過程をたどる。これは、デザイン業界では昔から行われていた手法で、ディスラプター企業にはデザイン出身者が多いという。63：画像認識できる「眼」は、カンブリア大爆発に匹敵する進化「眼の誕生」が生命史において最初で最大のディスラプションを引き起こした。人間と生物を分ける大きな違いが「言語」の獲得。人類の飛躍的進化が「文字」の発明。＊ディスラプションに抵抗してもムダ。それを先導するか、それにうまく乗っかるかして、利用した者だけが勝者となり生き残ることができる。77：最強の思考法~デザイン・シンキング1 Empathize 相手が感じている問題意識に「共感」2 Define インサイトを探り、解決すべき「問題」をユーザー視点で「定義」3 Ideate 発散思考を用いて、問題解決するためのアイデアを「創造」4 Prototype 受容度を確認するために、必要最小限の機能が装備されたレベル「プロトタイプ」5 Test プロトタイプを実際に使ってもらってユーザーの反応を観察し、問題点や改善点を明らかにする。100：ディスラプター企業に多いデザイン出身者Airbnb、Kickstarter、Instagram、Pinterest、WeWork
2019年03月18日
新旧激突時代を生き抜く生存戦略
LINE執行役員（広告戦略担当）の葉村真樹氏による新刊（といっても昨年出た）。葉村（変わった名前だ）氏は、富士総合研究所(現みずほ総合研究所）、博報堂を経て、これまでGoogle、ソフトバンク、Twitterで要職を重ねてきたエリート。
CNBC Disruptor 50では、2017年上位にランクされたのは、Uber, WeWork, Airbnb, Spotifyであったという。因みに、2018年のTop4は、SpaceX、Uber、Airbnb、Didi Chuxing(中国）であった。日本でも、ファション業界のパイが縮小する中、ユニクロやZOZOTOWNは売上を伸ばし続けている。
ディスラプター誕生の陰には技術進化があるという。��Information、��Mobility、��Energy。これは人類史上不変と言ってもいい。
「勝者と敗者を分けるもの」に独自色があっていい。
ディスラプター誕生の陰には技術進化があるという。��Information、��Mobility、��Energy。これは人類史上不変と言ってもいい。
「勝者と敗者を分けるもの」に独自色があっていい。
プロローグ5：2017年8月1日スタートトゥデイ時価総額1兆円突破2007年12月マザーズ上場時時価総額319億円2017年3月期 売上高763億円6：CNBC Disruptor 502017 Uber, WeWork, Airbnb, Spotify8：ディスラプター誕生の陰には技術進化��Information��Mobility��Energy10：勝者と敗者を分けるもの�／祐崔羶瓦帽佑┐���存在価値を見定める��時空を制する
2019年03月17日
『東京日記』に唯ひとり実名入りで登場する日本人「画学生保田」
周の家は貧しく、日本への留学どころか中国での進学も難しい状況だった。彼の才能を見込んで支援したのが天津の南開学校の創設者であった厳修。在学中は全学で唯一の奨学生であり、特等の成績で卒業したという。
厳修の息子で南開学校の同級生でもあった厳智開は卒業後、日本に留学して東京美術学校に入学していた。そこで、厳修は周恩来にも日本留学を勧め、そのための渡航費を出してくれたのだ。
厳修の息子で南開学校の同級生でもあった厳智開は卒業後、日本に留学して東京美術学校に入学していた。そこで、厳修は周恩来にも日本留学を勧め、そのための渡航費を出してくれたのだ。
コラム４に「画学生保田」というのがある（p112）。「東京日記」に唯ひとり実名入りで登場する日本人がこの「画学生保田」。
2月2日：今朝、李衡（厳智開の字名）、日本人の保田君と食事をする
2月6日：日本語と英語を交えて保田君と話す。さらに、かれが私の像を描く
厳智開は保田重右衛門と美大の同級生で、親しかったらしい。周恩来が来日した頃、厳智開は保田のアトリエのある霊梅院(谷中墓地）に寄宿していた。厳智開が2月早々に帰国して、アメリカ留学に向かうことになり、霊梅院のその部屋に入ったのが周恩来というわけだ。
この二人は、のちにパリで再会したという。大正9年（1920)夏、保田はパトロンを得て渡欧し、大正12年秋に帰国するまで、パリで絵画修業。帰国して南開大学に在籍していた周恩来も、ふたたび厳修らの援助によって、1920年10月にパリ留学の途につく。
保田重右衛門明治24年(1898)和歌山県那賀郡龍門村荒見生まれ。小学校代用教員時代に画家を志し、大正元年東京美術学校に21歳で入学。大正7年2月当時、保田は27歳。周恩来より7歳年上で、大正6年3月に美大を卒業。卒業後も谷中の寄宿先（霊梅院）にとどまって作品制作を続けていた。美大時代から霊梅院裏手の納屋を改造し、手製のアトリエに仕立てていた。すでに気鋭の新進洋画家。このアトリエに周恩来を引き入れたのは、美大で保田と同級の厳智開（李衡）。厳智開と周恩来は南開学校の同級生で、周恩来の日本留学のための渡航費を出してくれたのは、厳智開の父・厳修(南開学校の創設者）。この厳智開は、保田と親しかったらしく、周恩来が来日した頃、保田のアトリエのある霊梅院に寄宿していた。その厳智開が2月早々に帰国して、アメリカ留学に向かうことになり、霊梅院のその部屋に入ったのが周恩来。この二人は、のちにパリで再会。大正9年（1920)夏、保田はパトロンを得て渡欧し、大正12年秋に帰国するまで、パリで絵画修業。帰国して南開大学に在籍していた周恩来も、ふたたび厳修らの援助によって、1920年10月にパリ留学の途につく。周恩来は、このパリ時代に、中国共産党に入党。英語版の「共産党宣言」「空想から科学へ」「国家と革命」などをむさぼり読んだ。保田龍門は、帰国後、故郷和歌山にアトリエを開き、のちに和歌山大学教授。後進の指導をしながら、関西画壇の重鎮として長く活躍。日中国交正常化(1972)を待つことなく、1964年、病没。コラム５「周と読書」159：帰国後の周恩来は、天津の五四運動において指導的役割を果たし、9月には南開学校だ医学部に入学。翌20年、デモ隊を指揮して逮捕され、生涯で最初で最後の入獄。日本で大正デモクラシーも息吹に触れ、五四運動・獄中生活を経て、ヨーロッパ留学でマルクス主義の洗礼を受けた周恩来は、1921年23歳で中国共産党に入党。以後、現代中国に至る困難な道を、不世出の宰相・調整役として歩きとおす。
2019年03月16日
革命か、勉学か
1918年、19歳の周恩来は、官費留学生になって日本で勉学すべく、東京で浪人生活を送っていた。結局、受験に失敗して（初年度：東京高等師範学校、2年目：一高）失意のうちに帰国し、祖国の革命運動に身を投じていくのだが、「この1年数か月の東京滞在経験が、その後の日中友好・親善に果たした役割ははかり知れないほど大きい」（裏表紙案内）。
誰にでも覚えがある悩める青春の記録としても共感できるし、後に革命家となる青年の関心や問題意識がどこにあったかの記録としても興味深い。そして、大正デモクラシーの帝都の様子がどうだったかも留学生の目を通して楽しめる。
当時、中国からの留学生は多かった。本書のコラムによれば、中国からの留学生が本格的に日本に来るようになったのは日清戦争（1894-95）以降。以降、急速に増加して、日露戦争後の1906年には少なくとも8000人以上（一説には2万人）の中国人留学生が滞在していたという。この頃の留学生には、孫文(1899）、魯迅（1902)、周作人兄弟など錚々たる面々がいる。
留学生が日本に殺到したのは、次のような理由がある。
�ゞ瓩い里如⇔紅颪�安く済む。行き来がしやすい。
��日本語は漢字を用いるので、書き言葉が理解しやすい。
��西洋文化のエッセンスは、日本に移入されている。
また、一高、東京師範など難関の指定校に合格すれば、中国政府から官費留学生として学費が支給される制度があった。このため、「まず日本に私費で渡ってから日本語など基礎教養を学び、しかる後に大学を受験しようという、いわゆる予備学生が神田や早稲田にはあふれていたのである。周恩来の学んだ東亜高等予備学校は、こうした中国人留学生のための受験予備校の代表的な存在であった」という。
勉学か革命か──悩める帝都の青春日記。80年ぶりに発掘された19歳の周恩来による東京滞在日記(1918、大正七年)を全文収録。浅草オペラ、上野美術館、銀座大型百貨店、神田書店街、両国の相撲、そして次第にエスカレートする留学生運動と受験失敗……。若き周恩来は果たして東京で何を見て、何を経験したのか? その後の日中友好関係を築く原点ともいうべき一年間を、充実した解説コラム、詳細年表、写真、地図付きで活写する。
2019年03月15日
「国民国家」の時代
「反西欧のための欧化」というのが明治政府の政策を端的に表していて面白い。明治政府はそのルーツからして「尊王攘夷」であり、徳川幕府が「勝手に」結んだ「不平等条約」に対する反発から討幕運動が起こった。
にもかかわらず、明治になると「条約改正」のためと言いながら、洋服を着て、ダンスを踊る。いつしか、手段は習慣となり、定着する。明治憲法も天皇制も当時の西欧列強の影響を強く受けた「世界史の産物」であるというのが興味深い。
第�蕎蓮 峭駝厩餡函廚了�代１ ビスマルクの「平和」とアジアの「1875年」98：ヨーロッパ「国民国家」間の均衡とアジア世界的な緊張関係のアジアへの移動は、いくつかのルートを通じて進んだ。第一は英露の「グレート・ゲーム」であった。ビスマルクは、英露がアジアで対立し続けることを望み、それを促進した。アジアでの衝突の可能性がなくなるとロシアは西の国境での軍事的脅威を強化するであろう、ドイツがロシアと紛争を起こせば、フランスがすぐにアルザス=ロレーヌの回復を画するだろう。106：岩倉使節団1873年帰国『特命全権大使 米欧回覧実記』1878米英仏は日本の学ぶ余地のない「大国」ベルギー、オランダ、デンマーク、スイス、チェコ、ハンガリーなど小国には強い関心ヨーロッパの小国は、領土こそ小さいが、大国の間にあって「自主の権利」を全くし、その「営業の力」は大国の上をさえ行くと評価。112：東アジアの「バルカン化」朝鮮と台湾と琉球を踏み台に日本中心の東アジアの新体制が成立。日本は「アジアとの連帯」という道をとることを放棄。世界史のこの時期の「傾向」であって、それが日本によって、東アジアに「土着化」された。２ 露土戦争と「ベルリン条約体制」121：グレート・ゲームの展開中央アジアでは、露土戦争終結後、ドイツが関与するようになったこともあって、1874年から1885年までのあいだに、グレート・ゲームはクライマックスを迎える。128：福沢諭吉『時事小言』（1881）啓蒙主義と決別中国と朝鮮を日本の指導下に文明開化するという「アジア盟主論」135：日本の憲政への道明治政府は、まずフランス流の民権派である西園寺ー中江の系統を攻撃し、ついで大隈ー福沢のイギリス流の議会派を政府から追放し、最終的に岩倉ー伊藤ー井上毅のプロシア流の君兼派の主導権を確立した。言い換えれば、日本の政治はヨーロッパの政治のなかのいくつかの選択肢から選ぶという形で展開した。３ 「西アフリカ」から清仏戦争へ144：「脱亜論」（1885）「今日の謀を為すに、我国は隣国の開明を待て共に亜細亜を興すの猶予あるべからず、寧ろその伍を脱して西洋の文明国と進退を共にし、其支那朝鮮に接するの法も隣国なるが故にとて特別の会釈に及ばず、正に西洋人が之に接するの風に従て処分すべきのみ。・・・・我は心に於て亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり」（福沢諭吉全集10）４ 「アフリカ大反乱」とアジア159：世界史の産物としての明治憲法ロシアやオーストリアの皇帝は古い儀式によって権威を保持しているという認識から、日本の天皇儀礼も整備された。（牧原憲夫）つまり反西欧のための欧化。そういう意味では、明治憲法も「天皇制」も世界史の産物。「東アジアの束の間の平穏」の中で、日本は世界の諸思想と諸制度を吸収しつつ、独自の体制を準備した。
2019年03月14日
19世紀世界の中の日本
19世紀といえば、日本では幕末から明治時代にあたる。外圧の中で開国し、それに対する批判から攘夷運動が日本列島を席巻した。その先端に立った長州と薩摩は日本で初めて西洋と戦火を交える。その威力を知り、中央集権型の「国民国家」を目指すというのが19世紀の日本史。
「国民」と「国民国家」の形成という19世紀世界史の基本的な動向が日本列島にも貫徹して、人々を「日本国家」の形成という鋳型の中にがっちりと嵌め込んでいった。それは同時に、人々が「日本国民」という意識を自らのものとして受け入れていく過程でもあった。
どうして、日本だけが当時アジアで唯一近代化に成功したか？識字率が高かったとか、経済活動が盛んだったとか内的な要因もあるが、そこに「幸運」もあったことは間違いない。
当時の欧米は「帝国主義」の時代。世界の諸地域が文字通り有機的なつながりを持った世界史が形成され始めた時期だ。
国際関係の面でいえば、あたかも「ゴム風船」のように、世界のどこかの部分で緊張が高まれば、ほかの部分で緊張が緩和され、そしてどこかで緊張が緩めば、必ず他の部分で緊張が高まる。（江口朴郎「第一次世界大戦前史概説」1949）
そして、「1864年の太平天国の乱鎮圧、四国連合艦隊長州攻撃から以後、84年の清仏戦争に至る間の約20年間は、東アジアでの直接的な外圧は、相対的に緩んでいる」（1960年代歴史家の遠山茂樹『明治期日本の発展における外的契機の意義』）だったのだ。
インド大反乱や太平天国の乱に代表されるアジア諸国民の抵抗の影響、欧米資本主義国内における民衆の政治的発言力の強化のほか、列強対立の主舞台が、ヨーロッパ内部、バルカン、中近東にあり、植民地獲得の主方向は、日・中・朝三国の外側周辺のアジア地帯及びアフリカにあった。
こうして、日本は、欧米列強の過剰な干渉を受けることなく、明治維新を成功させた。昨年の大河ドラマ「西郷どん」では、徳川慶喜が「官軍」と戦うことなく、敵前逃亡のように大坂から江戸へ脱出した理由を、「欧米列強に介入させないため」という解釈を取っていたが、本当はどうなんだろう。
第�犠蓮（儚廚了�代１ アヘン戦争とヨーロッパの「改革」30：アヘン戦争と日本アヘン戦争と清国敗北の知らせは、長崎にやってきた中国船やオランダ船を通じて直ちに日本に伝えられた。(中略）1840年12月に長崎奉行が唐通詞に作成させた「唐風説書」は、有害アヘンを売りこむことを目的にしたイギリスの政策と、これを厳禁しようとする清朝の政策が、ついに正面からぶつかり、交戦となったといった内容を知らせていた。清朝に正義があるも、軍事力はイギリスが優位であることが知らされていた。２ ヨーロッパの「1848年革命」とアジア35：ヨーロッパ「諸民族の春」1848年革命は、1846年のポーランド蜂起から始まっている。ハプスブルク帝国内のクラクフで起きたポーランド貴族の、農民をも巻き込んだ対露独立蜂起は、ロシアの「東方」への関心の間に生じたものであった。この蜂起は、1847年のスイスの革命を経て、1848年になると、フランスの二月革命を皮切りに、三月を中心として、大陸ヨーロッパ各地での「諸民族の春」へとつながった。37：緊張の緩和したアジアへの英米の侵入このヨーロッパでの1846-1849年の緊張関係の間、アジアでは緊張は緩和することになった。ヨーロッパ大陸諸国は、1848年革命に直接間接に関係していたから、ひとりイギリスがアジアに進出できた。ライバルのロシアはこの時期、ヨーロッパに関心を向けていて、ハプスブルクと連携してハンガリー革命に干渉したりしていたので、アジア方面へは力を注げなかった。革命後のフランスもその余裕はなかった。イギリスは1840-42年のアヘン戦争期に手控えざるを得なかった西アジア中央アジアへの進出の遅れを取り戻し、インド、中国の支配を強化しようとした。３ クリミア戦争とその裏側のアジア45：太平天国の乱世界史的には、アヘン戦争以後のヨーロッパの侵入による中国社会の変化に対する民衆の抵抗運動であった。運動はまずは太平天国と清朝の対立であり、その意味で「革命」であった。建都後は、その「変革性」を喪失していって、内部で腐敗と内部対立が顕在化し、ついには妥当されてしまったとはいえ、太平天国は「清朝に正面から対峙した本格的な政権」であった。４ 「アジアの大反乱」とその影響57：クリミア戦争後の列強のアジア進出クリミア戦争後、英露の対立はイランからインド方面へ移動し、ここに「グレート・ゲーム」が本格的に始まった。ロシアは、早くも戦争中の1854年からヒヴァへの再度の進撃を始めて、ヒヴァにロシアの「宗主権」を認めさせていた。そして戦争が終わると、そこを超えてインドを目指すようになった。62：インド大反乱（1857年5月）イギリスの綿製品のためにインド在来の綿製品は成り立たなくなり、インドはインディゴ、原綿、アヘンなどの輸出国に変わっていき、手工業を中心とした共同的社会が大きな被害。同時に、イギリスは、英語の公用語化、学校制度の整備、西欧的知識や価値観を広め、この「西欧的価値の押し付け」は、宗教関係者や知識人の不満を高めていた。そういう状況の中で、傭兵の反乱が起きて、それが「大英帝国」対「ムガル帝国」の闘い、つまりインドの独立闘争へと発展した。67：「アジアの大反乱」に支援された日本の「積極的開国」日本はこの「アジアの大反乱」に側面支援を受けて、外国の武力介入なしに「積極的開国」と「維新」を準備することができた。そのために1853年に始まり1868年まで続く「15年間」を使うことができた。５ ヨーロッパにおける「国民国家」形成とその影響86：世界史の産物としての明治維新1863年8月の薩英戦争でイギリス海軍が早期撤退したのは糧食や「十分な軍事力がない」という海軍提督の判断。←太平天国の乱・アメリカ南北戦争1867年のイギリス海軍力は中国と北米に集中
2019年03月13日
テクノロジーによるディスラプションの歴史
大前研一が『地域国家論』を著したのが1995年。バブル経済崩壊間もない頃。それは当時成長著しかったシンガポールやシリコンバレーの状況にヒントを得ている。どちらも「開かれた地域国家」で、国の規制や助成から離れたところにある。
20世紀に栄えた「国民国家」は、民主主義であるがゆえに、政治的な影響が優先され、経済合理性は二の次にされる。選挙では勝たなければならず、国民の歓心を買わなければならない。そして、ほとんどの国民は現在の自分の生活にしか興味がなく、バラマキ政策の中長期的な副作用には無関心だ。
結果、国民国家は衰退し、「地域国家」が21世紀のモデルになるとした。GAFAなど、1社で多大な経済力を持つ企業がどこに本社を置くか。それ次第で、地域の繁栄が大きく違ってくる。
例えば、Facebook従業員23,000人の年収中央値は2600万円。この従業員にはパートも含まれているから、正社員の中央値では3000万円を超えるだろう。年収3000万円なら、所得税は1000万円程度になる。1000万円の所得税を払う住民が1万人いたら、1000億円の税収となる。
因みに、香川県の県税収入は1230億円で、地方交付税交付金が1080億円である。県民は96万人だ。
67：talking telegraph1876年、アレキサンダー・グラハム・ベルと彼のパートナーは電話の特許を取得した。当初それは「会話電信」と名付けられ、彼らは特許を総額10万ドルで売ろうとWestern Unionにもちかけた。が、コミュニケーション独占を確立していた同社は、新しいテクノロジーへの投資よりも高配当がより重要だという意思決定を下し、申し出を断った。81：ロケット技術終戦を迎えると、ソビエト社会主義共和国連邦と米国は、ドイツの兵器研究に関する情報を可能な限り入手しようと飛びついた。ドイツ軍崩壊に至る最後の日々の中で、ソ連軍と米軍は、V2ロケットや同種の取り組みに携わったあらゆるロケット科学者を捕らえようと手を尽くした。捕まった科学者たちが最終的に与えられたのは、移住して米国とソ連のロケット計画で働くか、一生を牢獄で過ごすかという選択肢だった。(中略）フォン・ブラウンが率いたチームが、巨大なサターンV型ロケットをつくり上げ、それがアポロ宇宙飛行士を月へと運んだ。101：コンピューター・テクノロジーの進歩が雇用成長の停滞の大きな背景デジタル時代がもたらず仕事や富の配分は、地理的に、そして人口構成的により集中する。MSが雇用する12万8000人のうち4万人以上が本拠を置くシアトル。Amazonが営業する66ヵ国のうち、Amazon社員の90%以上が6ヵ国にいる。
2019年03月12日
拡張時代の雇用とビジネス
続いて、「拡張時代の雇用とビジネス」。拡張時代の「敗者と勝者」である。
個人的に望むのは、政府のAI化。民間企業と政府の違いは、民間企業は顧客を選べるが、政府は市民を選べないこと。そこに非効率の核があるのだが、「AIが政府を運営すれば、人間主導の運営よりもコストが劇的に低下して効率的となるため、政府はより社会主義的政策傾向を強める」という。
「拡張の世紀」では、テクノロジーを創造できる人と、テクノロジーを利用できる人と、テクノロジーに搾取される人の三種類に分かれると言われる。その萌芽はすでに顕著で、インターネットが普及して以来、世界中で所得格差が開いている。
全国民に生活ができる所得を保障するベーシックインカムも現実味を帯びる。予算の問題が言われるが、現状の社会保障は複雑で、重複が多い。下手をすると、生活保障を受けたほうが生活が楽になる現実がある。ベーシックインカムを導入する代わり、さまざまな生活保障措置や負担免除を無くしたほうがすっきりしそうだ。
個人的に望むのは、政府のAI化。民間企業と政府の違いは、民間企業は顧客を選べるが、政府は市民を選べないこと。そこに非効率の核があるのだが、「AIが政府を運営すれば、人間主導の運営よりもコストが劇的に低下して効率的となるため、政府はより社会主義的政策傾向を強める」という。
「拡張の世紀」では、テクノロジーを創造できる人と、テクノロジーを利用できる人と、テクノロジーに搾取される人の三種類に分かれると言われる。その萌芽はすでに顕著で、インターネットが普及して以来、世界中で所得格差が開いている。
全国民に生活ができる所得を保障するベーシックインカムも現実味を帯びる。予算の問題が言われるが、現状の社会保障は複雑で、重複が多い。下手をすると、生活保障を受けたほうが生活が楽になる現実がある。ベーシックインカムを導入する代わり、さまざまな生活保障措置や負担免除を無くしたほうがすっきりしそうだ。
敗者：�‖腟�模エネルギー産業・超安価の代替エネルギー・スマートグリッド・電気自動車・エネルギー貯蔵システム��大手ヘルスケアおよび製薬産業新しいヘルスケアビジネスの競争力とは、データー、エンジニアリングそしてモデルであり、化学、特許薬、手術室の空き時間ではない。��小・中規模カレッジと大学学生ローン負債、失業、大学院研究の有効性低下等によって、高等教育、特にビジネススクールの大幅な統合が起こる。拡張世代が、外国人学生に開かれたより低額の授業料を提示する国へと移動するか、ネット上のMOOCに参加するか、あるいは単発仕事で徒弟的に腕を磨く道を選ぶようになる。�ぢ腓�な政府AIが持つ力は、法律に関するプロセスと、現在は人間と変更可能な手順と政府お決まりの非効率性が支配的な資源配分に関するプロセスの双方を大幅に削減可能だ。AIが政府を運営すれば、人間主導の運営よりもコストが劇的に低下して効率的となるため、政府はより社会主義的政策傾向を強めるだろう。�ザ箙圈∧欷院�規制当局および金融一般銀行の窓口係は最大かつ急速に影響を受ける職業。モバイルによるディストリビューションを通じて経験デザインの変革。リスクモデルは劇的に変化。商品設計とコンプライアンスへのアプローチも同様。勝者：�．謄�ノロジー大手企業新しいテクノロジーに投資し続ける。Apple、Twitter、Google、Facebookに成長余地。�⊃郵�知能スタートアップ企業DeepMind(Google）、Wit.ai（Facebook）、MetaMind、Sentient Technologies、The Grid、Enlitic、x.ai等。��スマート・インフラストラクチャー自律型電気自動車製造、スマート・グリッド運営、消費者向け再生可能エネルギーと家庭用蓄電池設置、水処理と脱塩、ロボット・ドローン配送網、一般的なスマートシティ・インフラストラクチャー等。�ぅ皀里離ぅ鵐拭璽優奪�身の回りのあらゆるものがスマート化し始める。始まりは、スマート家電、スマート自動車、スマートホーム、スマートグラスといったもので、それがセンサー、画面、ソフトウェアといった私たちの周りの世界に組み込まれる。�ト�展途上国のネットワーキング20-25億人の人々がインターネットへのアクセスを得るようになる。�Τ�発者、人間とコンピューターのやり取りおよび経験デザインの実施者�Д悒襯好謄奪�とフィンテックの提供会社この二つの業界は特に、新しいテクノロジー企業が支配的に。新規企業は既存プレーヤーに取って代わり、既存プレーヤーと提携して自分たちにない中核能力を手に入れ、さらに買収されて成長し、未来のユニコーン企業となるだろう。�┯朕邑�けAI提供企業��AR、VR、AVおよびPHUD拡張視覚経験とデジタル現実の視野内への統合の領域は、非常に大きな投資と消費者普及が起こる分野となる。映画はインタラクティブな物語の世界に変身し、ゲームはますます映画のようになって、私たちは日常的に仮想世界に逃避するようになる。��エキゾチックなメタマテリアルと3Dプリンティング本質的にはスマート製造とスマート建設であり、ナノテクノロジーのような技を駆使した素材の先進的活用とセットとなるものだ。
2019年03月11日
テクノロジーによる破壊と創造
「Tech界のグル」とも言われるテクノロジー・フューチャリストBrett King による「衝撃の近未来」。
ところが、読んでもそれほど「衝撃」が無いのは、翻訳が出るまで2年掛かったからだろう。原著は2016年に出ていて、日本語版が出たのは1年前。確かに、3年前なら、これは「衝撃」だ。
序章に内容はほぼまとめられている。すでに実現した「予測」も多い。
例えば、「世界最大級の企業はすべてテクノロジー企業となる」。売上高や従業員数では兎も角、現在の世界時価総額ランキングTop10は次の通り。
��Microsoft
��Apple
��Amazon
��Alphabet（Google）
ところが、読んでもそれほど「衝撃」が無いのは、翻訳が出るまで2年掛かったからだろう。原著は2016年に出ていて、日本語版が出たのは1年前。確かに、3年前なら、これは「衝撃」だ。
序章に内容はほぼまとめられている。すでに実現した「予測」も多い。
例えば、「世界最大級の企業はすべてテクノロジー企業となる」。売上高や従業員数では兎も角、現在の世界時価総額ランキングTop10は次の通り。
��Microsoft
��Apple
��Amazon
��Alphabet（Google）
��Berkshire Hathaway
��Alibaba
��Facebook
��Tencent
��Johnson & Johnson
��JP Morgan Chase
5位のバークシャー（投資）9位のJ&J（医療）10位のJP Morgan Chase（金融）を除いて7社がテクノロジー企業と言っていいだろう。バークシャー最大の投資先はAppleだから、テクノロジー企業の恩恵を受けているともいえる。J&JやJP Morgan Chaseもそれぞれの領域でテクノロジーに投資しているわけで、全社がテクノロジーに無縁では生きていけないのがすでに現実だ。
ついでに言えば、Top10のうち8社が米国企業で、2社（Alibaba＆Tencent）が中国企業。中国経済が負のレガシーを克服できるとすれば、こうしたテクノロジー企業によってだろうし、そこにIT覇権を譲れない米国の懸念もある。米中の覇権争いがどう動くのか目が離せない。
��Alibaba
��Tencent
��Johnson & Johnson
��JP Morgan Chase
5位のバークシャー（投資）9位のJ&J（医療）10位のJP Morgan Chase（金融）を除いて7社がテクノロジー企業と言っていいだろう。バークシャー最大の投資先はAppleだから、テクノロジー企業の恩恵を受けているともいえる。J&JやJP Morgan Chaseもそれぞれの領域でテクノロジーに投資しているわけで、全社がテクノロジーに無縁では生きていけないのがすでに現実だ。
ついでに言えば、Top10のうち8社が米国企業で、2社（Alibaba＆Tencent）が中国企業。中国経済が負のレガシーを克服できるとすれば、こうしたテクノロジー企業によってだろうし、そこにIT覇権を譲れない米国の懸念もある。米中の覇権争いがどう動くのか目が離せない。
拡張時代の大予測（今後20-30年）・世界で最も強力なエネルギー複合企業は、石炭、ガス、石油のいずれにも投資しない。最大の新基純雇用は、ソーラーエネルギー向けに経済を組み立て直す場で生まれそうだ。現在のように集中的に発電したものを配電する電柱や電線はいらなくなる。・Amazonは、ドローンとロボットを商品配送に使う最初の企業となるだろうが、自動運転交通と3Dプリンティングはさらにバリューチェーンのディスラプションを推し進め、知的財産権とこうした新たな配送網へのアクセスが不可欠のものとなるだろう。・私たちの子供らは、私たちが現在所有しているものを持たなくなるだろう。所有の概念が見直されることで、資産管理の姿が変わることになるからだ。Airbnb、SocialFlight、Lyft、Sailoや他の企業は、資産共有システムの第一波に過ぎない。・世界最大級の企業はすべてテクノロジー企業となり、テクノロジーベースでないコモディティとサービス企業は今後10年間にそのシェアを急速に失っていくだろう。世界最大級の銀行は、発展途上国から出現するテクノロジー企業になりそうだ。・世界市民という呼称は、より実現が近い課題となるだろう。長期的にみれば、移民や国境管理はソフトウェアが行うようになり、旅行は第一次世界大戦以前の姿に似てくるだろう。当時の旅行はそれほど形式的なものでなく、書類なしで欧州内の国境を超えることができた。・仮想現実と拡張現実が現実となる。未来の目はフィードバックループ、コンテキスト拡張、オーバーレイ等、あらゆるものへの窓となる。・新たなアート形式が次々と登場する。ゲーム、映画、VR、ARの世界はどれも豊かに広がっており、そこではストーリーが語られ、生きられ、経験される。・個人の健康が数値でわかるようになり、ヘルスケアは動的でテクノロジーベースの産業となる。センサー、データ共有、遺伝子解析、3Dプリンティング、バイオエンジニアリング、バイオロボティクス、生体模倣の世界が、人工知能に支えられて、私たちの健康管理の方法を劇的に変革していく。・AIは友達になる。10-15年後には、日常的な接触で最も頻繁にリレーションシップを取るのは、人口の知性となるだろう。この機械知性には高度なインタラクティブ性があるが、SF上の言葉の意味どおりに感覚力や自意識があるわけではない。・教育は革命的に変化する。大学やカレッジの近代的なナレッジベースのシステムよりも、昔の徒弟制度やギルド制度。私たちがAIとデータへの常時アクセスを通じて知性を拡張すると、希少性メカニズムまたは参入障壁という意味で知識を守るのは不可能になる。しかし、スキルは入手困難な状況が続く。「拡張時代」のカギを握るのは、創造的思考と、私たちの周囲に組み込まれる新しい経験をデザインする能力だ。それは、新しいケイパビリティと、あらゆるもののスマート化と、行動予測モデリングに基づくものになる。
2019年03月10日
香川大学博物館特別展 「木村美鈴寄贈作品展」
以前、『最後の秘境 東京藝大』という本を読んだが、その中に、卒業生でも「アーティストとしてやっていけるのは、ほんの一握りで、半分くらいが行方不明」と書かれていた。天下の藝大卒でも芸術だけで食べていくのは難しいらしい。大体、「自分の好きなことだけをやっていたい」というのが芸術家だとしたら、売り込みもセルフプロデュースもできる人は稀だろう。
そのため、卒業生の何割かが大学や高校の美術や音楽教師になっているのは間違いない。安定した給与をもらいながら、創作活動も続けられるので悪くない。そうして、故郷に戻って香川大学教育学部の美術科教授をしていたのが木村美鈴先生。
2017年8月15日に亡くなられたのだが、膨大な作品が死後ご自宅で発見された。在任中も積極的に作品発表されていたのだが、それはほんの一部だったのだ。長年、教育学部で教えられていたので、画家や美術教師になった教え子も多い。教え子たちが集まって作品を整理し、昨年末に高松市内で「遺作展」が実施された。
この「遺作展」では、小作品を中心に販売され、大作は病院や学校などに貰われていったという。香川大学博物館でもまとまった数の寄贈を受け、それを展示したのが現在開催中の「木村美鈴寄贈作品展」。昨日は、「遺作展」を中心になって実施したお二人によるミュージアム・レクチャーがあり出席した。
「アーティストとしてやっていけるのは、ほんの一握り」が現実で、それは、藝大を首席（サロン・ド・プランタン賞）で卒業し、定期的に個展も開いていた木村先生でも例外ではない。場所を取るので、一部が家族や親戚に引き継がれた後は、大半の絵は捨てられるのが普通だという。
教え子たちを突き動かしたのは、病床に付した木村先生がふともらした「この絵たちはゴミになるのだろうか」との言葉だったという。
2019年03月09日
旅するゲルダ
初期戦争写真の傑作として知られる「崩れ落ちる兵士」。1936年にスペイン内戦で撮られたものだ。これまでロバート・キャパの代表作の一つとされてきた。それが、実は、キャパの恋人ゲルダ・タローが撮った可能性が高いとして世界を揺るがせたのが沢木耕太郎による『キャパの十字架』(2013）。
これで、他の写真、例えばノルマンディー上陸作戦などの有名写真については、キャパはその撮影状況について詳細に語っているが、なぜか「崩れ落ちる兵士」については沈黙を守っていた理由が分かる。キャパはこのことがバレないように、現像された写真を彼が使っていたライカに合うようにサイズを調整していた。これが、「キャパの十字架」。彼が死に急ぐように戦場を駆け巡っていた理由が分かるというもの。
さて、この短編はキャパにではなく、キャパの恋人ゲルダ・タローに焦点を当てたもの。ドイツ生まれのユダヤ人。彼女は「崩れ落ちる兵士」が撮られ発表された翌年、前線で暴走した戦車に轢かれて死亡している。「悲劇のヒロイン」として盛大にパリで葬儀が行われたが、やがて忘れ去られてしまった。
彼女は美人で、かつ強気。常に周囲の男性たちに崇拝された女性の「驕慢さ」を持っていたという。パリで幾人もの男たちと交流し、その中の一人がキャパ。その間も、ドイツで一時は婚約した年上の金持ちは手放さず、金銭的支援を受けていた。
当時フランス留学していた岡本太郎とも交流があり、岡本が著作の中でゲルダに対する恋心を明らかにしている。ゲルダのアーティスト名タローが太郎から来ていたというのにはビックリ。
316：ゲルダ・タローもまた旅する人最初に、彼女を家族の住むドイツという土地から追い立てるように旅立たせたのは、ユダヤ人としての宿命だった。そのゲルダが落ち着いたところがフランスのパリだった。しかし、パリという異郷にあった彼女をさらに旅から旅へと向かわせたのは、本名のゲルタからアーティストネームのゲルダと名乗るようになった彼女の個性だったと思われる。322：ゲルダの恋愛の特徴ボーテとの縁を切らなかったのは、ゲルダのある種の「情」の深さを表すものとも受けとれるし、人によっては、利用できるものはいつまでも手放さない利己的な行動と見なすかもしれない。ゲルダの、とりわけ恋愛関係におけるこうした二面性は、その後も死ぬまで付いてまわることになる。326：キャパにとってゲルダが「最初の人」？キャパにとてゲルダは、初めて「あなたは何者かである、何者かになり得る人だ」と言ってくれた異性なのではないか。328：二人はアーティストネームを作ることにするアンドレ・フリードマン→ロバート・キャパゲルタ・ポホリレ→ゲルダ・タロー332：その勇敢さが何によって支えられていたのかはわからない。単に野心や使命感というだけでは読み解けない一途な激しさが感じられる。それは常に周囲の男性たちに崇拝された女性の「驕慢さ」とすれすれのものだったのだろうか。それとも、ユダヤ人としての宿命が培った「負性」を持った者への透徹した眼差しがもたらしたものだったのだろうか。339：スペインで、キャパは一人で動くようになっていたゲルダと、その周囲に群がる男性たちとの関係についてはさまざまに聞かされていたことだろう。それによってキャパの心は激しく揺れ動いていたに違いない。その動揺や焦りがゲルダへのプロポーズとなった。341：「崩れ落ちる兵士」その丘には、ライカを持ったキャパと、ローライフレックスかレフレックス・コレレを持ったゲルダがいた。(中略）いくつかの状況的な証拠から、6x6のフィルムを詰めたカメラを持ったゲルダの方が、「崩れ落ちる兵士」を撮った可能性が高いようにさえ思えるのだ。342：1937年7月24日ブルネテの前線で暴走する戦車に轢かれ、翌25日に死亡（26歳）死んだゲルダは「悲劇のヒロイン」として盛大にパリで葬儀が行われたが、やがて忘れ去られてしまった。とりわけ、カメラマンとしてのゲルダについての忘却は、シャーバーが指摘するようにキャパにも責任があったかもしれない。キャパは、その最初の著作『生み出される死』という写真集において、スペイン戦争をゲルダと共同で撮ったとしていながら、どれがゲルダの作品か特定しておかなかったため、やがて紛れて、そのすべてがキャパの作品であるかのように取扱われるようになり、忘却されてしまった。歴史の中で、カメラマンとしてのゲルダは二度死んだのだ。
2019年03月08日
乱調と諧調と
大正12年（1923）の関東大震災の直後、無政府論者である大杉栄が、憲兵大尉甘粕正彦によって連行され、憲兵隊本部で虐殺された「甘粕事件」。一緒に殺されたのが、内縁の妻であった伊藤野枝と甥の橘宗一。と、ここまでは日本史で習ったので知っていた。
全く知らなかったのが、伊藤野枝という人物。彼女を主人公に小説にしたのが瀬戸内寂聴（徳島出身）の『美は乱調にあり』。伊藤野枝は福岡生まれ。「自分さえ勉強ができれば、母親が困ろうと、きょうだいが泣こうと平気」な姉だったと取材に来た瀬戸内寂聴に妹が証言している。
福岡から東京に出てきて上野高等女学校に入り、そこで英語教師の辻潤に出会い、結婚する。子どももできるのだが、その後大杉栄と知り合い、乳飲み子を抱えて大杉のところへ走った。以後、甘粕事件で殺されるまで一緒に暮らした。
その間に大杉との間に生まれた子供は5人。その名前がスゴイ。よほど生活に差し支えがあったのだろう、全員が後に改名している。
長女 魔子（大杉との四角関係を制した野枝は「悪魔」呼ばわりされ、それを逆手にとって）→眞子
次女 エマ→幸子
三女 エマ→笑子
四女 ルイズ→留意子
長男 ネストル→栄
251：大杉栄の妻伊藤野枝を書いた『美は乱調にあり』「自分さえ勉強ができれば、母親が困ろうと、きょうだいが泣こうと平気」253：福岡から東京に出てきて上野高等女学校に入り、そこで英語教師の辻潤に出会い、結婚。254：辻家を出ると乳飲み子を抱えて大杉の下宿先に走り、そのまま一緒に暮らす。259：恋愛についてエゴイスティックな振る舞いをしていた大杉が、いったん伊藤野枝と所帯を持つと、彼女ばかりでなく生まれてきた子供たちにも無限のやさしさを発揮する。
2019年03月07日
虚構への投擲
いよいよ来年オリンピック。建設に使われるハイテンションボルトが不足していて、建設計画に遅れが出ているとか。相変わらず、箱物主義な日本💦
さて、小林秀雄はオリンピック好きであったらしい。ただし、好きだったのは、砲丸投げ、槍投げ、円盤投げとすべて投擲種目。オリンピックの注目競技といえば、マラソンであり短距離、あるいはチーム競技が普通だから、これは相当変わっている。
それは、小林秀雄が思想や知識を砲丸や槍に例えていたから。思想や知識をぐっと身体にくっつけたうえで、「投げる」。「投げる」ことが、創作であったわけだ。
241：小林秀雄が取り上げているのは、「オリンピックのテレビ」でわずかに触れられている依田郁子の80mハードルを除くと、砲丸投げ、槍投げ、円盤投げとすべて投擲種目なのである。242：「オリムピア」考えてみると、僕等が投げるものは鉄の丸だとか槍だとかに限らない。思想でも知識でも、鉄の丸のように投げねばならぬ。そして、それには首根っこに擦りつけて呼吸を計る必要があるだろう。単なる比喩ではない。かくかくと定義され、かくかくと概念化され、厳密に理論づけられた思想や知識は、僕らの悟性にとっては、実に便利な満足すべきものだろうが、僕等の肉体にとってはまさに鉄の丸だ。鉄の丸の様に硬く冷たく重く、肉体は、これをどう扱おうかと悶えるだろう、若し本物の選手の肉体ならば。無論、初めから選手などにならないでいる事は出来る。思想や知識の重さを掌で積ってみる様な愚を演じないでいる事は出来る。僕等の肉体は、僕らに極めて親しいが又極めて遠いのだ。244：小林秀雄はそうした天才たちのそうした投擲を描いているうちに、「鉄の丸」が自らの手の内に入っていることに気がつく。いや、その「鉄の丸」を自分が投擲していることを発見し、そのことに自信を抱くようになる。それが47歳のときに書かれた「私の人生観」における《投げるべき砲丸を持たぬばかりに、人間はこのくらい醜い顔を作らねばならぬか》という言葉になるのだ。
2019年03月06日
天才との出会いと別れ
檀一雄は若い頃太宰治に出会い、二人で放蕩の限りを尽くしたといいう。
「学生でありながら学校には行かず、友人や先輩から金を借り、酒を飲み、女を買い、妻や妹の着物を質屋に入れてはまた酒を飲み、女を買う」
小説家とはそういうものという概念があったのかもしれないし、ただ単に、現実から逃避していたのかもしれない。そして、訣別のときが来る。
「私は太宰と私との生命の分岐路を自覚した。私は生者の側に立つ」
それでも、太宰の文学を高く評価し、太宰の死後、『小説 太宰治』を発表している。
216：そのときの「小説は」、ノンフィクションとしての徹底性を貫けないから虚構の装置を使うという意味における「小説」ではなかった。なぜなら、檀一雄がここで書こうとしたものは太宰治にまつわる「事実」ではないからだ。檀一雄は、かつて間違いなく存在し、しかし嵐のように過ぎ去り、時を隔ててしまえば幻のようでもあった狂躁の日々を、不可能と知りつつ文章に定着しようとした。221：学生でありながら学校には行かず、友人や先輩から金を借り、酒を飲み、女を買い、妻や妹の着物を質屋に入れてはまた酒を飲み、女を買う。228：檀一雄と太宰治の訣別ようやく私は太宰と私との生命の分岐路を自覚した。私は生者の側に立つ。生命の建立の様相を自分流に見守り、育んでゆくばかりだ。私は太宰と別れて、玉川上水の畔を闇に光る水のキラキラを見つめながら、歩いていった。233：「自らの文芸を完遂するため」に本当に死んでしまった太宰治に対する、「追いつけない」という悔恨にも似た思い。
2019年03月05日
ささやかな記憶から
従来、「男盛り」と言われたのは30歳後半だと思う。社会に出て15年、仕事に自信を持ち、体力もある。稼ぎもよくなるが、子どもはまだ小さいので教育資金が掛からず、懐に余裕もある。もう10年経つと、教育資金で首が回らなくなる。
沢木耕太郎は、その昔、吉行淳之介と銀座で飲んだ帰り、数年空けて2回タクシーで吉行淳之介を自宅まで送ったことがあったという。その時、2回とも、「沢木君は何歳になる？」「いまが一番いいだろう」と同じことを言われたそうだ。
女にもてたことで有名な吉行淳之介。沢木は、「いまが一番いいだろう、という吉行淳之介の問い掛けを、ほとんど深く考えることもせずに『女』に関するものだと決めつけてしまった」という。1994年に吉行淳之介が亡くなってから、ふと、「それはもう少し広いものをさしていたのではないかという気がして」いる。そして、「とりわけ『私の文学放浪』を再読、三読するうちに、その思いはますます強くなってきた」のである。
この傑作『私の文学放浪』が東京新聞に連載されたのが、吉行淳之介39-40歳のとき。つまり、吉行淳之介は我が身を振り返って、「あの頃は仕事も充実していた（女も
）」と言っていたのだと、後から沢木耕太郎は悟るわけだ。実に、吉行の死後、４人の女性が吉行との思い出を出版している。人数はともかく、本妻以外に愛人3人が本を出版した作家というのは他にいないのではないか。
大塚英子『暗室のなかで 吉行淳之介と私が隠れた深い穴』
高山勝美『特別な他人』
宮城まり子『淳之介さんのこと』
吉行文枝（本妻）『淳之介の背中』
203：いまが一番いいだろう、という吉行淳之介の問い掛けを、ほとんど深く考えることもせずに「女」に関するものだと決めつけてしまった。しかし、それはもう少し広いものをさしていたのではないかという気がしてきたのだ。「人生」という言葉はあまりよしゆきに似つかわしくないが、「女」も「仕事」もすべて含んだ上で、「一番いい」と言っていたのではなかったか。とりわけ『私の文学放浪』を再読、三読するうちに、その思いはますます強くなってきた。204：『私の文学放浪』昭和39年3月〜40年にかけて1年にわたって東京新聞に連載（吉行淳之介39-40歳）短編小説としての「寝台の船」、長編小説としての『暗室』、非小説としての『私の文学放浪』。吉行淳之介の作品から三作を選び出せと言われたら、躊躇なくそう答えるだろう。207：宮城まり子とのスキャンダル報道新潮社と私との関係は、深いものではないが浅くもない、とおもっていた。私が迷惑するのがわかっていることを記事にするのは、エチケットに反しはしまいか。それをあえて記事にするということは、新潮社のハカリに私という作家をかけたときの目盛りの具合を示していることである。209：一歩よけいに離れていながら、自身に執着する気配は吉行淳之介の方がはるかに濃い。それは自己肯定の度合いが三島由紀夫より強いからだと思われる。確かに、『私の文学放浪』には多くの負の挿話が記されているが、最終的には自身を全肯定しているという印象が残るのだ。
2019年03月04日
獅子のごとく
高峰秀子・・・1924年生まれというから世代が違う。戦前から子役として活躍していたという。
この銀幕の大女優を沢木耕太郎評して「獅子のごとく」。美人女優に似つかわしくないが、これはあくまで高峰秀子という「作家」としての評価。高峰秀子の文章は「とにかく、うまい」という。これまで自分で読んだことはなかったが、確かに、本編に引用されている義母によって仲を引き裂かれることになる黒澤明との別れの場面など、場面が脳裏にありありと浮かぶ。
その文章の特徴は、「他者を描くときの的確さと、自己を描くときの突き放した態度」だという。「自分に対して決してベトついた書き方をせず、常に自己を相対化しようと努めている。それはごく一般的な女性の書き手とは際立って対照的な態度といえる」。だから、「獅子のごとく」なのだ。
190：「文章のうまい女優」がいるのではなく、単にひとりの「文章家」がいるだけ言いたいことを言いたいように書く。容易そうに見えてこれほど難しいことはないのに、文筆家としての高峰秀子はいとも簡単にその困難を突破していってしまう。たとえ当人がどれほど苦しんで書いたとしても、簡単にやってのけているかに見せるだけの筆の軽やかさがあるのだ。
192：(義母によって仲を引き裂かれることになる黒澤明との別れ)彼は食堂の前の芝生に、一人でポツンと立っていた。私は駆け寄った。「黒澤さん！」彼は私を見た。彼の顔には、あの人なつっこい笑顔はなく、ほとんど無表情に近い。とりつくしまもない、というのはああいう表情のことをいうのだろうか。私は彼の口が開くのを待った。3秒・・・・・4秒・・・・・、彼は一言も言わず、突然クルリと踵をかえすと、私に背をみせて足早に立ち去って行った。193：高峰秀子の文章を特徴づけるのは、他者を描くときの的確さと、自己を描くときの突き放した態度である。自分に対して決してベトついた書き方をせず、常に自己を相対化しようと努めている。それはごく一般的な女性の書き手とは際立って対照的な態度といえる。
2019年03月03日
絶対の肯定性
昭和を代表する写真家土門拳。1909年酒田の生まれ。1990年まで生きたから、正に昭和と共に写真家としてのキャリアを積んだ。写真に興味のない人でも写真集『ヒロシマ』や『古寺巡礼』くらいは聞いたことがあるだろう。
その土門拳が、書き手としても一流であったことを知らなかった。酒田の「土門拳記念館」に行ってみたい。
その土門拳が、書き手としても一流であったことを知らなかった。酒田の「土門拳記念館」に行ってみたい。
176：土門拳の「栄光」家庭的には必ずしも恵まれていなかったひとりの少年が、持ち前の明敏さと、勝気な性格と、独特の美意識と、ある種の山っ気によって、まったく新しい表現ジャンルのフロント・ランナーとして大成する。177：土門拳の「悲惨」他のどの作品と比べても遜色のない自分の作品を、抽象的な理念のために犠牲にしてしまう。ここには、土門拳の時代的な限界性がくっきりと映し出されている。182：これだけの短い文章で、これだけ見事に人物を描くことなど、プロフェッショナルなライターでも不可能である。土門拳は、写真家としての目ばかりでなく、書き手としても類い希な才能を持っていたのだろう。その文章は、対象の言葉を巧みに掬い上げているだけでなく、撮り手である土門拳と対象との距離と、その距離のドラマを伝えてほとんど完璧である。
2019年03月02日
無頼の背中
大学1-2年を過ごした早稲田鶴巻町の下宿には、商学部に通う2年上の先輩がいた。鹿児島の出身でNさんという。その当時、私以外には、Nさんと、なぜか明治大学に早稲田から通う明大生と、早稲田を目指す浪人生がいた。
Nさんは麻雀好きで、友達がやってきてはよく卓を囲む。私も早速誘われたのだが、Nさんはじめほぼ全員がタバコを吸うので、とても耐えられなかった。当時、麻雀といえばタバコを吸いながらやるのが当たり前で、気管支の持病のある私には麻雀が好きかどうか以前の問題だったのだ。
というわけで、麻雀をやることなく学生時代を終えたのだが、そのNさんがよく口にしていたのが阿佐田哲也。別名、色川武大だ。純文学を書くときには主に色川武大を、麻雀などギャンブル小説を書くときには阿佐田哲也を名乗った。Nさんは『麻雀放浪記』にハマっていたのだ。
そのNさん、卒業後は地元に帰って地銀に就職した。その2年後、4年生の夏休みに、バイクで鹿児島を訪ね会ったのが最後。どうしているんだろう？
91：『怪しい来客簿』17の短編集共通の音楽。後ろ姿に漂っている苦笑のようなもの。口元にではなく、背中に浮かんでいる苦笑。93：色川武大と初めて会った時、瞬間的に感じたのは、ああ、この人は修羅場をくぐってきた人だな、ということであった。たとえその修羅の場が喧嘩であれ博奕であれ女出入りであれ、進むも地獄、退くも地獄という絶望的な状況の中で、髪が一晩で白くなるような恐怖を覚えながらどうにか切り抜けていた、という経験を繰り返してきた人のように思えたのだ。95：『黒い布』昭和36年に中央公論新人賞を受けた色川武大の文壇的な意味での処女作退役した海軍軍人の老父と無頼の生活を送っている息子との屈折した交情を描いたもの。
2019年03月01日
記憶を読む職人
沢木耕太郎による、さまざまな作家の評論集。その二人目は、向田邦子。
「思い出というのはねずみ花火のようなもので、いったん火をつけると、不意に足許で小さく火を吹き上げ、思いもかけないところへ飛んでいって爆ぜ、人をびっくりさせる」（ねずみ花火）
うまい。随筆家・編集者の山本夏彦が、「向田邦子は突然あらわれてほとんど名人である」と評したのもうなずける。
47：『父の詫び状』「生活人の昭和史」である前に、まず「精妙にして鮮やか」な短編集49：「向田邦子は突然あらわれてほとんど名人である」（山本夏彦『笑わぬでもなし』）53：祖父の職人的な血彼女は決して具体的なものから離れようとしない。抽象的な思弁や空疎な修飾に筆が流れていくことがない。自分の身の丈に合った素材を、自分の手になじんだ道具で料理していく。声だけに叫んだり、過剰な情緒に溺れたりすることがない。
