2011年11月
2011年11月30日
KOSDAQ上場も厳しい
ところが、今年の7月ネプロITで不正経理事件が発覚し、KOSDAQから上場廃止通知を受けた。会社では異議申し立てを行い、今日現在も上場は続いているが、株価は14KRWだから1円。完全に倒産価格である。
ネプロITだけでなく、KOSDAQ上場外国企業で一番多い中国企業でも不正経理事件が複数あったことから、KOSDAQは急に外国企業上場に冷めてしまったらしい。
当面、日本企業のKOSDAQ上場は難しそうです。
2011年11月29日
ユニクロ柳井社長のプータロー時代

一勝九敗
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先週の朝日新聞。ユニクロ柳井社長の「就職生に向けて」という記事があった。
早稲田大学政経学部を卒業した柳井社長はお父さんんコネでジャスコに就職したものの仕事が嫌になり9カ月で退職。その後は、大学時代の友人宅に居候しプータロー生活。毎朝、出社する友人を見送りながら、「自分は何やっているんだろう」と悩む日々だったという。
結局、半年経ったころ、お父さんから山口に呼び戻されて、家業の紳士服販売に従事することになるのだが、これがやってみたら面白くなり、現在のユニクロに発展していく。「あれこれ考えず、やってみたら」というメッセージだった。
若くして自分の道を決めてまっしぐらに突き進む人もいれば、こうした「ギャップ」を経て何かの拍子にスイッチが入る人もいる。ただ確かなのは、「やってみないとチャンスが訪れない」ということ。
柳井社長のケースでも、もしお父さんが呼び戻すのがもう半年遅れていたら、そこから抜け出せなくなり、ユニクロは今に至るまで存在しなかったかもしれません。失業手当も最長半年とすべきかと。半年一生懸命やってダメなら方向変えた方がいいです。
2011年11月28日
QED

ベンチャー学会二日目には、ケーススタディによる「起業家教育」のセッションで、東大各務教授の書かれた米医療機器ベンチャーQED社の発表があった。本セッションには、米国から藤田社長本人も駆けつけるというサプライズ付き。奈良の出身で、ご両親も出席されており、「親孝行」という意味もあったのだろう。
QEDは2006年の創業。設立5年にして売上は$15Mを超え、MRI用RFコイルメーカーとして世界有数の存在になっている。OEM専業で、藤田社長の前職であるGE他、東芝、SIEMENSなど名だたるMRIメーカーに心臓部となるRFコイルを供給している。
正に、今よく言われる、「世界に羽ばたけ日本人」を体現した方なのだが、どうして「起業家藤田」は誕生したのか?
1966年大阪生まれ、奈良育ち
・外交官の多い家系で、海外に対する憧れはあった
・名門で躾は厳しかった
・外交官になりたかったが理系の方の成績がよく、早稲田理工学部に進学
1987年 1年の夏休みにUCSDに寄ったところ「やはりアメリカがいい」と確信
1988年 早稲田を中退し、イリノイ州のLiberal Arts Collegeの名門Monmouth Collegeに入学(物理専攻)
1992年 在学中に医療分野に興味を持ち、Biomedical Engineeringで有名なオハイオ州のCase Western Rserve University(CWRU)大学院に進学。ここでMRI研究の大家Robert Brown教授に師事し、1998年博士号取得
1997年 在学中から英国資本のPicker社でRFコイルの研究を開始
2000年 RFコイルメーカーとして成長していたUSA Instrumentsに転職
2002年 USAIがGEに買収され、GE社員に
2005年 順調に実績を重ね、MRI部門のDirector of Engineeringに昇進
2005年 GEの競業禁止義務を避けるため、オハイオ州からの$0.5Mの助成金を使いCWRUで研究継続。USAI時代の顧客である東芝、SIEMENSからも$1Mの助成金獲得。
2006年 創業
こうしてみると、絵に描いたように順調なキャリアアップ。最初の転機は、せっかく進学した早稲田を退学し留学するという決断だろう。
「ベンチャー=リスク」と捉えられがちだが、USAIやGE社員としてMRI業界の中でしっかり地位を築いてからの独立。それも、一旦、大学職員となって助成金を使って起業準備をするというチャッカリさもある。
京セラ稲盛氏の熱心な信奉者であり、有名な「成功方程式」を自らの成功理由として挙げられていた。
努力x能力x態度=成果
確か、正確には、「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」だと思おうが、同じこと。考え方にはマイナスまであるので、「どんなに優秀でも考え方に問題があれば、決して雇わない」と明言されていた。稲盛財団は2006年にCWRUに$10Mを寄付し、稲盛国際センターを設立している。
2011年11月27日
同志社大学ボート部

日本ベンチャー学会総会のゲストスピーカーは地元京都出身で、隣の滋賀県で創業、センサーで世界有数の企業を創ったオプテックスの小林社長。こちらには昨年9月に訪問する機会があったが、小林社長にお会いするのは初めて。
1979年に創業した会社は初年度こそ製品開発のため売上ゼロで、給与もゼロだったが、2年目には第一号製品がOEMでセキュリティ会社に採用になり、売上180M、利益30Mで、それから倍々ゲームで成長。4年目には売上10億円を突破し、(旧)本社ビルを建てたというから稀に見る順調な成功例だといえる。
私の経験では、最初から順調すぎると、気が大きくなって脇が甘くなり、後で苦境に陥る会社が多い。そうならなかった理由は何だろう?と聞いていると、社長の学生時代の挫折ではないかと思った。
同志社大学工学部に進学した小林社長は、「運動部に入って見よう」とたまたまボート部を選ぶ。向いていたらしく、ぐんぐんと成績を上げ、また仲間にも恵まれ、ついには大学選手権で優勝!しかし、工学部の勉強で忙しかった社長は「留年して親に迷惑をかけてはいけない」と2回生で退部。その直後、同志社大学ボート部が翌年のメキシコオリンピックに日本代表として出場することが決まる。(当時の同志社大学工学部では部活動をしていなくても学生の半数が留年するほど単位取得が厳しかったらしい)
当時は海外旅行など珍しかった時代。一生に一度行けるかどうか、という感覚だったし、それがオリンピックの日本代表ならどれだけすごいことか。自分は何とバカなことをしたのかと、これが悔しくて何度もオールをこぐ夢を見たそうだ。
こういう「挫折」を若くして経験している人は人間として成長し、後に成功している人が多いと思う。先日紹介した、早稲田大学元総長、現日本ボーイスカウト連盟総長の奥島さんも同じことを言ってますね。
2011年11月26日
日本ベンチャー学会総会

初の学会発表で京都に来ている。5月にロンドンで調査訪問してまとめたレポートを基に、学会らしく、先行研究も急きょ当り発表。思ったよりたくさんの研究者の出席を頂き、配布物が足らなくなった。
AIMについては、これまでもNomadを軸としたBalanced Regulatory Approachが特徴と日本でも説明されてきたが、優遇税制やVCTの仕組みについての紹介は今まで日本ではなかったと思う。今回、LSEだけでなく、Nomadや上場企業にもインタビューすることでより実態を明らかにできたと思う。
長い投資の歴史や文化を背景とした仕組みなので、それを取り入れたからと言ってただちに日本で機能するとは思えないが、それでもやらないよりはいいだろう。いろいろ質問を頂いて刺激を受けたので、さらに研究してみたい。
2011年11月25日
高速バス

朝、香川を出て大阪へ向かう。神戸に住む高校の同級生から、「今、香川から京阪神方面へはバスがいいよ」と聞いていたので、高速バス停へ向かう。
善通寺から大阪まで乗り換えなし3.5時間で片道4200円。JRは岡山から新幹線に乗り換え、さらに新大阪で在来線に乗り換えて2時間強で8000円。シートは3列で全て深々とリクライニングの出来る単独席。見知らぬ人と隣同士になって気を使うこともない。
飛行機と新幹線の「境は4時間」で、新幹線の所要時間が4時間を超えると飛行機のシェアが高くなり、それ以下だと新幹線が有利といわれる。バスでも同じことが言えそうで、要するに、「人間は4時間を超えて座っているのは苦痛」ということなのだろう。
2011年11月24日
MIMOCA20周年

四国観光案内の三日目は、善通寺からスタートし、丸亀へ。朝9時、まだ参拝客も少ない善通寺も良かった。ここの広い境内には高校の頃にも時々寄った。
丸亀では、猪熊弦一郎現代美術館(通称MIMOCA)へ。改修のため長期の閉館中だったが、この日は開館20周年記念行事のため特別解放


猪熊画伯は、旧制丸亀中学の卒業生。 私の大先輩にあたる。式典では丸亀高校吹奏楽部が演奏し、馬場校長が列席された。
2011年11月23日
低走行、低年式の高級車はねらい目?

四国観光案内継続中。車は、他の経営者の方からこれまた社用車のセルシオを貸していただいた。
セルシオを運転するのは初めてだが、これがイイ!どっしりしていて、エンジンはこの上なくスムーズ。室内は静かで、お客さんを乗せて走るには最適だ。
値段を聞いて驚いた。この方リサイクルショップを経営されており会社の備品も原則中古品なのだけど、このセルシオも中古で買って値段が35万円。13年落ちだが走行距離はなんと2.5万km!ある会社が駅までの送迎用だけに使っていたらしい。
ワンオーナーの社用車はメンテナンスもよく、高級車は10年経ってもなんら経年変化を感じさせない。低走行、低年式の高級車は狙い目!燃費だけが多少問題ですが、維持費は新車でもほとんど変わりませんから。
2011年11月22日
旅館の未来

夕方、高知から琴平に戻り、宿で一緒に食事。「旅館に泊まりたい」ということだったので、琴平でも最高級といわれる旅館を予約してある。
下のレストランや喫茶を使ったことはあるが、宿泊客用の食事をここでとるのは初めて。最近の旅館はどう進化しているのか楽しみにしていたが、「これで大丈夫?」と思うことしきり。
・誰も英語を話さない
どこからどう見ても外人の二人を連れて行ったが、ためらうことなく自信を持って(笑)、日本語で貸切露天風呂の時間帯とか結構複雑な説明を二人にする。当然、二人は何の事だか全く理解しない。政治家には堂々と日本語で演説してほしいものだが、サービス業がこれでは外国人旅行客の取り込みは無理。
・食事の量が多すぎる
流石高級旅館という凝ったおいしい料理の数々なのだが、量が多すぎて残さずに食べるのは無理。一回だけなら「豪勢な食事だった」という満足感もあるだろうが、これを毎日食べたら健康を害する。つまり、連泊を前提としておらず、これではゆっくり旅する外国人旅行客のみならずお金と時間のあるシルバー世代の取り込みも厳しい。
2011年11月21日
龍馬像

朝一の飛行機で高松へ。MBA大先輩のカナダ人夫妻と一緒。この先輩、4年前に経営していた会社を売却し、現金化。以来、毎年世界旅行に出かけている。昨年は2か月間、東京の高級サービスアパートメントを拠点に日本各地を訪問。
「次回は私が四国に案内しますよ」と言っていたら、偶然にも、娘さんが米国で知り合った日本人と結婚することになり、意外と早く(笑)、本当に案内することに。
初日は、「英語の勉強がしたい」という高松の経営者にお願いし、会社のBMW745iで空港からそのまま高知へ。うちの母の軽自動車じゃマズいなと思っていたので、助かった。
定番の桂浜の龍馬像へ行ったところ、隣に仮設の展望台がある。これは、初めて。登ると、龍馬が身近に見れる。これはなかなかいい!
「毎年龍馬の誕生日であり命日でもある11月15日を挟み,約2カ月間,龍馬像の横に展望台を設置」
ということなので、観光客も少ないこの時期はねらい目です。
2011年11月20日
余りの対比

一川保夫防衛相が、16日夜、国賓として来日中のブータン国王夫妻を歓迎する宮中晩餐会を欠席し、民主党の同僚である高橋千秋議員のパーティーで「宮中で催し物があるが、こちらの方が大事だ」とあいさつ。これに対して、参加者から盛大な拍手があったというから、すごいは民主党。
それを知ってか知らずか、翌17日昼、ジグメ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王の衆院本会議場での演説:
・大混乱と悲嘆をもたらしたであろう事態に、日本国民は最悪の状況下でさえ、静かな尊厳、自信、規律、心の強さをもって対処された
・日本は歴史を通じてあらゆる逆境から繰り返し立ち直った
この礼賛に値する国なのか、恥ずかしくなります。
2011年11月19日
Suica誕生10周年

午後出かけようと、大崎駅まで来たら駅構内に黒山の人だかり。何事かと思ったら、「Suica10周年記念セレモニー」の文字。
「Suicaの現在の発行枚数は3716万枚。国民の約3.4人にひとりはもっている計算だ。また、JR東日本で使える駅は758駅、全国では2987駅となる。さらに、2011年11月現在で利用できる店舗は15万4190店」ということだ。
どうしてマイナーな大崎駅かと思ったら、「Suicaの利用者数が日本一多い駅」という報道なのだが、どう考えても、利用者の絶対数は東京駅や新宿駅などに敵うはずがない。これは誤報?何れにしても、この20年で一番利用者が増えた山手線の駅だとは思う。
2011年11月18日
経済を止めるのは最大のリスク

会ったことはありませんが、近畿大学准教授・有路昌彦氏の意見(上)(中)(下)。これが正論だと思います。
・、「この対策によってこのようにリスクが下がるから実施する」という科学性に基づいた「リスクマネジメント」につながっていない
・政府が主観的なことを理由に対策の内容を変えてはいけない
・日本は科学的根拠もなく原発を止める国とみられ、多くの企業に「こんな国で製造業は続けられない」と思わせてしまった
・一番不安を増長させたのは、政権トップが「原発はそもそも危険である」という極端な見解を示したこと
・今回の原発で政府は、例えば「200万人の雇用がなくなり、それによって経済的理由の自殺者が相当数増えますが、みんなの安心のために原発を止めます」というべきだった
・BSEでも、日本だけが費用対効果を考えず1兆円かけてほとんど意味のない全頭検査を行った
・日本人は昔から「国の予算はただ」と思っているところがある
・アメリカではこうした検査費用は業界が負担するため、費用対効果には厳しい目
・利益を上げるのは「放射能は怖い」と叫ぶ仕掛け人だけで、リスクは減らないし、社会全体には経済リスクが増え、みんなが損する
「国の予算はただ」と思っている・・・世界最悪の財政状態になるのは当たり前ですね。
2011年11月17日
カーネーション

朝出社しなくなって、BSで朝ドラを末娘を入れて3人で見るのが習慣になった。
秋から始まったのは「カーネーション」。世界的デザイナー・コシノ三姉妹の母、小篠綾子さんが主人公のモデル。生前、綾子さんは姉妹に、「いつか母ちゃんをモデルにしたドラマが出来るで」と言っていたらしいから、それが実現したことになる。
役者もいいし、椎名林檎が歌う主題歌もいい。
2011年11月16日
Kitchen 5

モントリオールから大先輩が来日。昨年も3か月間六本木の高級サービスアパートメントを借りて、そこを拠点にあちこち訪問して楽しんでいたが、今回は東京に一月と、沖縄に一月滞在予定。ナント昨年の滞在中に、娘さんが沖縄出身者との結婚が決まったのである。
試験準備で忙しい真ん中の娘を除き4人で泉ガーデンレジデンスに集合。そこから、タクシーで西麻布に向かった。番地に従って降ろされたところは昨年何度か通い、彼の憶えている店とどうも違う。日本の番地制は同じ番地でも結構広い範囲で中が細分されている場合もあり、当てにならない。この点、あらゆる道に名前が付き、道に沿って順番に家番号が振られている欧米式は便利だ。
いったん大通りに出て、見つけた店はKitchen 5。女性のオーナーシェフがやっている無国籍料理店。カウンター前には多種多様な料理が大皿に盛られている。これはトルコの「ロカンタス」というスタイルなんだそうだ。(京料理でも、おばんざいを並べているところありますね)以下店の紹介から。
『キッチン5は1984年5月の開店、当初は私の専門である南仏料理を中心に出していました。 以降、 夏・冬1ヶ月ずつ長期休暇をとって、私のテーマである「スパイスロード」に旅に出て、レストランで働いたり、料理研究家宅に滞在したりで、次第にメニューは南仏からその他地中海〜中近東、中南米へと広がっていきました。』
オーナーは「ここは私の店。私の流儀でやらしてもらうわ。」というオーラ満点(笑)。Tabelogを見ると、料理の評価が高い一方、サービスの評価が悪く、結果的に総合点が3.5。好き嫌いの分かれるところだが、私は好きでした。
2011年11月15日
のこされた動物たち

のこされた動物たち 福島第一原発20キロ圏内の記録
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先週の新聞に、登山家・野口健による「一人でも多く知ってほしい」と題する書評があった。紹介された表題の本は写真集なので、これは見るしかないが、野口さんの実体験も戦慄の内容。(以下、野口さんのブログ「福島第一原発、20キロ圏内の世界」から)
「防護服に身を包み、まず向かったのが豚舎。豚舎の入り口に近づいただけで強烈な腐敗臭。恐る恐る戸を開け豚舎の中に足を踏み入れたら中は豚の死骸の山。足元からプチプチと音がするので目線を地面に向けたら一面がウジ。ウジを踏みつぶしながら歩いていたのだ。驚いたのは震災から既に3カ月が経過し水も食料も与えられず生きていた豚たちがいたこと。ドロドロに腐敗し、糞尿(ふんにょう)にまみれ、また全身ウジに覆われている豚の死骸を豚が食べていたのだ。その光景に戦慄が走り、同時に吐き気に襲われていた。次に向かった牧場も餓死した牛の山。まるで戦場だと言葉を失った。」
綱吉の時代だったら、関係者全員逮捕!でしょうか。先の大戦での南太平洋やビルマ戦線での惨状を書いた手記を思い出しました。
2011年11月14日
日本人の戦争観はなぜ「特異」なのか

日本人の戦争観はなぜ「特異」なのか―日本と欧米の比較にみる戦争と人間の風土
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2005年に復刊されたときにちょっとセンセーショナルに書名が変更されているが、昭和42年(1967)に出版されたときは『戦略と人間の風土』。40年経って、これだけ海外との行き来が盛んになっても、「やっぱり理解されてない」部分なので内容は現在にもそのまま通じる。
・欧米人は戦争をスポーツの試合の延長線上に捉えるが、日本人は果し合いと考える。
・スポーツだから応援団=軍楽隊も要るし、挽回困難と判断すれば兵力を温存するため降伏し、次回の試合に備える。
・戦争=死と捉える日本は大昔から捕虜になるのは生き恥と考えていたため、敵捕虜に対しても侮蔑的になる。 ・だが試合に負けただけと考える欧米は捕虜を身代金の質と考える。なるべく高値で売りたいから好待遇するし、虐待すれば値切られる。この発想がハーグ陸戦規約になったのであり、人道的理由ではない。
・だが、この行為はあくまで欧米人同士でのみ成立する。非欧米人・非キリスト教徒に対しては皆殺しにする。
背景には、寒冷な気候で穀物生産力が低く、食料の獲得のため戦争の中で作られたヨーロッパの歴史がある。温暖な島国で飢え死にしたことがほとんどなく、島国のため、自然と「国家=国民」となった日本では、国家と国民の「契約」がないまま今日に至っている。
日本はいかに恵まれているか、ということなのだけど、恵まれすぎた人間に戦略性がなくなりがちなのと同様、日本も「おめでたい」政策を度々やる。江戸時代も、鎖国すると「一方的宣言」を行う一方、50t以上の船の建造を禁止し、「丸裸になって鎖国」した。これは現在の憲法第9条にも通じる。
2011年11月12日
文治政治を確立した綱吉

昨日、五代将軍綱吉のことを書いたが、徳川幕府の文治政治を確立した将軍だという。
1603年に江戸幕府が成立したものの、大阪には豊臣家が存続。これを、大阪冬の陣、夏の陣で滅ぼしたのが1615年。同じころ、現在の茨城県大子町にあった生瀬村の住民およそ550人が反乱を起こし、殺されるという事件が起きている。
「一村之農民 妻子ニ至ルマデ 皆打捨テトナリシ」(旧生瀬集落の旧家、大藤勝也さん方に伝わる古文書)
時代はまだまだ血なまぐさかったのだ。
その後転機になったのが、三代将軍家光の時代に起こった島原の乱(1637)。幕府は鎮圧のため12万人の大軍を派遣。しかし、激しい抵抗にあい、1万人を超す死傷者を出している。一方、一揆軍37千人の大半が戦死あるいは虐殺され、以後、島原半島はしばらく領民のいない荒野となる。当然、年貢も取れなくなり、幕府は困る。
島原の乱を契機に、幕府は武力政治を改め、四代将軍家綱を経て五代将軍綱吉に至って文治政治を確立したということだ。
そして200年後、幕末に渡来した外国人は一様に、東洋の外れの小さな島国の人々の満ち足りた様子に驚嘆した。彼らが目にしたのは、「拡大・成長を追い求めない成熟社会」、「質素倹約を旨とする、つつましくも心豊かな社会」だった。(NHK『さかのぼり日本史』)
今、江戸時代への関心が高いのはそんなところにもありそうだ。
2011年11月11日
ブラタモリ第3シリーズ

大好きな番組が帰っていた。ブラタモリ第3シリーズは「江戸の動物」中野編でスタート。
江戸中期、いまの中野駅を中心とした30万坪(東京ドーム20個分)に及ぶ広大な敷地で、10万匹の犬が飼われていた、というから驚く。称して、「中野御囲」あるいは単に「お囲い」。昭和20年代までは囲町という町名が残っていたという。
時は、元禄8年(1695年)徳川五代将軍綱吉が出した「生類憐れみの令」によって江戸に野犬が増え、その収容施設として造られた。それ以上犬が増えないように、雄雌を分けて飼っていたらしい。
「生類憐れみの令」というと、悪法というイメージだが、考えてみれば世界で初めての「動物愛護条例」。江戸は世界の最先端を行っていたのだ。尤も、宝永六年(1709年)家宣が六代将軍になって廃止されたので、15年しか続かなかったが。
2011年11月10日
学ばぬ日本象徴するオリンパス騒動

なぜ、遠く離れた米国で、日本の監督当局よりも先に米連邦捜査局(FBI)がオリンパスの捜査に着手したと報道されたのか。なぜ、日本の物言う株主はテレビカメラの前で変革を要求しないのか。
私も、意外に冷めた関係者の反応に驚いています。確かに、「飛ばし」は90年代にたくさんあり、それで長銀も、山一も倒産してしまったわけですが、これが現在の日本で起こっていることは、この20年間何をやってきたのか?ということになります。
徹底追及が必要です。
2011年11月09日
網軍

超限戦 21世紀の「新しい戦争」
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中国のサイバー部隊は「網軍」というらしんですが、1997年にサイバー部隊を創設し、03年に北京に情報化部隊を創設。
標記の本は、99年に2人の中国空軍大佐が書いた本で、たとえ軍事力が米軍レベルになくとも、サイバー攻撃によって米軍をまひさせれば十分に対抗できるとしている。中国人技術者は米国にも多いので、スパイが紛れ込んでいる可能性は高い。何しろ、15年前から、米国の技術系大学院生の半分は中国人と言われていた。
サイバー戦が始まっているなかで、政治は右往左往、それでいていつも悪者にされる官僚がキチンと対応してくれているのか気になります。
2011年11月08日
20年前から特金で有名だったオリンパス

予想通りの展開を見せているオリンパスだが、資産運用分野でずっとやってきた友人と一月前、まだ前社長が解任されたばかりの頃話していると、開口一番「特金の損失隠しの飛ばしだね。昔から有名」ということだった。
そうすると、プロの間で少なくとも長年ウワサはあったのに、どうして、監査法人も、証券等監視委員会も、直前まで買い推奨を出していた証券会社のアナリストも気付かなかったのか?ということになる。仮に高山社長の言うとおり「3人がやった」としても、取締役は会社法上、会社全体に経営責任を負っており、善管注意義務違反は免れない。
今後徐々に明らかになるだろうが、疑惑の国内ベンチャー3社を買う仲介をしたのは野村證券出身者。この方はオリンパスが2000年に出資し、2003年に筆頭株主、そして今年ついに完全子会社化したITX横尾昭信社長の兄弟。そして、ジャイラス買収の助言会社代表も野村出身。全部つながっているんです。(そういえば、昨年最大の粉飾事件だったFOIのCFOも野村出身・・・)
海外から見れば、「やはり日本は異質」ということになる。海外でも粉飾スキャンダルは珍しくないが(Enron, Worldcomなどなど・・・)、これだけの規模の粉飾が少なくとも10年以上にわたって続き、それが発覚しなかったというのは記憶にない。
2011年11月07日
思考の整理学
思考の整理学 (ちくま文庫)
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週末にふと、家にあった本を手に取って読んでみる。30年近く前(1983年)に書かれたこの本。
11:グライダー
グライダーと飛行機は遠くから見ると、似ている。空を飛ぶのも同じで、グライダーが音もなく優雅に滑空しているさまは、飛行機よりもむしろ美しいくらいだ。ただ、悲しいかな、自力で飛ぶことができない。学校はグライダー人間の訓練所である。飛行機人間はつくらない。グライダーの練習に、エンジンの付いた飛行機などがまじっていては迷惑する。・・・グライダー専業で安心していられないのは、コンピューターという飛びぬけて優秀なグライダー能力の持ち主があらわれたからである。自分でとべない人間はコンピューターに仕事をうばわれる。
18:不幸な逆説
頭だけで学ぶのではない。体で覚える。秘術は秘す。師匠の教えようとしないものを奪いとろうと心掛けた門人は、いつのまにか、自分で新しい知識、情報を取得する力を持つようになる。それに比べると、いまの学校は、教える側が積極的でありすぎる。親切でありすぎる。学校が熱心になればなるほど、また、知識を与えるのに有能であればあるほど、学習者を受身にする。
これが30年近く前に書かれているのはスゴイ。それも、一英文学者によって。ビジネスまで含めて、世の中の大きな動きを的確にとらえている。
Point1: 正に今現実化している点。かっての中間層であったホワイトカラーの没落が始まっている。一方、自分で飛べる「飛行機」は益々高所得に。所得格差の拡大。
Point2: 学校への要求はその後エスカレートし、短期間で成果を出すことが求められている。しかも、学生数が少なく、買い手市場。これでは「飛行機」になれないと気づいた人は「弟子入り」を選ぶといい。
2011年11月05日
帝国データバンク

日本の企業データベースの代名詞となっている帝国データバンク(TDB)。企業の与信といえば、「TDBでXX点」というのがビジネスの共通言語となっている。VC新入社員の頃、ここのCOSMOS2という企業概要が入ったカードを持って新規開拓したものだ。
とはいえ、TDB自体に用事があることはなかったが、今回初訪問。かねがね聞いてみたかったことを聞いてみた。
「帝国」というからには、戦前の創業に間違いない、と思っていたが、やはり1900年(明治33年)3月の創業で、今年111年目。元の社名は帝国興信所で、長らく、この社名だったが、1981年に企業データベースの商品名であった現社名に変更。
創業者は後藤武夫(写真)で、創業時に渋沢栄一の支援を受けるべくお願いするが、
「信用調査事業はまだ世間でも認められていないから、個人でやるのは無理だ。悪いことは言わん。やめたまえ」
と断られたらしい。
市ヶ谷には資料館もある、ということなので、次回訪問してみたい。
2011年11月04日
Asia's Fab 50

アメリカ人はランキングが好きらしく、あらゆる種類のランキングがあります。世界記録を集めたギネスブックはイギリスなので、「一定の基準で客観的にランキングする」のはアングロサクソンの伝統かもしれません。
米Forbes誌で9月に発表され、最近日本でも話題になったのがアジアの上場企業を対象にした「アジアの優良企業50社」特集。日本で話題になったのは、その50社に一社も入ってなかったからです。構造的凋落傾向の中で、「今そこにある」ものすら活用せずに、日本だけ経済原則が働かない、と高をくくってていいんでしょうか?
ちなみに、国別ではこんな具合。
中国 23社
韓国 8社
インド 7社
豪州 3社
タイ 2社
インドネシア 2社
2011年11月03日
風評加害

「いろんなものの品不足が大事件、それをひたすらご注進におよぶのがテレビという代物」
風評被害あれば「風評加害」あり
そんな見え見えのことに踊る、というのが不思議というか、嘆かわしい。しかし、「踊る」人が多ければ、ホンモノの品不足に(一時的には)なってしまうから、恐ろしい。
その後、韓国辺りから緊急輸入したペットボトル水は余りまくって、赤字で売り切ったようです。

2011年11月02日
子供は痛い目に遭わせて育てよ

奥島元総長は早稲田を立て直した最大の功労者として尊敬しています。そして、その奥島先生が「最後の仕事」として取り組んでいるのが、ボーイスカウト(BS)の再建。
奥島先生と同じ四国の田舎で育った私は、都会で娘たちを育てるのに「BSがいい」と全員お世話になり、さらには私も恩返しにリーダーを2年間やりました。
子供たちは「痛い目(心身ともに)」を知らない。そこが問題だと思うのです。自分が「痛い目」に遭ったことがないので、他人の気持ちや心の痛みが分からない。社会性、公共心がだんだんと希薄になっていく。
野外で「痛い目」をさせるのにBS活動がいい、ということなんですが、奥島先生も認識されている通り、これが末端のBS隊まで浸透しているかというと、そうでもない。バラツキがある、と言っていいでしょう。
奥島理事長の最後の改革に期待です。
2011年11月01日
円高「口先介入」は逆効果

ついに為替介入。1日としては過去最大の10兆円規模といわれますが、世界のFX投機資金はその数十倍はあり、その効果は疑問です。名目では確かに過去最高の円高ですが、実質で見ると$=80円は1995年に比べ4割円安水準にあり(米国はインフレが進み、日本はデフレであったため)、現状水準はそんなに円高ではないといえます。
そのため、下手をすると、そうでなくても火の車の政府財政(=国民資産)を10兆円規模で資産を減らすだけで終わります。この記事の通りになるのでは?思惑通りFXで儲けた皆さん、申告だけは適正に。
