2010年01月

2010年01月31日

ARMANI RISTORANTE GINZA TOWER4

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次女の誕生日が明日。平日夜は帰宅時間がばらばらでなかなか揃わないので、週末の昨日、ランチに出かけた。

銀座のarmani。エレベーターで最上階に上がるとイタリア料理店がある。

週末のランチコースは3800円から。飲み物(水もミネラルウォーターのみで500円)とサービス料10%を入れて一人5000円見当。

昨年夜出かけたときは客が少なくて、不況を実感したものだが、今回は7割は入っている感じ。お得な昼のほうが堅調、ということなのだろうか。


2010年01月30日

高校の交換留学のあり方

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昨晩は、長女が通う高校の財団で、交換留学を受け入れた家庭、今年受け入れる家庭、それに財団理事との交流会があった。中には、受け入れたのが20年も前、と言う人も居た。驚いたことに、この交換留学は在校生でなくても、家族が卒業生か在校生であれば応募資格がある。

派遣先は、イギリス、ドイツ、台湾。もっとアジア諸国に派遣先が増えればいいと思う。アジアの発展を取り込めなければ日本の将来も無いだろう。

そんな話をすると、「じゃ、中国ですね」という反応なのだけど、むしろ中国の周辺国だろう。中国が強大になることに脅威を感じている周辺国は多い。ベトナムにしろ、モンゴルにしろ何千年もの間中国との戦いを繰り返し、チベットは1950年に占領されたままだ。

もう一ついいのは、こういった発展途上国で「いかに日本が恵まれているか」を実感してもらうこと。

とてもいい案だと思うのだけど、「(低金利で)財源が無くて」とか、「安全性の確保が不安」と言う理由で進みそうに無い。やる気さえあればどうにでもなることなんですが。


shikoku88 at 08:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)教育 | 提言

2010年01月29日

MASA Life Science Ventures4

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出資しているLBS関連VCの紹介で米BIO投資VCが来日。同窓生6人で話を聞く。

本人はイギリス人で長らく米国で働いている。5年前にファンドを設立して投資を開始。1号ファンドは大変優秀な成績を上げている。

成功の理由を聞くと、

・15年間製薬業界でコンサルタントとして働いた後、満を持してのファンド設立であり、十分な知識と経験を持っている

・米VCは西海岸に集中しており、東海岸にはVCが少なく、殆ど競争が無い

・投資家は全て日本の製薬、医療機器メーカーであり、日本市場への展開も投資先・投資家双方にとってのメリットになっている

ということだった。

2号ファンド募集中で、設立後、同様にVCの少ない英国での拠点開設を予定。


shikoku88 at 07:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0)仕事 | 投資

2010年01月28日

マッカーサー記念室4

dn第一生命館そのものも面白かったので、つい横道にそれてしまった。

目当てのマッカーサー記念室は、増築された新館6階部分から本館の8階に移動し(本館は天井が新館に比べて低い)、そこは、元々本館の屋上部分。現在は社員食堂になっている。これが皇居一望の一等地。そこから降りた6階に記念室はあった。

以下、備えられたパンフレットからの引用。

「執務室の広さは約54㎡(16坪)です。周囲の壁は、すべてアメリカ産のくるみの木でできており、床は寄木細工でできています。

机・椅子は、当社の第三代社長石坂泰三が使用していたものをマッカーサー元帥がそのまま使用したものです。

なお、机には引出しがありません。マッカーサーはたいへん几帳面で、何事も即断即決するためこの机を愛用していました。」

ということです。

石坂泰三というと、東芝社長のイメージですが、戦前は第一生命社長だったんですね。


2010年01月27日

第一生命館(DNタワー)4

DN午後仕事で第一生命へ。

「第一」生命とは、「日本で一番最初の保険相互会社」と言う意味なのだそうだ。日本で最初に設立された保険会社は日本生命だが、これは株式会社。以降、第一生命が明治35年に設立されるまで幾多の生命保険会社が設立されたがこれらは全て株式会社だったということだ。

さて、今回はお願いして、以前から見てみたかったマッカーサー記念室に案内して頂いた。1991年までは一般公開されていたらしいが、9/11以降、社員の付き添いが無いと見られない。

度重なる空襲の中、どうしてこのビルが残っていたのか不思議だった。「占領後の軍施設として使うことを見越して残した」という説もあるのだけど、あれだけドンドン上空からばら撒いてそんなことが可能か?という疑問もあった。

今日の説明だと、ここは元々陸軍が使用していた土地で、皇居に望む重要な場所と言うこともあり、1938年(完成)の建設の際に「屋根は250kg爆弾に耐えること。地下は500kg爆弾に耐えること。」という条件が付いたそうだ。これなら、焼夷弾が当たったくらいではびくともしない。

戦時中は屋上に高射砲が置かれていて、1995年に一旦解体されて現在のDNタワーとして増築されるまでは屋上に台座が残っていたそうだ。

マッカーサーは東京に進駐した9月8日当日に、およそ40分かけて都内を車で視察し、複数あった候補の中からこのビルを選んだ。皇居を見渡すことができ、華美ではない機能的な建物がマッカーサーの目に留まったと言われている。』Wikipedia(写真も)


2010年01月26日

学校のPCルーム

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今、全国の学校で「パソコン教室」の整備が進んでいる。

うちの田舎の中学校でも4500万円位の費用で40台ほどのPCを入れた教室が出来るらしい。半分は「学校ICT環境整備事業」からの国庫補助金。全国での総事業費は4081億円ということらしい。

まずは、PC一台100万円+!と言うのにビックリしたが、これはLAN構築や、教室の改造費なども含まれているらしい。それでも、驚くほど高いので機会があれば明細を見てみたいものだ。

それはそうと、これを聞いて思い出したのが、同じ中学にあったLL教室。LLとは、Language Laboratoryの略語で、オーディオ、ビデオ、コンピュータなどの機器を使って外国語を学ぶ教室のことを云う。

在学中に聞いた話では、これを作るのにやはり何千万円と掛ったらしい。それで在学3年間で何度使われたか? 私の記憶では3回くらいだったかと思う。年がら年中空いている。

私が想像するに、LL教室が使われなかった理由は、

1.授業の進捗や受験を考えれば、「聞く話す」のためのLL教室利用はムダ

2.先生がLL教室を有効に利用するノウハウを持っていない

3.当時既にカセットテープレコーダーが家庭に普及していたので、「聞く話す」を重点的にやりたい生徒は家で出来る

といったところか。

学生数も減って部屋も空いているし、PC教室の存在を否定するものではないが、学校教育での優先度は低いと思う。所詮はツールであるから、大人になってからも取得可能だし、好きな生徒は中学生でも先生のレベルを超えてしまうだろう。そんなことより学校では基礎学力向上に時間を使うべきだろう。

私なら、地域の学校・家庭に呼び掛けて中古PCを寄付してもらい、さらに、LAN構築をパソコンマニアの父兄にお願いして無料でやって頂く。公教育でPC経験をさせるのに最新のPCなど必要ない。

浮いた予算は、先生が生徒に指導できるよう研修に費やすべき。ハードだけ作って運用のことを十分に考えないのは、まだまだあるんですね。


shikoku88 at 18:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)提言 | 教育

2010年01月25日

普天間第二小 児童の安全より反対運動優先

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結局、名護市市長選挙は基地受入反対派市長が当選。

そもそも、国の安全保障という、「これを国がやらなければ他に何をやるんだ?」という問題を、「市長選の結果を見て判断します」といって地元の対立に火をつけたことが正しいのかどうか分からない。新聞報道だと、法律的には県に権限があるらしい。

ま、これは非常に専門性の高い問題だと思うので、私が中途半端な知識であれこれ言うべきじゃないだろう。同様に、市長選のテーマでもないと思う。

そんな中で気になったのは、「児童の安全より反対運動優先か 基地隣接の小学校移転」という記事。普天間に関するTV報道でもよく出てきた「絵」が小学校のすぐ向こうに飛来する米軍機。

いかにも、「こりゃ危ないな」という印象を見た人に与える。ところが、今まで市が2度移転させようとしたにもかかわらず、その度に移転に反対したのは、基地反対派らしい。

え?なんだけど、「基地は危ないから出ていけ!」と運動している人が、基地の隣にある小学校の移転に反対して2回とも頓挫したらしい。結局、「小学校が移転してしまえば、基地移転の理由が減ってしまう」ということらしい。

自分たちの政治目的のために児童を人質にしているに等しい。この辺り、かっての左翼運動にも通じますよね。成田空港も反対運動で何人も犠牲になり、税金で建設した施設が破壊され、利用者は長年不便を強いられましたが、あれはいったい何だったんでしょうね?

目的と手段を履き違え、本質を見失っている、という意味で、「一億総玉砕」を叫んだ戦前の軍国主義も同じ。国民を守るために戦争しているのに、国民が死んでしまっては意味がない。

中庸が大事、ということですかね。


shikoku88 at 17:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)提言 | 政治

2010年01月24日

日本語と英語の説明の違い

昨日松山から帰京。土曜日の夜は遅くなったものの、土曜日午前中は空いたので、1.5年ぶりに松山城に登ってみる。

国土交通省認定「通訳ガイド」資格を持っている私、観光地に行くとツイ目に留まるのが英文の説明書。ひどいのになると明らかな誤訳と思われるものもあるが、松山城のは正しく書いてあった。

これも良くある話だが、英文は説明が短い場合がある。大抵は、「面倒くさかったのかな」と思うのだが、なかには、「意図的か?」と思わせるものも。

松山城の場合、いくつかの門や建物が昭和20年の空襲で焼失しているが、そのことが日本語の説明にはあるが、英文には無い。場所の都合かもしれないが、そんなことは盤面を調整すれば済むこと。

ひょっとすると、「米国人が読んで嫌がるかもしれない」という極めて日本的な配慮からかもしれない。こういう「臭いものに蓋」的な対応は国際的に通じないし、理解を妨げるだけ。今の米国人で「ヒロシマ、ナガサキ」はともかく、軍事的重要性の乏しい日本の地方都市まで無差別爆撃したことを知る人は少ないから、これは是非とも書いておくべきだ。

昨年末の本blog民主党は「小沢党」かで、民主党の英語サイトと日本語サイトでの小沢幹事長の取り扱いの違いを指摘したが、これも何か意図を感じる。視聴者応じて内容も変える、のはある程度許容されるだろうが、その結果がアレであれば、「これが本音?」と疑いたくもなる。

ちなみに、今日チェックしてみたら、英語サイトでも小沢ニュースが減っていた。ひょっとして、当blog読んだ(笑)キーワードを入れるとblogなどを自動巡回して拾ってくるツールもありますから、使っているはず。

shikoku88 at 22:42|PermalinkComments(0)提言 | 政治

2010年01月23日

天赦園4

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昨日は宇和島で株主総会に出席。

終了後、市内の天赦園さがので経営陣と会食。3年前と同じパターン。

馬上に少年過ぎ 世は平にして白髪多し
残躯は天の赦す所 楽しまずして是を如何せん

とは、伊達政宗が隠居後詠んだ漢詩で、名前はここから由来。宇和島藩七代藩主、伊達宗紀(むねただ)(春山)が隠居の場所として建造した池泉廻遊式(ちせんかいゆうしき)庭園である。


2010年01月22日

JALから新聞が消えた!3

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今朝830の飛行機で松山へ。

あれ??

今年初めて乗ったJALから新聞が無くなっていた!

「ANAはどうしているんだろう?」と思ってwebを調べてみたら、ANAでも同日(1月4日)から無くなったようです。ANAの場合は、普通席とプレミアクラスがあって、普通席の新聞廃止。プレミアは従来どおり提供。

JALの場合は、普通席とCLASS-Jから無くなり、一部路線に設定されているファーストクラスのみで継続。

ま、私自身も新聞を取らなくなって久しいので(iPhoneで産経新聞は読んでますが)、そう分かっていれば、どうと言うことはない。

考えてみると、欧米の飛行機会社では、既に20年前から逐次廃止されていった。世界中で同じ舞台で戦っているのだから、この分野でも「世界標準化」したということか。

これで年間数億円のコスト削減になるそうですが、新聞社にとっては、更なる打撃ですね。


2010年01月21日

戦艦大和4

戦艦大和 (講談社選書メチエ)
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著者は防衛大学校一期卒で、護衛艦の艦長や、司令を歴任した後、防衛大学校教授も努めた「専門家」。

大和の建造された経緯や歴史的背景、実践での能力や戦歴、そして悲劇的な最後、とあらすじについてはこれまで出版された数々の大和本と変わらない。但し、そこは専門家。通説が本当に正しいのか、それぞれ丁寧な調査がなされており、なかにはこれまでの説を覆すものもある。

米軍側資料による裏づけ調査も貴重で、これまで推定はされていたものの、「やはり」と思わせるものもある。大和が沈没して海に放り出された乗組員を僚艦が救助に向かうが、米軍の執拗な機銃掃射で大半が落命してしまったことは明らかな戦争法規違反で、日米国民双方が記録と記憶にとどめるべきだろう。

「アメリカ人は絶望的になっている敵国人を殺戮することに気がとがめなかった・・・・。(米国の)高官連中は公然と日本人を殺すことはシラミを殺すより悪いことではないと言明していた。」(英国人記者スパー p216)

「1時間以上もかけて何百、何千という生き残りの日本兵を銃で撃ち殺した」(日本の輸送船を撃沈した米潜水艦の公式報告書 p217)

「われわれは捕虜を容赦なく撃ち殺し、病院を破壊し、救命ボートを機銃掃射し、敵の民間人を虐待、殺害し、傷ついた敵兵を殺し、まだ息のある者を他の死体とともに穴に投げ入れ、死体を煮て頭蓋骨をとりわけ、それで物置を作るとか、他の骨でペーパーナイフを作るとかしてきた」(米高級誌Atlantic Monthly)

勿論、これらの戦争犯罪は一切咎められることなく、極東裁判では日本側の戦争犯罪だけが厳しく処された。簡単な審査で冤罪で死刑にされたB/C級戦犯も多い。


shikoku88 at 10:19|PermalinkComments(0) | 史跡・公園

2010年01月20日

堀場雅夫さん最高!5

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ビッグサイトで開催されている展示会の基調講演で堀場製作所創業者の堀場さんの話を聞いた。

御年85歳!

それを全く感じさせない若々しさ。話も全くよどみなく、固有名詞もバッチリ。

人呼んで、「学生ベンチャーの草分け」。京大理学部で原子物理学を専攻していた堀場さん。敗戦後、GHQから原子物理学は研究を禁止され、加速器「サイクロトロン」はじめ実験道具も破壊されてしまう。

「これでは学校に行っても意味がない」と始めたのが堀場無線研究所。食うためには何でもしなければならない時代、当初は、終戦で不要になった鎮痛剤から人口甘味料を作ったり、税務署が差し押さえたヤミ酒を蒸留して色をつけてウイスキー「ホリトリー」として売ったりと金になることは何でもやったそうだ。

ちゃんとした仕事を取るためには人材が必要と、母校に行って、「大企業に行っても部課長止まり。うちで共に大きくしていこう。」と夢を語り、新入社員を集める。「年に一人でも入れば」と思っていたそうだが、当時の学生はウブ。3人も応募が在って、「どうしよう」と思ったが、「せっかくだから」と全員採用。

仕事のほうは、大企業に行って、「研究開発を半分の時間、半分のコストでやります」と計測関係の仕事を何でも取っていったそうだ。これには、「大企業はたくさん人がいてもイロイロな仕事に分散されている。うちは計測だけだから、人数は少なくても負けるわけが無い。しかも大企業は意思決定に時間がかかる。普通にやってもうちは半分の時間で出来る。」という自信があったそうだ。

「給与だけは大企業と同じだけ出す」と社員に約束していた堀場社長。しかし、入社して5年、6年経つと、社員の間から、「肩書きが欲しい」「博士号を取りたい」という不満が聞こえてくるようになる。

それである日、全員課長にしてしまう!課の名前は各自好きにつけるようにし、隣の印刷屋で、翌日には名刺まで作って配った、という。

博士号のほうも、「いろいろな研究開発を請け負っているわけだから、中には、研究論文が書けるものもあるはず」ということで、顧客からお金を貰いながら博士号を取る社員が続出したそうだ。

ついには、自らも医学博士号取得。これは、今更、理学博士や工学博士では社員の二番煎じになるので、と言うことだったらしい。

流石、困難な時代を「前向きに」乗り切った人は面白い。


shikoku88 at 23:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)提言 | イベント

2010年01月19日

日本脱出?3

先週、シリコンバレーで独立してVCをやっているVCの先輩が帰国していたのでFCCJでランチ。

日本のVC、IPO市場の現状を嘆いたが、実は、私が新入社員だった20数年前に戻っただけと言えば、戻っただけ。

違うのは、当時は、「日本にはこういう問題があるけど、新興市場を作って、有限責任組合法を作って、ロールモデルが出てくれば日本も変わるだろう」という希望があった、ということ。

それらは全てその後10年かけて実現したが、結果としては、IPO数も株価も25年前に戻ってしまった!

結論としては、「日本が変わるの待っていても、人生短いんだから、今それが起こっている場所でやるほうがいい」という話でした。

ビジネススクールの日本人同窓生も半分くらいは海外勤務。そういう志向のある人がそもそも留学しているのだから当たり前なんですが、海外でしっかり稼いで、しっかり納税しています。

竹中教授は、「日本企業が海外に逃げていく」という話をしていましたが、人材流出の方が深刻かも。プロ野球は稼げる人から大リーグに行く傾向が定着したし、ノーベル賞受賞者も半分は海外で研究してますね。


shikoku88 at 17:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)仕事 | 提言

2010年01月18日

現代の芸術は、現代のお客様に支持されなければいけない5

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今晩の「カンブリア宮殿」は劇団四季の浅利慶太代表。

思えば、初めて見たミュージカルは四季のCatsだったなー。こういう人は多いのではないか?

やはり、「プロだな」と思いました。一橋大学大学院国際企業戦略研究科(ICS)の石倉教授が劇団四季を評して、「演劇界のユニクロ」と言っていましたが、全てを自らコントロールして安定した良い品質のものをなるべく安価に届けようとする姿勢は正に優秀な企業そのものです。

劇団四季は、国や地方公共団体の支援を受けたことは一度も無いそうで、「(過去の芸術を残すための支援は必要だが)現代の芸術は、現代のお客様に支持されなければいけない」と言い切っていたのに自負を感じました。

今年のテーマ「自立」ですね。


shikoku88 at 23:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0)仕事 | 映画・TV

2010年01月17日

「改革」はどこへ行った?4

「改革」はどこへ行った?―民主党政権にチャンスはあるか―
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土曜日、外為どっとコムのセミナーへ。

目当ては、竹中平蔵氏。未だに口汚く罵る人も居るが、経済学をまともに勉強した人なら、彼のやろうとした改革の方向の正しさに異論は無いはず。正月の竹中平蔵vs.亀井静香でもそうだったが、反対派の意見には論理の裏づけも無ければ、長期的視野も無い。あるのは、目先の票集めだけ。

小泉内閣は5年5ヶ月という平成になってから初めての長期政権だったが、それでも、やろうとした改革には短すぎた。国政を変えるのに、10年は必要だろう。

サッチャー政権も11年だった。その後、1997年に保守党から政権を奪還した労働党のブレア政権も10年。ブレアは「第三の道」として、サッチャリズムの弊害除去で財政支出を増やしたが、それが出来たのも、サッチャー政権が「英国病」と言われた英国経済と国家財政を立て直していたから。サッチャー政権が無ければ、1992年から17年間にも及ぶ戦後最大の英国の好景気も無かったはず。

一人当たりGDP推移(米ドル) 総務省統計局

        1985    1990          1995    2005

日本     $11,381   $24,815     $41,952      $35,675

英国      $8,079       $17,410     $19,688      $37,241     

私が1990年、英国に留学していた当時、その慎ましやかな生活に驚いたものだが、所得に4割の違いがある上、税金も日本より高い(VAT=消費税に相当が当時から17.5% 所得税も課税下限が低い)ので当然だった。それが今では、同情されるときしか話題にも上らなくなっている。

長々と書いてしまったが、肝心の竹中氏の昨日の話の要点は以下のとおり。

・産業革命以後、先進国の一人当たり平均所得は20万倍にもなったといわれるが、それも、「経済の自由」が認められたからこそ。中世ヨーロッパでは職業選択の自由も無かった。

・労働者派遣法改正(改悪?)は、「働き方の自由」を妨げるもの。国内雇用を妨げ、企業は海外に出て行ってしまう。

・郵政(再)国有化は、財政投融資の復活に他ならない。新銀行東京は1000億円を超える不良債権を瞬く間に積み上げたが、今検討されているように、規模の全然違う「ゆうちょ」が全国で中小企業向けに貸し出しを始めたら、こんなものでは済まない。

・JALに国費を投入するのは疑問。銀行はSystemic Riskがある場合、救う必要があるが、JALが仮に廃業したとしても、ANAがそれで経営危機に陥るわけではない。逆に、ANAは業績向上する。

・財政赤字は50兆円規模に拡大した。これを消費税で賄おうとすれば、25%に上げるしかない。

・1981年フランス大統領に就任したミッテランは、GDPの15%にも及ぶ大企業の国有化、法定労働時間の削減など社会主義的政策を行う。当然の結果として、インフレと失業者の増加に直面し、翌年にはあっさりと自由主義的政策に変えてしまう。その時、言い訳に使ったのが、「EU実現のため」。鳩山政権も、政策を変えて長期政権になることが望ましい。


shikoku88 at 16:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)経済 | 政治

2010年01月16日

龍馬<愛>カフェ4

龍馬新宿サザンテラスの奥のほうにあるトラベルカフェ新宿サザンテラス店が期間限定(1/15-2/15)で龍馬<愛>カフェに変身。

昨日実施されたオープニングイベントに高知から招かれたのが、私の知人で高知大学国際・地域連携センター教授にして、現代龍馬学会会員、坂本龍馬倶楽部幹事などされている坂本世津夫さん。龍馬と同じ坂本一族といわれています。

意外なことに、これまでこれだけ龍馬が話題になっていても、地元高知での関心は今一つ。やっと、今回のNHK『龍馬伝』でブームが定着しそうな感じらしい。

坂本さんの講演で面白かったのが、坂本龍馬のご先祖(太郎五郎)と明智光秀との関係。以前読んだ、『本能寺の変 427年目の真実』でも、明智光秀と長宗我部元哉との親交が書かれていたが、どうやら、坂本家は光秀の一門であったらしい。本能寺の変後、長宗我部を頼り土佐へやってきたようだ。こういう流れであったので、江戸時代になり、土佐に山内家が封されてからは、郷士として不遇をかこったわけ。

光秀の居城は滋賀の坂本城であったし、家紋は桔梗紋。坂本家のそれは組み合わせ角に桔梗。本当に関係があったのか、無かったのか、今後の研究が楽しみ。どちらであれ、龍馬の評価に変わりがあるわけではないが。

「日本を今一度せんたくいたし申候」


shikoku88 at 10:52|PermalinkComments(0)四国 | イベント

2010年01月15日

2009年末 世界時価総額ランキング2

今週の日経に2009年末の世界時価総額ランキングが載っていた。(野村證券調べ、カッコ内は昨年順位)

これによれば、

1(2) 中国石油天然気(ペトロチャイナ)

2(1) エクソンモービル

3(6) マイクロソフト

4(7) 中国工商銀行

5(3) ウォルマート・ストアーズ

6(33) ペトロブラス

7(22) HSBC

8(34) グーグル

9(17) 中国建設銀行

10(55) アップル

ということで、上位10社中、米国が5社、中国が3社、ブラジルが1社に、英国が1社、という結果。

勿論、時価総額が全てではないけれども、将来も含めた現在価値として最も信頼できる数字であることは疑いない。時代は既に、「米中の2大経済国」時代になっていると言ってもいいだろう。

中でも、米国の3社は過去30年間に新規創業された会社で、グーグルに至っては創業からまだ10年余り。これだけを見ても、それだけ「経済の新陳代謝がある」、ということなので、米国経済は復活するだろう。

深刻なのは日本で、「世界第2位の経済大国」といいながら、上位10社に1社も入っていない。なのに、まだ、「日本は経済大国」だと思っている人の多いこと。ちなみに、日本で最高位はトヨタの27位でした。


shikoku88 at 23:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)投資 | 経済

2010年01月14日

JUCCHEIM4

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昨晩のNHK歴史秘話ヒストリアは、

焼け跡とバウムクーヘン
〜あるドイツ人夫妻の苦難と愛〜

NHKなので、最後の方までハッキリとは言いませんでしたが、ユーハイム夫妻でバウムクーヘンの話なので、誰でも分かりますよね。

全く知らなかったのは、カールが出した1913年の最初の店は中国・青島だったこと。ところが、第一次大戦の勃発で、軍人でもなかったのに敵国人として日本に連行される。妻のエリーゼは青島の収容所とバラバラに5年間を過ごす。

終戦後カールはエリーゼを日本に呼び寄せ、東京の店で働いてお金を貯めた後、1922年に横浜で店を再開。店は好調で、日本人の見習いを何人も雇うが、翌年の関東大震災で店が倒壊し、避難船で神戸へ。

1924年、今度は神戸で店を再開。横浜時代の弟子も駆けつけ、店は繁盛するも、今度は太平洋戦争の空襲で店は焼失。カールは心労で倒れ、終戦の前日に死去。エリーゼは終戦後、連合軍の命令でドイツに強制送還。帰国したエリーゼを待っていたのは、召集されドイツ軍として戦っていた一人息子フランツの戦死の知らせだった・・・。

現在のユーハイムは、1950年に元従業員が再興した会社で、1953年にはエリーゼをドイツから「社長として」呼び戻したということ。

ホント、波乱万丈の人生ですね。そうして日本に定着したドイツの菓子バウムクーヘン。

昨年2009年は、カールが青島で菓子店の従業員としてバウムクーヘンを作り始めて100年ということで、100周年記念バウムクーヘンが発売されたようです。これは、食べてみたかった!


shikoku88 at 23:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)映画・TV | 食べ物

2010年01月13日

壊滅状態の日本のVC3

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昨晩、日本ベンチャー学会ベンチャーキャピタル(VC)研究部会。

昨年の新規上場企業はナント19社!これは、新興市場への上場だけ取ってみると、1983年に店頭市場改革がおこなわれてVCが産業として確立して以来最低の数である。

これで、伝統的に投資資金回収の大半をIPOに依存している日本のVCは壊滅状態。これでは、そのうち、「昔、日本にもVCというものがあったね」と言われかねない事態。

しかも、昨年注目された数少ないIPOの内、3社はJAFCO出身者が創業者あるいはCFOとして関わっていて、2社は全くVCを使っていない。VCを使った一社も、いわゆるリードVCを決めず、会社主導で、敢えて広く浅くVCから資金調達する手法を取った。

つまり、日本のVCの実態をよく知った内部者が、VCファイナンスを否定している、ともいえる。

実際、ネット系のベンチャーなど、機器が著しく値下がりしているのに加え、クラウドコンピューティングで初期投資が非常に少なく済むようになり、「小さく始めて、自己資金で大きくしていく」ということが可能になっている。

「大してお金も出さないのに、あれこれ資料を要求された揚句、細かなことばかり言われては困る」というのが本音かもしれない。


shikoku88 at 18:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)仕事 | 投資

2010年01月12日

加ト吉

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観音寺と言えば、加ト吉(カトキチ)。

加ト吉の新社名は「テーブルマーク」。なぜ、これだけ浸透した社名を変更するのか不明。トレードマークとしては残すというし。

思えば、創業者の加藤義和さんは、中学生のころから、観音寺名産の蒲鉾を25km離れた観光地琴平の旅館に早朝売り歩いて家計を助けていたのでした。

最後ああいう事件になりましたが、これまでの地元への貢献だけでも大変なものです。それはそれでしっかり評価すべきかと。


shikoku88 at 14:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)四国 | 経済

2010年01月11日

鮨 味楽留4

konpira先週、大平元首相の地元(加ト吉の本社所在地と言った方がいいか)観音寺に行ったことは書いたけど、その晩鮨をご馳走になったのがここ。これで「ミラクル」と読ませます。

こういった奇をてらった店名は私の好みではありませんが、観音寺の田舎町(失礼!)にこんなこじゃれた店があったのか、という店でした。瀬戸内海でとれる地魚を中心においしく頂きました。

なんでも、毎年春に行われる四国こんぴら歌舞伎大芝居出演で来た中村勘九郎が、ワザワザ車を飛ばして食べに来たとか。


shikoku88 at 10:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)四国 | 飲食店

2010年01月10日

ごはんCafe4

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清々しい冬晴れの今日、有楽町へ。

目的地はその先だったのだけど、途中の国際フォーラムでバザーなどやっていて見ているうちにお昼時に。

目の前にあった、ごはんCafeへ。スタイリッシュな外観。ランチの内容は、定食類が五つくらいと、あとは単品。

白米と五穀米を選べる。両方食べてみたが、五穀米は美味しかった。白米のほうは普通。ご飯の銘柄は週ごとに変わるらしい。今日は一目ぼれ。ご飯と味噌汁はお代わり自由。

ランチも、ぐるなびクーポンを持っていけば100円引きらしい。これは、帰って調べてから分かった。

隣にある、ごはんミュージアムを食後に見学。両方ともJAグループの運営。「あせあん農村ふれあいプラザ」という部屋があり、ASEAN各国産品のおもちゃを中心とした展示即売をやっていた。木のパズルが良くできている!

他には、「ごはんライブラリー」に食関連の書籍が置いてあり、なかなか面白い。


2010年01月09日

CO2削減には、新技術よりも熱帯雨林保護

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今週のNewsweek日本語版に小さな記事があった。

マッキンゼーの調査によると、太陽光発電などの新技術にお金をかけるよりも、熱帯雨林保護のほうが6倍も二酸化炭素削減に効果的らしい。

CO2削減技術に$6掛けるのと同じ量のCO2を、熱帯雨林が失われないようにするなら$1で済むのだとか。

この分野は、正に、「市場の失敗」の分野。地球から請求書は届かないですからね。

環境税を導入して、後は市場に任せるのがいいですね。現在の環境対策は補助金中心で、恣意的過ぎるのではないかと。


shikoku88 at 20:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0)提言 | 

2010年01月08日

田舎の電車マナーの悪さ2

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朝、コトデンで琴平から高松に向かう。

既にラッシュ時は過ぎていたので2両編成。琴平出発時にはまばらだった乗客も高松に近づくにつれ増えてきて、やがて満席になった。

「満席」と言ったが、実際は、座席に荷物を置いたままのおばさんがいたり、3人がけのところを二人で占拠している老夫婦がいたり、長い足を自慢げに投げ出している若者が居たりで、詰めればまだまだ座れる状態。

でも、誰も詰めない・・・。

東京でも、よく言われるように、車内で化粧していたり、モノを食べていたりとマナーの悪化が問題になっているが、実は地方はそれ以上だ。

普段空いているので、混雑時に互いに気持ちよく乗るためにどうすればいいか(それがやがて「マナー」という常識になっていると思うのだが)が分かってないのかもしれない。

一方、混んだときにどうすればいいか位、誰でもわかることなので、これは「田舎のイヤな点」の現象かもしれない。田舎は「知り合いにはバカ丁寧だが、他人には冷たい」傾向があると思う。さらには、旅行者には凄く優しかったりするのだが・・・。

四国が「接待文化」を誇り、これを観光にも結び付けたいなら、こういった点は啓蒙しないとね。

結局、高松までの間、私の車両で高齢者に席を譲ったのは私一人。他にも沢山座りたそうな顔の高齢者はいたのだけど。


shikoku88 at 09:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)提言 | 旅行

2010年01月07日

讃岐の鈍牛4

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朝6時過ぎに家を出て、大阪へ向かう。途中、前原・関ヶ原で降雪。新幹線が徐行運転となり、遅れが出て焦る。結果的には、多少余裕を持っていたので、10時の大阪でのアポに丁度着。

昼食は、LBS同窓生二人と一緒に。このところ大阪に来る機会は少なく、何年かぶりで会えた。

午後、香川へ移動。観音寺で約束の時間まで30分ほどあったので、通りかかった大平正芳記念館に寄る。

大平首相は郷土の偉大な先輩。と言っても、二世代違うので、殆ど「歴史上の人物」でこれまでよく知らなかった。私の祖父の世代である。祖父も後援会に入っていて、今でも生家の応接には大平さんの色紙が掲げられている。

今日の三つの発見。

1.蔵書が12000冊

全部読んでいたかどうかは知らないが、瀬田の自宅には12000冊の蔵書があったらしい。現在、記念館に一部が保管されている。大変な教養人であったことは間違いないようだ。

2.キリスト教者

高松高等商業学校(現香川大学経済学部)在学時にキリスト教に傾倒。洗礼を受けている。当時の政治家の常として、地元への利益誘導は当たり前だったが、大平さんはそれを殆どやらなかったらしい。

3.日中国交正常化の立役者

田中内閣の外相として、日中国交正常化をまとめた。大蔵省出身の財政家であったが、戦後の外交の大舞台である、日韓国交正常化、日中国交正常化の両方に関わっており、専任の外務大臣としての在職日数は戦後最長。

演説や答弁の際に「あー」、「うー」と前置きをする事から「アーウー宰相」の異名を取った大平さん。また、その風貌から「讃岐の鈍牛」とも呼ばれた。朴訥な印象の一方で、「戦後政界指折りの知性派」というのが実態らしい。(Wikipedia参照)

 


shikoku88 at 23:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)四国 | 政治

2010年01月06日

日本は劣化スパイラル2

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脚本家・倉本聰が26年間続けた「富良野塾」を今年3月で閉めるらしい。

そのインタビュー記事には理由として、

・「プロになる覚悟」が欠けている

シェークスピアもイプセンチェーホフも読んでいない。演劇を志す常識も知らない…まるでカルチャーセンターに入るような感覚ですよ。せめて「大学生」なら教えられるけど、「幼稚園」から教えるのはつらい。

・“優しさごっこ”

今どきの若者はみんな優しいんだけど、本当の優しさじゃない。“優しさごっこ”です。人間関係が希薄なんですね。しかられたことがないヤツも多い。塾生に、ちょっと声を荒らげると頭の中が真っ白になってしまう。これは親が悪い。家庭の中で煩わしいことを起こしたくないから、しからないし、殴りもしない。甘やかすだけです。この国に軍隊を作れば、きっと“世界最弱の軍隊”ができるでしょうね(苦笑)。今の日本は親がダメ、教師もダメ、だから子供もダメになる。“劣化のスパイラル”ですよ。


shikoku88 at 18:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)提言 | 教育

2010年01月05日

インペリアルバイキング サール4

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今年は今日が仕事始め。(もっとも、年賀メール作成のために一昨日も出社しましたが。)

例年通り、ミーティングの後は、会社で初詣。これも通り、虎ノ門の琴平宮です。境内の半分にビルを建ててしまったことに好き嫌いはあるようですが、江戸時代から残る銅鳥居などの「伝統」と最先端の「モダン」が共存しているのがいかにも日本的でいい感じです。

その後は、帝国ホテルSALでバイキング。何でも1958年に日本で最初にバイキング(Buffet)方式を取り入れたのだとか。

流石、帝国ホテルということで、何を食べてもレベルは高いです。値段も5250円(+別途サービス料 10%)とそれなりにします。(ランチの場合) 私は子供のときから肉が嫌いで、余り食べないので、ついついサラダやパン、チーズなどに手が伸び、「それじゃ、元が取れない!」と同僚から叱咤を受けます。同僚は、ローストビーフや牛肉のパイ包み焼きが美味しいと言っていました。また、カレーは私も食べたのですが、イケました!

予約して行ったのですが、周りも同じように会社で来たと思われるグループが半分くらいと、いつも通り、有閑マダム(死語?)を中心としたグループで一杯でした。この層には不況は関係ないですね。


2010年01月04日

日本人は何故かくも幼稚になってしまったのか4

今朝iPhoneで読んだ、石原慎太郎のコラムに紹介されていた福田和也氏の文章。

「幼稚な人間とは知能指数が低いとか、ものをよく知らないということではない。何が肝心かということがわからない、何が肝心かということを考えようとはしない者のことだ」 福田和也『日本人は何故かくも幼稚になってしまったのか』

よく考えないといけないですね。


shikoku88 at 11:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)提言 | 政治

2010年01月03日

ふしぎがり 〜まど・みちお 百歳の詩〜4

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休みで子供たちが家にいるので、子供たちとTVを見る時間が多くなる。

今晩一緒に見たのがこれ

「ぞうさん ぞうさん お鼻が長いのね・・・」

など、童謡の作詞で有名な詩人の、まど・みちおさんですが、既に100歳!90歳を過ぎても老人ホームで熱心に創作している。

例えば、これはいいな、と思いました。

「さかな」

さかなやさんが

さかなをうっているのを

さかなは しらない


にんげんが みんな

さかなをたべているのを

さかなは しらない


うみのさかなも

かわのさかなも

みんな しらない


shikoku88 at 22:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0) | 映画・TV

2010年01月02日

生激論2010 にっぽん大転換!?4

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元旦の昨晩、唯一見たTV番組がこれ

いやー、民主党を見直しました。

というより、政治家で唯一出演した菅直人副総理を見直した、というべきか。少なくとも、言っていることはまともです。

年末に漸く出てきた鳩山内閣の成長戦略は、「環境」「健康」「観光」の三重点分野。他の先進国との違いも余り無く、また財源についての説明もこれまで通り無しで、「やはり民主党もダメか」と半ば落胆していた。

これについての菅副総裁の説明は、「自民党時代からの戦略と余り変わらないかもしれないが、実行できるかどうかが違う」というもの。確かに自民党でも何度と無く立派な「国家戦略」を作成したが、縦割りの官僚制度と、族議員の抵抗に合い、一度も実行できなかった。この結果、野口教授の言う「1940年体制」が続き、構造改革が遅れた。

バラマキの目立つ民主党の政策だが、意外にも、菅副総裁が上げたキーワードは「坂の上の雲」。坂の上の雲のテーマは「自立」だろう。本人もベンチャー企業振興に関心あるらしい。

鳩山総理の頼りなさと、小沢幹事長の豪腕の陰で存在感が全く無かったのが国家戦略局を率いる菅副総裁だが、今後に期待したい。


shikoku88 at 19:44|PermalinkComments(2)TrackBack(0)映画・TV | 政治

2010年01月01日

明けましておめでとうございます5

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旧年中は大変お世話になりました。

今朝の東京は清々しい晴天

年末を香川の生家で過ごして、最後は風邪をひき(やはり気が緩んだときにいつもひきます)、昨日は家で溜まったメール処理などしながら寝ていました。今朝はほぼ回復。

讃岐風の、白味噌に「餡餅」入りの雑煮を食べ、犬の散歩へ。途中、氏神様で初詣。

本年もよろしくお願いします。<m(__)m>

写真:香川出身者が「ホンモノ」と太鼓判を押す東京のうどんや「丸香」(神保町)は正月だけ、東京で暮らす香川出身者のために讃岐風雑煮を提供しているらしい。


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