2009年11月
2009年11月30日
チャイナパワー

昨晩のNHKスペシャルは「チャイナパワー第2回 巨龍 アフリカを駆ける」。
1回目は見ておらず、このシリーズ初めてだったのだけど、「こりゃ、日本は(普通じゃ)勝てない」と思いました。
世界最大の資源輸入国になっている中国。資源確保で目をつけたのが鉱物資源の豊富なアフリカ。加えて、市場としてのアフリカにも注目しています。
番組の中で取り上げられた1社が、エチオピアで携帯電話事業を独占しているZTE。中国の携帯電話メーカー最大手で昨年は4000万台出荷。今年は6000万台を計画。最近は通信事業にも進出しているらしい。
エチオピアの携帯電話事業については、以前、携帯電話端末世界最大手のNokiaが挑戦したらしい。ところが、インフラが劣悪な辺境地での施設整備が出来ず、断念。
ZTEはエチオピア政府と約束した「2010年までに全国の9割をカバー」を果たすべく、南部の辺境地に1000人の中国人技術者を投入。その1000人が事務所を兼ねたビルの中に合宿。ビル内の食堂で立って食べながら(狭くて座れない)昼夜を問わず仕事をしていた。
中国でトップクラスの大学を出たエリート技術者だという。彼らの給与が、海外手当てを含めて月12万円。日本人技術者がこの報酬で行くことはあり得ないし、多分、この10倍出しても1000人は集められないだろう。そして、そんなに払ったら、アフリカでのサービスをするのに採算が合わない。
日本企業はどうするか? もはや給与だけ高く、仕事のできない日本人では勝てないのは明らか。では、世界中の優秀な人たちを集めて、組織として成果を出せるマネジメントができるか? 実は、これが最も不得意だったりする。
うーん、本当にヤバイ。
格差がどうだ、友愛がどうだ、と言っている場合ではないと思うが。
2009年11月29日
日出学園
目黒にある中高一貫校、日出学園の学園祭を見学。元々女子高で、全日制が共学となったのは2005年からとごく最近。
厳しい入場制限がしかれていて、家族・友人など生徒が一人当たり5人まで招待することが出来る。事前に登録された本人しか入場できない。今回は、先日までうちにホームステイしていたSebastianの「家族」ということで登録。
その理由の一つは、中高とも、総合コース以外に、スポーツ、芸能のコースがあり、特に芸能コースには既にモデルや俳優など芸能活動を行いながら通う生徒がいるため。
入場制限をしておかないと、彼ら目当てにファンが殺到する、と言う事態も想定されるから、ということのようだ。実際にどんなアイドルが在籍しているかは当然ながら発表されていない。卒業生を見ると、私の世代からいうと、山口百恵、原田知世から始まり、現役の仲間由紀恵など。
昼過ぎに着いて、模擬店で餃子やパンを昼ごはん代わりにつまむ。うーん、高くてマズイ。パンなんて、コッペパンを半分に切って、間にピーナツバターを塗ってあるだけ。これで200円??
以前、やはりホームステイしていた台湾人の女子高生の関係で見学した品川女子学園に比べて「レベルが低いな」という感じ。「たかが学園祭の模擬店」なのだけど、やはり、学園祭に取り組む姿勢がこういったところに出てくる。模擬店であっても「来客者に満足してもらおう」という意識でやっているところは、やはり、出し物を見ても本格的だし、全てにおいて意欲が高い感じ。
その後、Sebastianが特別出演?するという演劇部の演劇を見学。部員と言うことではないが、特定の部にまだ所属していないSebastianが何かの縁で、誘われたらしい。
こちらも、(^_^;)なレベル。どうせ見ているのは父兄とか友人、卒業生ら関係者だけなので、許せるか。創部してまだ4年ということだった。一部、「多少練習はしたな」という学生も居たが、大半は学芸会に毛の生えた程度。
芸能コースなど、出席日数が少なくてもレポート提出で卒業できるようで・・・これも少子化による学校生き残りの策なんでしょうね。
2009年11月28日
2009年11月27日
WERU 日本ベンチャー企業、ボーングローバルについての課題と戦略
早稲田大学アントレプレヌール研究会による国際シンポジウム「日本ベンチャー企業、ボーングローバルについての課題と戦略」が大隈小講堂で開催。
「国際」といっても、誰一人海外からの参加者があるわけでなく(断っても居ないのだろうけど)、シンポジウム自体も当然日本語のみで行われた。唯一、英語になっていたのは、当日のスケジュールだけなのだけど(笑)、どういう定義で「国際」になっているのか?日本中「国際」を冠した新興大学が増えたけど、コンプレックスの裏返しのようで恥ずかしい限り。「バカじゃないか」と思う。実績が伴っていればいいが、多くはそのかけらも無い・・・。
と、冒頭から話が逸れてしまった。
講演したのは、ブイキューブの間下社長と、フィックスターズの長谷川会長。ブイキューブは慶応大学発ベンチャーで、オンラインコミュニケーションツールNice to Meet Youで急成長している。
ブイキューブは、マルチコアプロセッサー用のソフトウェア制作会社。CELL利用ソリューションで成長。昨年秋には米国企業を買収したが、今期はこの子会社株式を100%減損する羽目になり、赤字転落。痛い授業料となりました。
ブイキューブは、コミュニケーション文化の違う米国ではニッチマーケットに特化、似ている東南アジア市場では日本と同じ展開をしようとしており、第一号の現地法人をKLに設立。
一般論として、純粋技術に近い分野ほど成長のためには世界中と同じ舞台で戦う必要があり、特にIT分野では国内市場が大きく、業界標準になりやすい米国勢との戦いを強いられる。
何社かが挑戦してきたが、未だ、「成功した」と言える企業は出ていない。
逆にIT分野でもアプリケーションに近い分野は各国事情に左右され、互いに海外企業にとっての参入障壁となり、強い国内企業が存在する余地がある。
定石としては、「国内の足固めをして、キャッシュが回るようになってから、徐々に段階を踏んで海外市場拡大」なのだろうが、事情がそれを許さない場合もある。技術進歩が激しく、一気に世界標準をとりたい場合とか、国内より海外に顧客の多い場合など。
食品業界世界最大のネスレは人口759万人のスイス本社だし、第2位のユニリーバはオランダで1653万人。携帯電話最大手のnokiaはフィンランドで532万人。なので、小さい国だからダメということは無く、むしろ、小さい国の企業は最初から世界市場を考えている、とも言える。
これらの国にもう一つ共通するのは、皆、外国語がうまいこと。母国語に加えて、英語は勿論、数ヶ国語を話すのはザラ。フィンランド人の友人に言わすと、「だって、他にフィンランド語を話す人が居ないから」という極々自然な理由。
大多数の日本人にとって、英語を話さなくても何も困らない。こんな状況で無理に教えても時間と税金の無駄でしょう。選択性にして、習いたい人だけが習うようにしたほうが英語を使える人は増える、というのが持論です。
2009年11月26日
88STAGE

フレンチの姉妹店L'EMBELLIAR(ランベリー・南青山)は今年ミシェラン★を獲得!
次回、出張の際には寄ってみたい。
2009年11月25日
穴吹工務店倒産!

昨晩、地元飲食店経営者と高松で飲んでいたところに飛び込んできたのが、穴吹工務店の会社更生法申請のニュース。
負債の総額は関連会社2社を含めて約1500億円で、四国で過去最大の倒産。後で遅れてきた知人は、建設業界の人間で、3日ほど前に聞いていたらしい。
既に報道されているように、穴吹工務店は全国でも最大規模のマンション・デベロッパー。2007年は5037戸を分譲して全国一。昨年は3843戸で全国第三位だった。
勿論、四国では最大の建設会社であり、2009年3月期の売上は1300億円だった。スポーツ支援も盛んで、香川県営野球場は「サーパススタジアム」だし、今年1月まではORIX2軍のメインスポンサー。プロバスケットチーム「高松ファイブアローズ」も持っていた。
それでなくても疲弊している地元経済への影響は大きそう。
・・・でも、落ちるところまで落ちないと、再生は無理かも、とも思う。
2009年11月24日
立花隆 思索ドキュメント がん 生と死の謎に挑む

「立花氏は今、世界中の最前線の研究者たちを取材する中で、がんの正体を根源的な部分から見つめなおそうとしている。明らかになってきたのは、がんという病が、生命誕生の謎と深く結びついているという神秘的な事実だ。
例えば、がんの原因とされている「がん遺伝子」は、同時に、生命の誕生から成長に至るまでに不可欠な遺伝子でもあることがわかってきた。さらに、がん細胞は生命40億年の進化の果てに得た様々な細胞の仕組みを利用して、増殖し転移することも明らかになりつつある。
がんは、小さなほ乳類から恐竜まで、あらゆる生物に見つかる。実はがんは、私たちが多細胞生物として生まれたことで決定づけられた、宿命なのではないか。だとすれば、私たち人類は、がんとどのように向き合えばいいのか。」
という番組だった。
立花氏例の執念深い取材を通じての結論は、「がんの克服は難しい。なぜなら、がんとは生命の進化そのものだから。」というもの。
私など、この話を聞いていて、小学校のとき見ていたアニメ「宇宙戦艦ヤマト」を思い出した。地球からはるばる「放射能除去装置」を受け取りにイスカンダル星に行く。道中、何度もそれを妨害しようとする「敵の」ガミラスと交戦するのだけど、着いてみたら、イスカンダルとガミラスは二重惑星だった・・・。
「(敵である)がんの克服を目指して研究に研究を重ねていたら、実は、がん遺伝子とは生命の成長にかかわる遺伝子であることが分かった。従って、がん細胞を攻撃することは、正常細胞を攻撃することになってしまう。」と。
こういうことって、世の中にたくさんありますよね。善悪とは表裏一帯であり、悪をやっつけたと思っていたら、思いがけない悪影響が出て、前より悪くなったりとか。
それで、結局、現在がんを患っている立花氏の方針は、「今後、QOL(生活の質)を下げてまで、がん治療するつもりはまったくありません。」だった。
私も賛成。
番組では、「がんと折り合いをつけながら、最後の日を迎えよう」としている患者さんが何人か出てきて、その内一人は、自宅で鎮痛剤を使いながら療養している末期がんの患者さん。
ある日昏睡状態に陥るが、何とか回復。翌日、「娘の誕生日を早めに祝いたい」ということで誕生会を開催(写真)。次の日、家族に見もまれながら穏やかに死亡。
病院より、この方がいいですよね。
2009年11月23日
グリストラップ
午後の便で高松へ。どうしたことか、羽田空港の手荷物検査場が異常に込んでいる。
20分並んで、やっと検査。その時すでに出発予定時間。列の途中で、あらかじめ係員に知らせていたので、飛行機は待っていたが、いったいどうしたことか?
結局、私より後に完全に遅れた方が15名ほどいたらしく、30分遅れでの出発。
高松ではグリストラップ浄化装置のメーカーを地元飲食店チェーンの経営者にご紹介。グリストラップとは、飲食店に設置が義務付けられている、グリス(油脂)をトラップ(捕らえる)する槽のこと。
飲食店で多用される油脂がそのまま下水に流れ込むと、下水が詰まったり、浄化に大変な負担がかかるので、風呂桶くらいの槽で異物や油脂を沈殿させ、直接下水に流れ込まないようにしている。
当然、この槽は汚れと悪臭の集中する場所となり、こまめな清掃が必要。多くの飲食店はこれを清掃業者に任せており、この費用が馬鹿にならない。
今回紹介した装置は、この清掃を頻繁にしなくても、槽がきれいに保てる、という装置。
「そういう売り込みはしょっちゅうあるけど、ほとんどが怪しい」と言っていた社長にも、実際に稼動している高松市内の飲食店を見てもらい、納得。
2009年11月22日
祝!ロボコン完全優勝 香川高専(詫間)

本日、国技館にて、高専ロボコンの全国大会。
各地区代表の合計25チームが競い、そして優勝したのは、香川高専詫間キャンパス 先月の地区大会でお知らせしたとおり、9月までは詫間電波高専だった。
そういう意味では、準備期間中はまだ詫間電波だったので、独立した学校としての有終の美を飾れたと言えるだろう。隣町出身の(こちらも今では市町村合併して今では同じ三豊市)私としても本当に嬉しい。
しかも、その勝ち方が凄かった。ナント、与えられた課題を全てこなし、100点満点だったのだ。一番リスクの高いローリングジャンプ(ジャンプして空中で一回転)は決勝戦まで温存し、他の課題でコンスタントに60点を取る、という作戦。
決勝戦でのハイライトは2台のロボットが協力して1.5mの台上にプレゼントを置く「スターカップル」だった。対戦相手の呉高専が先にプレゼントを置くことに成功。先を越されたのはこれまでの対戦で初めてだった。
「万事休す。ローリングジャンプで逆転を狙うしかない。」と思ったところ、慌てることなく、相手のプレゼントの脇のほんのわずかなスペースに一発でプレゼントを置くことに成功(競技ルールで相手のプレゼントを落とすと反則)
そして最後に、今まで一度も見せなかったローリングジャンプを決め、100点満点での優勝だった。
おめでとう詫間電波関係者の皆様
三崎先生、ご指導ご苦労様でした。
2009年11月21日
逗子マリーナ

先週に引き続き、また鎌倉の不動産を見に行く。
今回は、材木座。鎌倉の真ん中を走る若宮大路を境に東側が材木座。
最後に見た物件は、高台で日当たりもよく、駅からも歩けるのでなかなか良い。今建っているのは2階建てだが、3階建てにすれば海も見れそう。
見学が終わって、隣の逗子マリーナ近くにある「めしやっちゃん」を目指す。ここは、地場の魚介類を定食にして出してくれる。
そこに飛び込んできたのが、「ブランチ 生ビールサービス」の看板。それで、つい、「やっちゃん」並びのイタリアンBETTEIへ。
民家を改装したと思われる店内。和室をお洒落に改装していました。デッキもあって、今日は温かかったので、外で食べることに。
生ビールサービスが付くのはピザということで、地元野菜のピザに加え、シラスのパスタも注文。ピザは石釜で薪を使い焼いた本格的なもの。
陽気の中、ビールが美味しかった。
2009年11月20日
レストラン ナルカミ

LBS日本同窓会恒例のBeaujolais Nouveau Partyも今回で7回目。ボジョレーヌーヴォーの解禁は毎年11月の第三木曜日。翌日金曜日にいつも開催。
場所はずっとレストラン「ナルカミ」で行っている。初回、開店したばかりの銀座の店で20人着席で行ったが、店は先月西麻布に移転。今回、新装開店と成った店に過去最大の60人が集まり、楽しい会となった。
銀座の店は地下で、調度も伝統的欧州、と言う感じだったが、今回はモダンヨーロッパと言う感じ。壁は白くて、路面店ということもあり、開放的で明るい。
「今年のボジョレーは当たり年」とかで、確かに、ヌーヴォーとは思えない口当たりのよさ。
日本はボジョレーヌーヴォー全生産量の約半分を輸入、輸入量2位のアメリカ(人口3億人)に3倍以上もの差を付ける圧倒的な世界一とか。つまり、「ワインは熟成したほうがウマイ」が常識のワイン愛飲国では殆ど話題にすらならないのが、初物を尊ぶ国民性の日本だけが、在庫を早く現金化したいフランスワイン業者のマーケティング戦略に食いついたということ。
解禁日に合わせて航空便で送られたヌーボーは高くつくが、一月もすれば船便でドシドシ入って来る。今年に限っては買ってもいいかも。
2009年11月19日
ドンドンダウン オン ウェンズデイ

今週は久しぶりに「ガイアの夜明け」を見たのだけど、面白い会社が出ていた。
古着リサイクル店「ドンドンダウン オン ウェンズデイ」。店頭に並ぶ古着が毎週水曜日に値下がりする仕組みなので、この店名。インパクトがありかつ店の仕組みが分かりやすい感心するネーミング。運営しているのは、盛岡の株式会社ヘイプ。既に各VCの投資を受けている。
新規開店の様子が紹介されていたが、周辺への「どんな古着も買取ります」のチラシだけで1週間で開店在庫が揃うという。現状、日本の古着の7割はゴミとして捨てられているらしいが、それが幾らかにでもなるのなら持ち込む人は多いだろう。ブランド商品以外は、重量で買い取り。
買い取られた商品は100-10000円まで12段階に値付けされ「野菜のタグ」が付けられる。値段じゃなくて、「野菜のタグ」なのは売れないと、毎週水曜日に値下げされるから。値段のタグだとタグを付け替える手間がかかるが、これだと「今週はモモは1000円」と表示するだけでOK。
1000円でも売れなければ、翌週には500円に、翌々週は100円にまで値下げ。それでも売れなければ、店頭から下げられる。各店から集められた売れ残りはセンターに集荷され、圧縮梱包されて、コンテナでシンガポールの古着業者に送られる。
そこから先は、現地古着業者のマレーシア工場で品種ごとに細かくし分けられ、アジアを中心とした各国に輸出され、現地で売られる。
つまり、廃棄されずに地球規模で完全リユースされる仕組み。値下げの仕組みの発想はブックオフからヒントを得たのか? それを古着に応用して、グローバルな仕組みを構築したのは素晴らしい。
2009年11月18日
鮨 宮澤
「あぶり丼」が名物だというので、これを頼んでみる。「何の」炙りかも聞かず注文したら、出てきたのは平たい大ぶりな丼に載った鮪のステーキだった。
すし飯を覆うように「ステーキ」ともいうべき大きな切れ身が三つ。タレも美味しい。エビの頭が入ったみそ汁もしっかり。
聞けば、ご主人は独立するまで、あの「久兵衛」で握っていたらしい。久兵衛の後輩達から有名な店が幾つか出てきているが、有名になったらなったで、「なじみの方が来れなくなってしまいますからね」。
そう思うと、1260円の「あぶり丼」と、1050円のニギリが激安に思えてくる。何しろ、久兵衛に行けばランチでも1万円だ。(行ったことないけど

炙りは奥で奥様(らしき方)が作ってくれるのだけど、主人の鮨を握る手際が鮮やか。カウンターで間近に見られるので、外人連れて行ったら喜びそう。次はニギリを食べてみたい。
お客さんの一人が勝手に作ったサイトがあり、動画が見れる。公式HPは無し。
2009年11月17日
オフィス・デポ閉店

夕方6時過ぎ、客先で面談中に携帯が鳴った。珍しく、娘からだ。
終了後かけてみた所、「近所のオフィス・デポが閉店セールをやっているので、プリンタのインクを買おうか?」と言う。結局、家に戻ってから行ってみることにする。
『全てレジにて30%OFF』
のポスターが店内に貼りまくってある。
インクやらFAX用紙やら、イロイロ買った。実は一番買ったのは食品。お菓子類に、コーヒー、ココアなど。〆て15000円が約1万円に。普段自分で買わないものが多く、本当に安いのかどうか分からないが。(笑)
オフィス・デポでこんなに買ったことはない。オフィス用品を売り物にしているわけだけど、大抵、もっと安いところがある。他の文房具がドンドン安くなっている中で、今一番お金を払っているのは1個何千円もするプリンタカートリッジだと思うのだけど、それもAmazonが一番安い。
大きな店舗で、コレといって特徴のあるものがなく、「これでは厳しいな」と思っていたところ、今年の春、日本からの撤退宣言。順次、直営28店舗を閉鎖していって、最後に残ったのが第一号店である五反田TOC店。
レジの店員に聞いたところ、「五反田店だけは残すと自分たちも聞いていたのですが・・・」ということ。
オフィス・デポは世界最大のオフィス用品専門小売店。米国でSOHOが伸びると共に発展してきた。1997年に日本進出した時は日本でもSOHOが伸びると思っていたのか? その頃からSOHOは増えたとは思うが、労働人口の2-3割くらいあるのではないかと思う(私の推定)米国の足元にも及ばないことは間違いない。
もう一つの原因は、勿論、アスクル。1993年にPLUSの事業部門として発足し、1997年に分社してから急拡大した、日本生まれの文房具カタログ販売の形態は、今や実店舗販売も入れたオフィス文房具市場でNo.1シェアだろう。
どうしても直ぐ要る文房具は近くのコンビニで、それ以外はアスクルで、というのが日本の会社のスタンダードになり、「大きくて何でも揃うが、近くには無い」オフィス・デポは敗れることになった。
2009年11月16日
サザエさん:ドラマ版視聴率20.9%

今日はまっすぐ帰って、昨晩撮っておいた「サザエさん」放送40周年記念 実写版スペシャルドラマ を見る。
何しろ、最近は子供たちと一緒に見れる番組が最優先。やはりTVって、「家族で揃って見るのが楽しい」と思う。これは家族全員で楽しむのに、うってつけのドラマ。
知らなかったけど、ドラマ化は既に4回目なんですね。サザエ役は、初代が江利チエミさん、星野知子さん、浅野温子さんが演じ、観月さんは4代目とか。20代、30代と全くドラマを見てなかったので(20代のときは考えてみればTVを持っていなかった)、その頃の話か?
観月ありさのサザエは、ちょっと他の出演者に比べて、体格が良すぎる感じはしたが、全体的にビックリするほどアニメのイメージに合っている。
視聴率が20%超えたんですね!これってスゴイのかどうか分からないので、ビデオサーチで他の番組を調べたところ、「トップクラスではあるが、他にも同等の番組はある」ようです。
2009年11月15日
明月院
昨日とは打って変わって秋晴れの今日、不動産屋と北鎌倉駅で待ち合わせ。周辺の不動産をいくつか見せてもらう。
北鎌倉は山に挟まれていて、駅からどちらに上がっても山になる。新しく造成された土地は谷にあって日当たりが悪そう。中古住宅を買ったほうがよさそうだ。
せっかく来たので、まだ訪問したことがなかった東慶寺と明月院を訪れる。東慶寺は境内の奥が墓所になっていて、観光客がそのまま墓の間を行き来している。確かに、コンクリートに固められた墓所でなく、こんな風に林の中にあるといいな、と思う。
明月院は「アジサイ寺」として有名。今の時期は特に鑑賞できる花がないのが残念。それでも、枯山水と奥庭園の二つの庭園が見事。
紅葉は12月初め、ということなので、その頃また来て見たい。
2009年11月14日
発電コスト

結論:公表されている発電コストには、原発解体の費用も、廃棄物の処理費用も全て含まれている。それでも、原発は他の発電手段に比べて安く、CO2を出さずに安定して大量の電力が供給できる現状で唯一の発電方法。
資料は全て公開されているので、これはもう、自分で読んでもらうしかない。まともな判断力を持つ人なら上記の結論に達せざるを得ません。
危うくNHKの口車に乗せられるところでした。今年問題になった、日本統治時代の台湾を扱った番組といい、やはりNHKには問題職員が居るんでしょうね。
番組に対する日本原子力技術協会の公式見解はこちら。
2009年11月13日
Good-by (for a while), Sebastian!

うちに二月ほどホームステイしていたベルギー人のSebastianが次の家庭へ明日引越し。
今日は最後の晩ということで、近くのネパール料理店「シタール」へ。娘がナンが好きで一時期、週末のランチに行っていたが、夜行くのは初めて。
小雨の降る寒い日とあってか、客は我々だけ。いつものネパール人店主のおばさんがとてもよい笑顔で歓迎してくれた。
私は好物のダール豆のカレー。これをメインに各人の頼んだカレーを少しずつ食す。本格的カレーは久しぶり。
唯一の客がよほど嬉しかったのか、ナンを余分にサービスしてくれた。それでなくても大きなナンを腹いっぱい。昼はナン食べ放題なのだけど、油がマーガリンだったと思う。今回は明らかにバター。
価格は・・・安い!いかにも「安く作りました」という店舗なのだけど、料理は美味しい。もっとはやってもよさそうなのだけど、ふらりと立ち寄る場所じゃないし、おしゃれな店でもないから、近所の人に支持されないと厳しそう。
2009年11月12日
中東・アフリカナイト

世界経済に大きな影響力を持つアブダビ政府系ファンド(SWF)グループの中東アフリカ部門Invest AD!中東アフリカを駆け巡るInvest ADのCIOが、同地域の経済ポテンシャルについて熱く語る!
というイベントが六本木の(なぜか)NEW ZEALAND トラベルカフェであり、チケットを買ってのぞいて見る。二日目の今日のテーマはアフリカ投資。
全然知識なかったので、参考にはなりました。が、ではどうして、同じ新興国でもアジアではなくアフリカなのか? 日本からは物理的にも心理的にも遠いですね。
そして最悪だったのが、オペレーション。まるで学園祭並み。受付の手際は悪いは、寒天の中数人の喫煙者のためにテラス席が開けっ放しで客の半分は凍えている始末。1/3位は内輪らしく、内輪だけで盛り上がっていて、たまたま来た人達は放って置かれている。
「政府系ファンド」が主催したわけではないようですが、あんな顧客無視のオペレーションするところには危なくて預けられないですね。
2009年11月11日
Entrepreneur of the Year 2009

Ernst & Young(日本では新日本監査法人)が1986年から行っている起業家表彰制度であるEntrepreneur of the Year 2009の日本代表選考に残ったFinalistのAward Receptionが帝国ホテルで行われた。23年目の今年は世界50カ国で開催され、モナコでの世界大会に出るらしい。
私が創業の頃支援したシグナルトークの栢社長も候補に挙がり、招待してもらった。シグナルトークはオンラインゲーム業界で着実に業績を伸ばしている。先入観無く経営に取り組んでいて、今では教えられることのほうが多い。正に、「後輩恐るべし」。
栢 孝文(かや たかふみ) : 株式会社シグナルトーク 代表取締役
2006年創業/東京都大田区
中高年向け本格オンラインゲーム開発・運営を手がけ、大手ポータルサイト17社を通して、会員30万人にゲームを配信。"株主無視"の経営を掲げ、上場を行わずスタッフに利益の半分を分配し、被災地への義援金や募金などに力を入れている。「クリエイターの理想郷」を作り、ゲームクリエイターが才能を発揮できる環境を作ることを目指している。非上場。http://www.signaltalk.com/
結局、今年の日本代表に選ばれたのは、
庄司 秀樹(しょうじ ひでき) : 東洋システム株式会社 代表取締役
1989年創業/福島県いわき市
リチウムイオン電池等の二次電池のエネルギー開発用検査装置の開発、製造、販売。1980年代から携帯電話小型化を見据え、バッテリー小型化のための試験装置の開発に着目、事業化。ハイブリッドカーの開発に大きく貢献。非上場。 http://www.toyo-system.co.jp/
なんとなく、事業内容から選ばれそうな気はしました。何しろ、今や、「日本を代表する」ということは、ハンデになることはあっても、プラスになることはありません。市場は縮小している、世界一の財政赤字、政治の混迷・・・。
殆ど、世界の政治経済で「無視」されているといってもよい状況。こんな中で、世界コンテストに出るには、「この会社は世界に無くては困る」というところに出てもらうしかありません。
昨年の日本代表だったウェザーニューズの石橋社長からアドバイスがありました。
「謙遜、謙虚、といった日本的価値は、世界の舞台では一切通用しませんよ。」
日本的美徳を残しながら、世界でいかに理解してもらうか。もっともっと世界に打って出ないといけない企業の課題です。
2009年11月10日
人が変われば、会社は変わる

今日のNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」は成城石井の大久保社長。プロパーの内部昇進ではなく、プロの経営者としてレインズが雇った方。この点、以前書いたam/pmの相澤(前)社長と同じ立場。
私は知らなかったが、一時期低迷していたユニクロをコンサルタントとして店舗改革を推進した、小売業では有名な方らしい。
「小売りの仕事=客に喜んでもらう」が原則という。納得。この辺の認識が弱いと「役所仕事」と呼ばれる。
店舗で見るのは3つだそうだ。
1.品切れがないか
2.掃除が行き届いているか
3.あいさつができている
番組では、まじめで仕事熱心なのに、口下手で部下とのコミュニケーションができず、そのため、部下も買い物客に挨拶が出来てない、という店舗の店長が出てきた。
その店長に、「こうしろ、ああしろ」と指示するのではなく、挨拶が出来るようになった店舗に視察に行かせる。自分で気づいてもらう、ためだ。
人は、自分で気づかないと、変われない。
「ただ現場に任せるのではなく、本部の方針や指示は明確にすること。進むべき道ははっきり示した上で、方法はそれぞれの人に任せる。」のがポイントなのだという。
2009年11月09日
やはりお役所仕事

一昨日の旧岩崎邸でのチョット残念な出来事。
岩崎邸では、毎週土曜日に無料のミニコンサートが開かれている。東京芸大の学生が室内で行うことが多いそうなのだが、この土曜日は庭園での田中健氏によるケーナの演奏だった。
着いたのは開演の直前。既に座席は満席・・・
と思いきや、最前列右に3列の空席が18席。20席のところに座っている人が二人だけ。確認してみると、案の定、「関係者席」と張り紙がしてある。
そこまでは良かったのだけど、演奏が始まっても「関係者」が座る気配はない。10分ほど経って、4人が顔を見合わせながら連れ立って座った。さらに、2,3人。どう見ても、関係者ではない。
私は丁度、その空いている席の斜め後ろ辺りに立って見ていたのだけど、隣に杖を着いたおばあさんがやってきた。席に座ろうと、見に行ったが、張り紙を見て帰ってきた。
そう、「関係者席」と席取りしてあるのに、関係者は誰も座らず、様子を見て「これは大丈夫そう」と判断した人だけが座っている。他の人は、張り紙を額面どおりに受け取って座ろうとしない。「正直者がバカを見る」の典型だ。
その間、当コンサートの責任者と思しき司会者は何もしない。他にも、公園職員らしきスタッフが回りに居るのに、気付かないのか、それとも、「そんなことは私の仕事ではない」と思っているのか。
司会者から見て、最前列の3列が空席なのに、気付かない、というのはおかしい。周りにはたくさんの人が立ってみているというのに。
そして司会者の言動からは、「私たちは良い企画をやっているでしょう」という自信が感じられた。確かに、すばらしい文化財を生かした良い試みだ。運営費はコンサート聴衆の寄付でまかなわれていると言う。
ところが、残念なことに、「満足して帰ってもらおう」という意識が低いから、こんなことが起こる。例え、関係者が来る予定であっても、開演しても来てないなら、臨機応変に、「お立ちの方で、お足の悪い方、ご高齢の方、どうぞ」と座ってもらうのが当たり前だろう。
そこには、「無料だから」という甘えもあるかもしれない。帰りに、寄付していく人を見ていたところ、100円を入れていく人が多かった。何も入れないで帰っていく人も勿論居た。
こんなことなら、料金(実費)100円として、その分、意識を高くして、「100円でも料金を頂いているのだからキチンとやって、満足して帰っていただこう」とやってもらうほうがいい。兎角、タダというのは弊害が多い。
やはり、「お役所仕事」なのだ。
2009年11月08日
品川区民公園

今日は野外活動の日。
まずは、しながわ区民公園でのBBQ。末娘のBS活動の一環。五反田から自転車で約30分。埋立地に広々とした公園が広がる。
フランクフルト、トウモロコシ、肉野菜炒めに、焼きそば。十分に堪能して、ゲーム活動をする末娘を残して帰宅。
一旦帰宅して休憩の後、今度はワンダハウスの庭で焼き芋。
先日剪定した葉っぱの乾燥が不十分で、なかなか燃えない。一方、水蒸気が凄くて近所から苦情が出ないかと心配になる。
十分に乾燥している落ち葉ばかりをなるべく選んで、かき集めて燃やすこと30分。漸く、おきびが多少出来、濡れ新聞とアルミホイルに包んださつま芋を投入。
火勢が弱かったため、ホクホクになるまで1.5時間。出来上がったときには周りは真っ暗。ちょっとしたキャンプ気分を家族で楽しんだ。
2009年11月07日
旧岩崎邸庭園

秋晴れの今日、旧岩崎邸庭園を訪問。8年前に初めて公開された新しい都立公園である。
「旧岩崎邸は1896年(明治29年)に三菱創設者・岩崎家本邸として建てられました。英国人ジョサイア・コンドルによって設計されたもので、現存するのは洋館・撞球室・和館の3棟です。木造2階建・地下室付きの洋館は、本格的なヨーロッパ式邸宅で近代日本住宅を代表する西洋木造建築です。館内の随所に見事なジャコビアン様式の装飾が施されていて、同時期に多く建てられた西洋建築にはない繊細なデザインが、往事のままの雰囲気を漂わせています」
ということ。
建てたのは、三菱財閥を創設した岩崎弥太郎の長男であり、三代目の久弥。(二代目は弥太郎の弟・小弥太) かっては現在の公園面積の3倍、15000坪の敷地に20棟以上の建物があったという。
戦後、GHQに接収され、返還後、最高裁判所司法研修所などとして使用(〜1970)。1961年、重要文化財に指定されたものの、現存する3棟の他は区や民間に払い下げられ、建物は取り壊しに。惜しい話。
入場券売り場の後ろに巨大な銀杏の木があり、樹齢800年とか。12月初旬が見頃なそうなので、また行ってみたい。
夜
2009年11月06日
日本は元禄時代?

Nスペを3日連続で見たので、今週は政治づいている。
『Japanist』なる雑誌秋号に、「日本の芯を知る」という題で大前 研一X中田 宏の対談記事があった。
中田:
改革の必要性を論じていても、根本的な改革は何ひとつ進んでいない。
日本は有史以来、長い歴史をもつ国ですが、例えて言えば、
今の日本はどの時代に似ていますか?
大前:
元禄時代です。楽しいもの、旨いものばかりに意識が向いていて、
退廃の極みと言えます。
・・・危機感がないのです。
このままではやがて飢えてしまう
という危機感がまったくありません。
ということで、次のように続く。
このままいくと、日本はポルトガルのような国になる
(かつて世界の海を制したポルトガルが今は小国)
大いにありえますね。
2009年11月05日
東京香川県人会
前回出た時は知り合いも少なく、少しさびしい思いをした。今回は、その後の高校の同窓会活動で上下の知り合いが増えたこともあり、食事を取るのもままならないほど。地元からも親しくさせていただいている先輩らが何人か参加。
総参加者は370人!ナント第91回!総会は年に一回なので91年前から続いていることになる。(それとも昔は複数回あったのか?)
香川県選出の国会議員も勢ぞろい。保守王国、と言われた香川県ですが、前回の衆院選ではご多分にもれず民主党議員が3区中2区で当選。会場での人気度も自民党議員と民主党議員では明らかに違い、政権党と野党の違いが図らずしも明らかに。
2009年11月04日
国民はもっと自立を

日本改造計画
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NHKスペシャル「証言ドキュメント 永田町・権力の興亡」シリーズ最終回は「2001〜2009
小泉 そして 小沢 “民意”をめぐる攻防」
この中で、政権交代を果たした小沢一郎がインタビューに答えて、
「日本はまだまだ。日本人は、僕は、自立心が無い、足りないと言っている。」
という。
実際、1993年に発売され政治家の書いた本としては異例のベストセラーとなった同書で強調されているのは、「国民の自立と自己責任」。
この本の内容には非常に共感できるし、これが15年前に実現できていれば、今の体たらくはなかっただろう。小沢がかって率いた自由党はこの政策を実現させるための党だった。それが、政権交代を優先し、「政策は全て従う」として、民主党に合流したのは番組で説明の通り。
事実、小沢の主張と、民主党の政策は正反対と言っていいほど違う。ここが全く理解できない。
今回の選挙でも、選挙参謀としてその腕の冴えを見せ付けたし、民主党党内での影響力を強めて、「小沢派」で第一党になれる時期が来たら分裂するつもりか?
政治は「数」なので、確かにそれは必要だが・・・。真意が見えないので、応援していいものかどうか、不安になる。
2009年11月03日
日本は既に引き返せない地点にいる
これに対し、国債残高は860兆円。政府保証債務が46兆円。(2009年6月) 合わせて906兆円。これ以外に、地方債残高が約200兆円あるので、合計1106兆円。
現在編成中の来年度予算では新規の国債発行が国が始まって以来初めて50兆円を超える見込み。そろそろ限界だろう。
「日本は既に引き返せない地点にいる」
とは、リーマン破綻を予測し、同株の空売りで大儲けしたヘッジファンド運用者のデービッド・アインホーン氏の言葉である。
2009年11月02日
国民が望んだとおりの政治

前日の「細川政権があと一年持ったら・・・」に続き、もう一度、日本に構造改革の好機が訪れる。1996年、橋本龍太郎内閣は高支持率を背景に「行政改革」「財政構造改革」「経済構造改革」「金融システム改革」「社会保障構造改革」「教育改革」の六大改革を提唱した。
橋本は、首相直属の「行政改革会議」を設置。改革を進めようとするが、自民党内の族議員にボロボロにされてしまう。
おりしも、景気の悪化で金融機関の破綻が相次ぎ、その中で行われた1998年参議院選挙で自民党は惨敗。橋本内閣は総辞職する。
景気の悪化も、金融機関の破綻も橋本内閣の責任ではない。金融機関の破綻は、1992年、バブル崩壊後に金融機関が不良債権処理をするための公的資金投入を宮澤首相がやろうとしたのをマスコミと世論、それにおされた国会が止めたからだった。結局、橋本内閣を継いだ小渕内閣によって公的資金が投入されるまで6年間膨れ上がることになり、当初10兆円で済んだものが100兆円になったと言われている。
小渕内閣では、不良債権処理を進めると共に、景気対策でかってない規模の公共投資を実施し、過去最大の国債発行に踏み切る。本人は「日本一の借金王」と自嘲する。
結局、バブル崩壊以降の17年間、日本は「新しい現実」である低成長に対応した改革を行おうとした時期と、景気悪化で政治的に耐えられなくなり、国債の大量発行で景気対策を実施した時期を繰り返している。
背景には、国民の大国意識(「日本が潰れるはずはない」)と、景気対策を財政的に許した膨大な貯蓄残高があると思う。
いってみれば、国民が望んだとおりの政策を政治はしてきたわけで、今後何が起こっても自己責任か。
2009年11月01日
細川政権がもう一年持っていたら・・・

1993年6月、宮沢内閣への不信任決議。それに続く自民党の分裂。そこから誕生した55年体制後初めての非自民党内閣である、細川政権成立。
小沢一郎率いる新生党から社会党まで寄せ集めた「ガラス細工の政権」と言われた細川政権は支持率は高かったのにわずか8ヶ月で瓦解。
それについての小沢氏の感想が冒頭の言葉。
「細川政権がもう一年持っていたら、自民党はガタガタになったのに」
結党後初めて野党となった自民党は、なりふり構わずに、細川首相の粗探しを始める。そこから出てきたのが佐川急便から1億円借金していた問題。追求の先方に立ったのが野中広務。本人は今回のインタビューで、「大した問題ではなかったが、政権を取り戻すためだった。」と回想している。
確かに、あと1年細川政権が続いていれば、小沢氏が望んだとおり、完全に二大政党の時代となり、もう少しましな日本になっていたかもしれない。一度政権を外れたことで自民党が変わればよかったが、政権に戻れば元の木阿弥。尤もこれは、自民党が変わらない事を望む既得権者が多かったと言うべきなのだろう。