2004年08月
2004年08月30日
ベンチャーキャピタル活用法
著者の門脇さんは私が新卒で働いた日本最大のVCの元香港支店長、IPOコンサル子会社社長などを歴任、数年前に退社されています。(私が辞めてから中途で入られたので勤務中の面識はなし)
まず、昨年秋出たのが、主にVCファンド出資者から見た問題点を指摘した本。VC業界ではずいぶん話題になりました。タイトルが紛らわしいので、VCから投資を受けたい経営者が間違えて買ったケースもあるかも。それでも、内情を知らない人にとっては十分ためになったはずです。
今年発売された第二弾は、投資する際のVCの論理、経営者を見る視点、資本政策上の注意点などが盛り込まれていますので、これから投資を受けたい経営者にとって直接役立つ内容になっています。
こんなに書いて大丈夫なの、と思うほどどちらも実名バリバリで、当事者を知っているとさらに興味深い!
今までVCについて書かれた本は、VC自身あるいはその御用学者(と言ってはいいすぎだが、狭い業界なので、正面切った批判は避けられてきた)が出した宣伝色の強い本しかなかったので、今までモヤモヤしていた部分がスッキリすること請け合いです。

会社を成長させるベンチャーキャピタル・投資ファンド活用法

投資ファンドとベンチャーキャピタルに騙されるな―ベンチャーキャピタリストが書いた真実
2004年08月29日
ゲゲゲの鬼太郎
http://www.nhk.or.jp/interview/docs/2004/08/28.html
水木しげると言えば、ゲゲゲの鬼太郎。小学校の頃、テレビでよく見ていた記憶がある。
今思うと、妙に人間っぽい妖怪が出てくる設定は、人間と自然との関わり、そしてその中間的存在としての妖怪、という事で今人気の宮崎駿作品に通じるものがある。
インタビューの中で、「最近自殺者が多く、年間に3万人以上も死んでいます」と聞かれ、その答えが、「死んでいける人は幸せ」というものだった。予想外の答えにインタビュアーが戸惑っていた。
水木さんは21歳で招集され、最前線のラバウル島に送られ、そこで片腕を失いながらも、九死に一生を得る。(この辺の事情は日経新聞「私の履歴書」に連載された。)
死にたくなくても、死ななければならない。水木さんから見れば、自らの意思で死ねるのは贅沢、と映るようだった。
確か、以前読んだ記事でも、近年で一番自殺者が少なかったのは戦時中である。悲惨な状況で死を選ぶ人も多くなりそうな気もするが、人間、いつ死んでもおかしくない状況になると「生きたい」と思うようである。
現在、失業率が高いなど、個々人にとってみれば悲惨な状況から自殺も増えているのだろうが、戦前、戦中、あるいは高度成長前と比べても、明らかに福祉制度は充実している。
実際問題、この豊かな日本で、(自ら選択しない限り)飢え死にすることは難しいだろう。
結局、人間とは無いものねだりであり、忘却しやすく、常に昨日の状況を基に今日を判断し一喜一憂しているのだ。
一番好きな自分の作品は「総員玉砕せよ!」だそうです。(これは私も読んでいない)
水木さん最後のメッセージは「人間生きるか死ぬかが重要だ」でした。

水木サンの幸福論―私の履歴書 特別付録『ゲゲゲの鬼太郎』第1話(コミック誌「ガロ」掲載分を復刻収録―全45ページ)付

総員玉砕せよ!
2004年08月28日
日露戦争
日露戦争の歴史的な意義とは何だったかを振り返る時田英之氏による署名記事で、日露戦争が諸外国に与えた影響を列挙する。
近代史は欧米列強による世界の植民地化の歴史だったが、いうまでもなく、有色人種国家が初めて白人国家を破ったのが日露戦争である。
日本の勝利は、列強の支配下にあった諸国の民族主義を鼓舞する。中国革命の孫文、インド独立運動のネルーらに大きな影響を与えるが、余り知られてないところでは、米国の黒人運動、そして、中国共産革命の毛沢東もその一人だったようだ。
「当時私は日本の美を知り、また感じとり、このロシアへの勝利の歌に日本の誇りと力といったものを感じたのでした」(エドガー・スノー『中国の赤い星』)
ところが、日本は西洋が築いた世界秩序の中での生き残りがテーマで、「白人対有色人種」という意識はなかった。
これが、せっかく世界の民族独立運動に大きな影響を与えながら、列強には帝国主義の新たな競合と見られ、かつ、「解放」に協力しているはずのアジアからも尊敬を得られず孤立していく原因となる。
面白いのは、思想家の岡倉天心の言葉で、民族の生き残り、西欧文明を真剣に考えていた明治教養人は流石だと思わせる。
「西洋人は、日本が平和な文芸にふけっていた間は、野蛮国とみなしていたものである。しかるに満州の戦場に大々的殺戮を行い始めてから文明国と呼んでいる」
「もしわれわれが文明国たるためには、血なまぐさい戦争の名誉によらなければならないとするならば、むしろいつまでも野蛮国に甘んじよう」
だが、現実の日本は、「民族解放の旗手」ではなく、列強と肩を並べる「一等国」への道を歩んでいく・・・
2004年08月27日
小倉昌男

小倉昌男 経営学
また空けてしまいました。スミマセン。家内が風邪で倒れてしまい、子どもの世話をしていました。慣れないことをやると疲れます。^_^;
ということで、ちょっと古くなりますが、今週のテレビ東京(祝!株式上場)「ガイアの夜明け」は、元ヤマト運輸社長の小倉昌男さんの福祉革命でした。
小倉さんといえば、言わずとしれた宅急便生みの親。その大経営者の70を超えてからの新たな挑戦が、障害者にもまともな給料を払える会社作りなのです。
具体的には、小倉さんが理事長を勤めるヤマト福祉財団が、身障者を中心にカフェを運用し、月10万円をめどに給料を払うことを条件に、無料で経営指導を行う、というものです。
共同作業所における障害者の平均月給は1万円以下だとか。身障者が行政に頼らず、誇りを持って働ける試みに心から賛同します。
小倉さんが戦後を代表する起業家、経営者であることはこちらを読むとよく分かります。当初、「『経営学』とは大きく出たな」と思ったのですが、書名に負けない内容です。
2004年08月25日
会議

GE式ワークアウト
今日は投資先の役員会であった。
いつも思うのだが、もっと役員会が活性化しないものかと思う。
役員会だけでなく、会議の活性化と言うことは古くて新しい問題だ。欧米でも会議に関する本が色々出ていることから、日本だけに限らず世界的な問題であることが分かる。
但し、英国のビジネススクールに留学した経験や、その後米国で働いた経験から言うと、やはり日本人の方が鶴の一声や場の雰囲気を読んでなるべく意見を合わそうとする傾向があり、これでは会議をする意味が無くなってしまう。
良い会議とは何か?これは、参加者全体として、個々で考えるよりよりよい判断をすることである。
実は、実験によりこれを確かめる方法がある。普通の人は誰も知らないような問題を与え、まず個々で考えさせる。それを記録した後、チームに分けて議論させ、チームとしての意見を導かせる。
その結果、チームとして導いた答えが、参加メンバー全ての答えを上回ることが出来れば、参加者全員にとって議論したことが意味があった、と言うことになる。
参加者が個々に考えたときの平均値を、チームとして導いた答えが上回れば、一応、グループとしては効果があったと言うことになるが、個々として考えた時の方が得点の良かった人にとっては「会議は無駄だった」ということになる。
私はこの実験を2度行ったことがあるが、殆どのチームは個々の平均点を上回るところまではクリアする。後はチームによって個々の最高得点を、チームとしての得点が上回るところとそこまでは行かないところが出てくる。
その差が何処から出てくるかなのだが、横で見ていて、あるいは自分が参加していて、「議論がかみ合う、面白い」と感じるときは良い結果が出ており、逆に、「どうも遠慮がちだ、発言が出ない」などと感じているときは点数が悪い。
会議に関する本で「まず一冊」として薦めたいのはこれ。90年代、巨大企業GEがベンチャー並に成長できた基礎となった会議手法である。
導入のポイントは、会議の参加者全員でセミナーなどを受け、一気に導入すること。誰か代表で出て、その人が教える方式では、理解度に差が出来て、会議運営がスムーズに行かず定着しない。
2004年08月23日
2004年08月21日
大田市場
喪中の身ではありますが、抽選で当たっていた「大田市場夏休み親子見学会」に子供連れで行ってきました。大田市場と言えば、日本一の青果及び花卉の市場。青果は一日3000トン、花卉245万本、そして水産物も300トンの取り扱いがあるそうです。金額にして一日8億円。
卸業者のお店で、その場で解体してくれた青森沖で取れた本マグロ(時価100万円)の切り身を買ってきました。2000円です。安いのだか高いのだか分かりませんが。
写真に一緒に写っているのはこのマグロを釣り上げた針です。そこそこ値段もするので、通常漁師さんが回収するのですが、たまたま外れにくく、ついたまま出荷されたようです。記念に貰ってきました。
取扱高はどうやら減っているようです。大田市場が開設されたのは平成元年で、「バブルが崩壊したから」とか説明していましたが、市場を通さない取引の影響も出ているのでしょうか?
大田市場は東京都が運営しているのですが、せっかく行ったのだから、通り一遍の説明でなく、市場の抱えている問題とか聞きたかった。
2004年08月20日
2004年08月19日
長者番付
高額納税者になるような人は殆どがオーナー系だとおもうが、この人は珍しいプロサラリーマンである。
そもそも今日の話は、この人があることについて調査していて、それについて話を聞きたいということだった。
昼飯付きだというので、豪華なランチを期待して、夏の間殆ど着ないスーツを着込んで、残暑厳しい中汗をかきかき行った。ところが相手はカジュアルな格好。
会議室に通され、いきなり本題。そして、直ぐなんということのない弁当が運ばれてきた。(ーー;)
それでも、長者番付にも出たあの人に呼ばれている、という高揚感からサービス精神旺盛に聞かれるまま、しゃべりまくった。
流石、長者は時間を無駄にしないのである。�_燭�を調べる時、一番効率がいいのはその分野の第一人者に聞くことである。�⊆,妨�率のいいのは、その分野の代表的な本を数冊読んでみることである。��さらに、記事検索で最近の動きを追う。
これは私も仕事柄、いろいろな分野を調べなくてはならないのでいつも心がけていることであるが、悲しいかな、有名人でもなければ、相手にお返しに提供できることも限られているので、�,亡悗靴討蓮∀辰鯤垢�たい人が都合よく時間をとってくれるとは限らない。
それにしても、長者番付の発表って何のためにやっているんだろう?これほどプライバシーについてうるさい中、どうして人が幾ら儲けているのかという最もプライバシー性の高いリストが公機関により公表され、ありとあらゆるメディアで取り上げられるのか。
沢山税金を払ってくれてありがとう、という気持ちで皆が見るのならいいが、集まるのは山のようなDMと寄付のお願いに嫉妬だけでいいことはないだろう。(自分がなかったことがないので分からないが。)そうなるのが嫌で、節税・脱税に励む人もいると聞く。
明治時代は一定以上の税金を払っている人しか投票権がなかった。ここまでは無理でも、少なくとも、沢山税金を納めている人は賞賛されこそすれ、望まない関心を集める必要はないだろう。
むしろ、公共施設が完成した時など、「あなたの税金のおかげで出来ました」とプレオープンイベントで呼ぶくらいのことがあってしかるべきだ。
日本の場合、課税最低水準が高いので、所得税を払っていない人が山のようにいる。年間所得300万円といえば、世界的に見れば最高水準の年収なのに、所得税はかからない。異常だ。
2004年08月18日
日本は「海の文明」を目指せ
昨日の日経新聞・経済教室は川勝平太先生の『日本は「海の文明」を目指せ』だった。 先生には20年前、早稲田で経済学原書講読を習った。先生は未だ30そこそこでOxfordを出たばかり。老教授のマンネリ授業の多い中新鮮であった。
この他にも、英語の先生がやはりイギリス帰りの大竹正次先生で、学生に甘い先生の多い早稲田(純血主義の悪い点)では異色の厳しい先生だった。 確か、3回遅刻すると1回欠席とみなし、3回欠席すると単位は貰えない、というルールだったと記憶している。その分、先生も講義は真剣で、dictationを中心とした実践的なものだった。必ず最前列に座ることにしていた数少ない講義だった。
今思えば、好きな先生が2人とも(もう一人、今年出来た国際教養学部に異動して学部長となったPaul Snowden先生を加えれば3人とも)イギリス留学組であったことが、後に私自身が留学する際、イギリスに決めた遠因であった気がする。
川勝先生の主張は、中国文明も西欧文明も自然破壊の歴史であり、「力の文明」であるが、対して日本は「美の文明」である、とする。 歴史上、大陸東アジアに深入りしたときに失敗しており、日本は海洋東アジアの中核として「海の文明」を目指せという。 この点、日本の唯一の救済策を「東南アジア共同体」であるとした森嶋道夫先生にも通じる。 日本の将来像をお考えの方に一読を勧める。
2004年08月17日
夏休み
今年は連続して夏休みを取れなかったので、月曜日を2回休み、3連休を2回取ることにしました。1回目は六合村という草津温泉の近くに行ってきました。もともと、冬季閉鎖される草津で働く人たちが冬を過ごす村だったそうです。「冬住の里資料館」は当時の暮らしぶりがわかる民具や文献を展示しており、なかなか見応えがあります。(息子さん達、そろそろ帰ってきて継いで上げて下さい。)
2回目は、この週末、土曜日に中国系米国人を送り出した後、八ヶ岳に行って来ました。先日の体調不良は回復途中です。
八ヶ岳では、友人に紹介して貰った冒険家・農家の中島栄松さんのとことで宿泊。標高1460mの別荘地にある。家のまで待っていたら、カブに乗って野菜を運んできたのが中島さんでした。
友人宅で一緒に夕飯にしようと再び出かけていった先はリングリンクホールという音楽ホール。そこを運営されている下倉さんらと食事。
中島理論では、八ヶ岳は冷気流の降りてくる日本のへそ。この冷気流のお陰で寒暖差が激しく、美味しい野菜が出来るとか。
お盆と言うことで周辺のペンション、別荘に野菜を売っている中島さんにとっては一番忙しい時期。南米での宝探しやアフリカでのブルーオリンピック参加など冒険談を話していただく暇がなかったのが残念。
ちなみに、中島さんは仲間の間では「男爵」と呼ばれて居るんですが、「何を気取っているのか」と思っていたところ、本当に男爵みたいです。なんでも、どこかで沈没船を見つけて、積み荷の財宝毎見つけた国に寄付したら叙勲されたのだとか。失礼しました!
写真:リングリンクホールにある蓄音機。未だ現役で良い音で鳴ります。電気を使わないのに(アンプがない)かなり大きな音で鳴るのでビックリ。
2004年08月14日
中国系アメリカ人一家来る
中国系アメリカ人の友人一家が泊まりにやってきました。上海の実家に帰省する途中に日本に寄ったのです。なんでも、直行便で帰るより、成田経由の方が安いんだとか。これが典型的上海人なのかどうか分かりませんが、とにかく計算高い。成田から東京までどうやっていくのがいいのか、1円単位で全て計算していました。夫婦とも、米国留学中に天安門事件(1989)が起こり、米国政府は中国人留学生に優先的に永住権を与えたのです。「本当にラッキー。天安門事件のお陰だ。」と言っていました。
これから皇居と浅草寺に連れて行くことになっています。そのまま、夕方上海に向け出発。たった一日。慌ただしいですね。
写真:2人の子供のマシューとケビン
本人もいつの間にやら、マークになっていました。
奥さんは変わらず中国名で通しているそうです。
2004年08月13日
体調不良
一晩寝てやっと落ち着いたので(今朝はバナナジュースのみ)、振り返ってみると:
1.一昨日の夜、冷酒を飲み過ぎた。日頃殆ど飲まないのに、大勢の人が杯を勧めてくれるものだから、つい飲んでしまった。本当は自分のペースで飲みたかったのだが。
2.お昼をまともに食べる時間が無くなり、コンビニで買ったピラフをチンして食べた。油が気持ち悪かった。
3.とんでもなく腹の立つことが起こった。自分のミスで大きな損失を出したのに、まるで他人事。自分の非を認めず他人のせいにする。指摘すると逆切れ。リカバリーの手間を考えると暗澹となる。
4.その後訪問した会社の会議室が寒かった。この会社は金融機関と言うこともあり、真夏にも係わらず皆キッチリスーツを着て仕事している。それに冷房が合わせてあるのだ。一方、私は半袖シャツにノーネクタイという省エネ(死語?)仕様。
出されたよく冷えた麦茶を飲んでしばらくしてもよおしてしまった。トイレに駆け込む。
こんな日に限って、夜まで打ち合わせが入っている。知っている人なら連絡して延期するのだが、今日初めて会う人で携帯番号が分からない。嗚呼!
事情を話し、会食予定を要件のみの打ち合わせに。
イテテ。
2004年08月10日
日本の景気
こう言ったときは読書をするに限る。本日は嶋中雄二氏の『日本の景気』を読む。
景気循環の話で、シンクタンクの調査部長らしく、学説からデータ、政策提案まで盛りだくさんな内容となっている。
ビジネスマンとして関心があるのは、「で、結局、これから景気はどうなるの?」と言うことになるが、嶋中氏は今後5年間について楽観的な予測をしている。
細かい説明は本を読んで貰うとして、2005-2010は短期、中期、長期、超長期全ての景気循環の波が一致して上昇するというのだ。これが起こるのは、1965-1970のいざなぎ景気以来となる。
経済学部出身の私としては、そう言えば昔習ったような・・・と思うことばかり。これを知っておけば、もっと上手く世渡り、投資もできたのに!と不勉強を後悔することしきりでした。

日本の景気―復活の兆しはここにある!
2004年08月09日
日本的、嗚呼、日本的プロジェクトX
東京ドームシティで行われている特別展「プロジェクトX21~挑戦者たち~」に行ってきた。 (私もそうだが)夏休みの子供連れと、毎日が日曜日となっている正にプロジェクトX世代と思われる人たちで盛況。
私はTVを見て結構泣ける方なので、このシリーズの多くも見て感動していた。ただ、中には「待てよ」と思われるプロジェクトもある。
例えば、青函トンネル。連絡船の事故を期に、工事が始まる。当初から難工事が予想されていたが、現実は予想を上回り、当初計画から大幅なコスト増となる。 人的犠牲を伴う24年におよぶ歴史的難工事の間に、世の中は飛行機の時代となる。東京・札幌間は世界で最も多人数を航空輸送する路線となり、工事の負債は国鉄を経て、現在も未処理のまま残り、国民が忘れた頃に税金で最終処理されるのを待つばかりである。
(多分) 同様のことは、瀬戸大橋にもいえる。天才技術者・杉田秀夫は私の高校の先輩。母校の誇りともいえる先輩であるが、瀬戸大橋は建設費返済が全く進まず、逆に借金が毎年増えており、これもまた最終的に多大な税金が投入されるのを待っている。 巨大なコンクリートの固まりであるケーソン海中投入による瀬戸内海の汚染も長期に渡って影響を及ぼしそうだ。
民間の例ではマツダの開発したロータリーエンジン。多大な開発費をかけ、世界初の市販ロータリーエンジンを開発したのは良いが、販売は振るわず、マツダの屋台骨を揺るがすことになる。後に銀行管理を経てフォードの軍門に下る原因となった。
これらとは別に、諸手をあげて喜べるプロジェクトとは、国家プロジェクトなら国民に直接間接に利益(便益を含む)をもたらさなくては成らないし、会社プロジェクトであれば会社の繁栄をもたらさなくては成らない。
前者であれば、今もJRのドル箱となっている東海道新幹線であろうし、後者の例としてはキャノンの普通紙コピーが上げられる。
戦前の日本軍は、「日本軍は下士官は勇猛で果敢だが、上官は無能だ」と諸外国から評価されていたようである。事実、兵士は勇猛果敢に良く戦ったようだが、士官のヘボ作戦で多くの兵士が犬死にさせられた。 作戦の成否は作戦目的の達成をもって評されるべきで、個々の戦闘の美談をもって評されるべきではない。
そう言う番組でないことは百も承知だが、そう言う視点での評価、あるいは問題提起もなされるべきであろう。 この悪しき日本の伝統は今も続いているように思うし、戦後のエリートを否定した教育の結果、益々悪化する恐れがある。
2004年08月08日
Global Warming
Global Warmingは今年これだけ暑かっただけに身近な問題だ。文明誕生以来何千年もほとんど変化の無かった気温が、過去100年間で0.6度上がっている。
0.6度というと「そんなものか」と思うが、体温が0.6度違うことが健康体と病気を分けるのと同様、大変な影響を及ぼすらしい。
ペルーでは氷河が年に200m消滅している。これは1978年の40倍のペースだという。氷河が溶けると海水面が上昇して洪水をもたらしやすくするだけでなく、最近の調査では海流の流れに決定的な影響を与えるらしい。つまり、熱帯で暖められた海水は暖流となってヨーロッパなどの高緯度地域を暖めているが、北極の氷河が溶けると、塩分が薄まり、深海に潜らなくなる。これにより海流の流れが止まる。エンジンの冷却水の流れが止まるようなものである。
米中西部では1度気温が上がる毎に、とうもろこしが10%減産になると言われている。これは穀物価格に大きなインパクトを与える。
45万年の間、大気中の二酸化炭素は290ppm以下に保たれていたが、現在370ppmまで上昇している。何もしなければ、今世紀末には800-1000ppmまで上昇すると推定されている。最低でも550ppmに達しないために、2100年までに一人あたりのCO2排出量を現在の半分にする必要がある。
「半分」というと大変なようだが、英国の研究ではそのためのコストはGDPの1%程で済むらしい。海面上昇や天候不順でテームズ川の堤防が一度切れるだけでGDPの2%の被害が想定されており、CO2排出量を下げることは経済的なようだ。
日本では、1997年12月に国連気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)において採択された「京都議定書」の舞台となったにもかかわらず、不況と言われた90年代を通してCO2排出量は増え続けている。産業部門では横這いだが、家庭部門で増え続けている。
考えてみれば、バブル前までは車も贅沢品という感覚だった。3ナンバーの車なんて殆ど見ることはなく、たまに見るのは社長車かヤクザかという感じだった。それが今では二十歳の免許取り立てのアンチャンでも3ナンバーである。
「かってこのクルマはゴールだった。今、このクルマはスタートになる。」というZEROクラウンのキャッチコピーは不況の陰で(政府部門の借金のお陰で)贅沢になり続けた(そして環境悪化を招いた)日本の歩みを象徴している。
2004年08月07日
広島原爆記念日
一日遅れてしまったが、昨日は広島原爆記念日だった。NHKではそれに合わせ、NHKスペシャルで「復興〜ヒロシマ・原子野から立ち上がった人々」を放映した。http://www.nhk.or.jp/special/
「アメリカ国立公文書館で被爆直後の広島を撮影した航空写真が多数見つかった。原爆の威力を測るために写された極秘資料である…。」
3000度の灼熱で10万人が瞬時に死亡。結局20万人もの人が亡くなったという。そのほとんどは一般市民であった。
今年前半の話題と言えば、イラク戦争(公式には、戦争は終了したことになっているから占領か?)であった。皆さんは、戦地からの映像を見てどう思っただろうか?
私は「今の日本に生まれて良かった」であった。輪廻転生を信じるなら、何処に生まれてもおかしくない。たまたまイラクに生まれるのと、日本に生まれるのでは雲泥の差がある。イラクでは乳幼児の死亡率も高いだろうから、成人まで生きるのも大変だろう。やりたいことがあっても様々な制限がある。
一方幸運にも日本に生まれた我々。いろいろ不満もあろうが、生命の危険にさらされることも無ければ、社会補償制度のお陰で飢え死にすることさえ困難である。
これだけの国を作ってくれた先祖に感謝するとともに、もっと良くしたいものである。そのためには、しんどいが苦言も呈し、自ら出来ることの範囲も広げていきたい。
写真:関係ないが、先日のボテロの猫
2004年08月05日
ベンチャービジネス講座
一応、事業計画書なるものがあるのですが、予想数字の裏づけがまるで無い。聞くと「講義もしなければいけないし、学生の指導もしなくてはいけないので、書く時間がありませんでした。」
でも、口頭で質問しても、やはり答えられないのです。私は確信しました。
「この人はそこまで考えてない。」
出資希望額は1000万円台で、VCファンドにとっては少なすぎる額です。1000万円出しても、1億円出しても、出資手続き、その後のフォロー、最終的な売却(どのような出口であれ)にかかる手間はそう変わらないので、当然、選りすぐった会社に多めに出したいと思っています。
金額は別にして、民間企業出身で社会経験豊富なはずのこの教授が、こんな事業計画で出資を依頼しにくることが大学発ベンチャーの現状を象徴しています。
一方、先週投資を決めた別の大学発ベンチャーもあります。こちらは、先日まで民間企業にいた人が社長に就任。大学側は研究開発に専念しています。
設立当初は仕方ないにしても、外部から資金調達する段階では、専任の社長がいることが最低条件でしょう。経営は大学教授が片手間でやれるほど甘いものではありません。
ちなみに、この教授がとある国立地方大学で教えているのはベンチャービジネス論!恐れ入りました。
日本は経営者不足です。ビジネス系の教授も不足しているかもしれません。
2004年08月03日
PC壊れる
明らかにおかしくなったのは先週金曜日。使っているうちにフッと画面が消えてしまったのです。その後、バックアップをとる事に四苦八苦。立ち上げても立ち上げても1分ほどで落ちてしまう。数十回にも上る立ち上げでヘトヘト。
backupをとらなきゃ、と思っていてもなかなか出来ないのが人情。少なくとも、「何かおかしい」と思った時は直ぐbackupしましょう。(実感)
さて、PCが壊れている間、本を3冊読みました。

一冊の手帳で夢は必ずかなう - なりたい自分になるシンプルな方法
手帳の本は今まで何冊か読み、それなりに私も取り入れていますが、本人が21歳の時(!)「15年で株式公開する」と決め、計画通り実現したという人物が書くと説得力があります。
若くして大成功したわけですから、慢心しても何ら不思議ではない。そこを、常に自分より大きな人、成功した人と付き合い、触れることで自分を律している様子が伺えます。
こういう人が経営する会社なら株を買いたい、と思わせます。この本を1年早く出しておいてくれれば買ったのに!今では10倍です。

金融のプロが見た ベンチャービジネス 「成功と失敗」の分岐点
UFJベンチャー育成基金というベンチャー企業向けに債務保証している会社の方が書いた本です。
興味深かったのは第2章の競争戦略。ビジネススクールで古典となっているポーターの競争戦略を、著者自ら手がけた85例で検証しています。
結果、圧倒的に優位だと認められたのは集中戦略。これは私が見てきた経験からも納得できます。ランカスター戦略がまた注目されているようですが、これにも通じますね。

カミの震撼する日―2005年の日中米大衝突
著者の得意な分析ものかと思ったら小説でした(笑)。内容は、日米中の陰謀を背景にしたスパイとお色気。これって007?


